どこまでも強く

作:島野理緒さん



「あたし、崩霊烈(ラ・ティルト)覚えようと思うの」
そんな言葉をリナが口にしたのは、ゼフィーリアへ向かう途中の道でのことだった。
ゆったりと雲が流れる。そよぐ風はかぎりなぐ優しい。
「らてぃると?」
どこかで聞いたことはある、だがあまり耳慣れない響きに、ガウリイはそのまま聞き返す。
「なんだ、それ?」
はあ、と小さくリナがため息をついた。
「崩霊烈。魔法よ魔法。アメリアとかゼルガディスが使っていたじゃない」
「ああ。そうだ」
ぽん、とガウリイは手を叩いた。道理で聞いたことがあるはずだ。
「で、その魔法、リナは使えなかったのか?」
「使えないから、覚えようって言ってるんじゃない」
「――どんな魔法なんだ?」
「……あんたねえ」
リナは呆れたらしい。こめかみを押さえて、それからふうと息を吐き出す。
「精霊魔術最強の術よ。青白い炎で標的を包み込むの。精神を持つものにしか通用しないけど、その威力は絶大。純魔族だって一撃で倒せるくらいよ」
ふーん、とガウリイは言った。リナは、ガウリイがわからないと言えば、呆れたり文句を言ったりしつつも、結局は丁寧に説明してくれる。
「どうしてその術を覚えようと思ったんだ?」
「――ほら、あたし、前の戦いで増幅器なくしちゃったじゃない」
「ああ」
先の戦い。普段から記憶力が悪いとリナに罵られているガウリイだってしっかりと覚えている。
忘れてはいけない戦いだと思う。
愛する者を失った絶望からうちに潜んでいた魔に身をゆだねた友人と、二人は戦ったのだ。戦力的にもだが、精神的にも辛い戦いだった。
結果的には、彼が望んでいたこととはいえ、友人を手にかけることになったのだから。
リナはその戦いで、魔力の増幅器をなくしている。
四つの世界の魔王をつかさどる魔血玉(デモン・ブラッド)。彼女の胸元や手首に光っていたそれは、もうない。今はもう見慣れてしまったが、少し前までは、彼女の胸元がやけに寂しく見えたものだ。
「あれがないと、ちょっと痛いのよね。神滅斬(ラグナ・ブレード)とか使えない魔法も出てくるし。だから」
「どうして?」
ガウリイはさらに首をかしげる。
彼女が、どうしていきなり崩霊烈を覚えようと思ったのか、よくわからなかった。
今のままでも彼女は十分に強い。確かに増幅器を無くしたのは痛いかもしれないが、それでも彼女の魔力が人間としては圧倒的なものだということには変わりがないのだから。
「どうしてって」
「どうして、覚える必要があるんだ?」
「――だって、魔族に襲われたら困るじゃない。そうぽこぽこ魔族に出くわすとも思えないけどさ、万が一。たしかに、あんたの斬妖剣(ブラスト・ソード)も頼りになるかもしれないけど、だからといって、あたし一人何にもやらないわけにはいかないでしょ?」
「リナには竜破斬(ドラグ・スレイブ)があるじゃないか」
黒魔法最強の術の名をガウリイは口にした。リナは緩く首を振る。
「ダメよ。――確かに魔族に有効ってことは認めるけどね。でも、ちょっと広範囲すぎるわ。街中ではとても使えないでしょ」
たしかにそうだ、とガウリイはうなずいた。
竜破斬は小さな町くらいならば丸ごと消し飛ばすことが出来るくらいの威力を持つ。たしかに、街中で魔族に襲われたりしたら――向こうが丁寧に結界でも張っていてくれない限り、竜破斬など使えないだろう。
「まあ、前から思っていたことだしね。いい機会だと思うわ」
リナは微笑んだ。彼女は最近、思いがけず大人の女の表情を見せることがある。さっきの笑みがまさしくそうで――ガウリイは、とくんと跳ね上がった自分の心臓の鼓動を感じた。頬にほんのりと血が集まる。
それを悟られないためにも――
「そんなに難しいのか? そのらてぃるとって術」
平静を装って尋ねる。
リナは、攻撃魔法に関してはかなりのエキスパートだ。そんな彼女なら、ちょちょいのちょい、ですぐにどんな魔法でもマスターできそうな気がするのだが。
リナは軽くうなった。
「……うーん、難しいっていうか、問題はイメージなのよね。高度な魔法だとね、呪文詠唱や動作のほかに、ある種のイメージが必要になるのよ。崩霊烈とか、復活(リザレクション)とか」
一瞬、彼女の瞳にかげりが見えた。復活(リザレクション)を使えたのなら、あるいは助けられたかもしれない友人のことを思い出したのかもしれない。そのかげりをすぐに振り払って彼女は続ける。
「使えたら便利だなあって思う魔法はたくさんあるけど、そう簡単に習得できるってわけじゃないの。崩霊烈の場合、イメージがうまくつくることができないのよ、あたし」
「そうなのか――」
リナみたいに才能のある魔道士ならすぐにすべての魔法をマスターできそうな気がするのだが。どうやら、そう簡単にことが運ぶわけではないらしい。
「そうよ。第一、呪文詠唱と動作だけですぐに魔法が発動したら大変なことになるじゃない」
「そうか? 復活(リザレクション)とかみんな使えたら便利じゃないか」
救われる命だって、もっと増えるはずだ。
リナだって、復活(リザレクション)が使える仲間がいたからこそ助かったことが何度かあった。もし、その場に復活(リザレクション)の使える人間がいなかったら? 考えたくもない。
魔法の習得が誰にでもできれば、そういう思いをする人間が少なくなると思うのに。
「――だけど、世の中みんなが竜破斬とか使えるようになっちゃったら? まあ、みんながみんなドラスレ連打できるような魔力容量(キャパシティ)を持っているとは思えないけど」
「たしかに大変なことになるな」
リナをはじめとして、ガウリイが知っている魔道士たちは総じて腕がよい。高位の呪文をさらりと使いこなす。だから、感覚が麻痺しそうになるけれど。
竜破斬は威力の大きすぎる呪文なのだ。それこそ誰にでも簡単に使うことができたら、世界は滅んでいたかもしれない。
「でしょ。今くらいでちょうどいいのよ」
「リナも苦労したのか?」
軽くリナが首を振った。
「あたしは魔道が好きだったからね。苦じゃなかったわよ。崩霊烈はわざと覚えなかったフシもあるんだけどね」
「どうしてだ?」
「見た目が地味」
彼女は即答する。あまりにも彼女らしい答えに、思わずガウリイは笑ってしまった。少しむっとした顔でガウリイを見ていた彼女だが、すぐにその表情を崩す。
「そんな贅沢を言ってる場合じゃないみたいだしね。努力だの根性だのは嫌いだけど、いっちょがんばってみようかなって」
そう言う彼女の表情は、とてもきれいだと思った。
彼女の持つ一種のカリスマ性、それは内面からにじみ出る輝きによるものだろう。
彼女はいつも前を見ている。たまには過去を振り返るかもしれないけれど、それを引きずることはしない。
強い意志を持った瞳が見ているのは、常に未来。
決して今の自分に満足はせず、向上心を持ち続けている。
そんな彼女だから、多少めちゃくちゃな性格をしていても、人は惹かれるのだ。
ガウリイだって例外ではない。いや、彼女にいちばん参っているのが自分なのだろうとすら思う。
長い間一緒に旅をしているのに、彼女にまぶしさすら感じてしまうことが、未だにある。




本当に彼女はすごい人間だ。




「なあ。リナ」
ガウリイは立ち止まった。
「何?」
少しだけ先を歩いていたリナが振り返る。栗色の髪の毛が、しゃらん、と揺れた。
「――これ以上強くなってどうするつもりだ? お前さんは、人間としては、もう十分に強いだろう」
人間相手なら、彼女が負けるなんてことはないのではないだろうか。
魔族だってここしばらく動いている類の情報はない。
これ以上、強くなる必要なんてないと思うのに。
なのに彼女は、今まで使えなかった呪文を習得すべくがんばると言っているのだ。
ガウリイだって、日々の努力を怠っているわけではない。簡単な肉体トレーニングはそれこそ毎日、素振りだってやっている。でも、自分の場合、さらに強くなりたいという思いよりも、今の状態を維持したいという想いのほうが強いのではないかと感じる。
少しでも剣から離れるとやはり腕は落ちる。勘を取り戻すのに時間がかかるのだ。戦いではそれがネックになったりもする。だから、毎日剣を持つ。
だけど、彼女は違う。常に願っている。――強くなりたい、と。
「どこまでいくつもりなんだ?」
――時折、自分をおいて彼女が先に行ってしまうのではないか、という恐怖を感じることがある。
彼女は笑い飛ばすだろう。何をバカなこと言ってるの? と。
でも捨てきれない。
怖いのだ。彼女が自分から離れて行くのが。彼女が一人で歩いていってしまうのが。
リナは、一瞬、きょとんとした顔をした。
ガウリイをまじまじと見つめてくる。
それからふわり、と微笑んだ。
「別に、そんな顔しなくても、あんたをおいて行くようなことはしないわよ」
「――え?」
そんな、顔?
思わずガウリイは、ぺたぺたと自分の頬を触ってみる。
そんなに気取られるほど、思いを顔にだしていたとは思わないのだが。
「そんな飼い主に見捨てられた犬みたいな顔しないでよね。なんだか、ものすごく悪いことをしている気分になるじゃない」
「……そんな、情けない顔、してたか?」
「してた」
きっぱりとリナが答える。
ガウリイとしては苦笑をもらすしかできなかった。
「耳と尻尾の幻覚が見えた気がした」
「なんだそれ」
憮然とした顔をするガウリイ。くすっと彼女が笑う。
「別にあたし、あんたに向上心がないなんて思っていないわよ。あんただって毎日剣を握っているでしょ? 似たようなものよ」
こんなとき、年下の彼女に敵わない、と思う。
ガウリイが思っていたことを、リナはわかっていたのだ。
「あたし、あんたの実力は認めてるの。その剣技だって、並大抵の努力で習得できたとは思わないもの。持続することだって大切でしょ? ほんと、すごいと思うわ。それだけじゃない。あたしに文句ひとつ言わないでとことん付き合ってくれるんだから」
ガウリイはゆっくりと目を見開く。リナが、面と向かって自分を誉めてくれたことなど、過去にあっただろうか?
小さな驚きは、徐々に目の前の彼女への愛しさに変わっていく。口元が緩むのをガウリイは感じた。
「――あたしは、あたしの信じる道を進むだけよ。あんたは、黙ってあたしについてくればいいの。あたしについてこれるような男なんて、あんたしかいないんだから。わかった?」
「ああ。努力するよ」
満面の笑みで、ガウリイは答えた。






Fin.

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