――しばらくの後。
さすがに、騒ぎはちっとも珍しくないガブリエフ家とは言え、狂乱のあまりの賑やかに、隣近所の人々が集まって来てしまったので、一家は何とか家に引っ込んだのだが――。
どんな状況でもやっぱり、腹は減る。
特に、ガブリエフ一家にとって、空腹というのは何よりも耐え難い状態である。
ということで、食堂で遅い昼食となった。
今だ羞恥と格闘中のガウリイは、濡れまくった服を着替え、髪にはタオルを巻いている。
顔は赤らみ、小刻みな震えが続いている。
一方、男の子達とリナは、必死で笑いをこらえていた。
おそらく、一生忘れられない事件に一つになるのは間違いなかろう。
けれど、どこまでも天真爛漫で、常識とは最も縁遠いレイナだけは、マイペースでにこにことドーナッツをほおばっていた。
もっとも、末姫様が綺麗だと思っている以上、罪の意識などあろうはずもない。
「――なあ、リナ……」
「――なに?」
「これって――どうにか戻らんのか?」
リナは、喉に詰まりそうになったドーナッツを、香茶で流し込む。
「――む――無理だと――思うわ。
正規の魔法ならともかく――、レイナが組んでかけ損なったモンよ。
もし、反作用の呪文を探すとしても、まず元々の術を解析しなきゃ。
それだけでも、しばらくは――かかるでしょうね」
がっくりと肩を落とすガウリイ。
――実際の処。
判りやすく説明するなら、ガウリイの髪には、『パーマ』がかかった状態になっているのである。
組成から作用してしまったウェーブヘアは、そう簡単には戻せないだろう。
まるで我慢大会のような食事が終わりかけた時、とうとうこらえきれずに、ガルデイがぷっと笑いを漏らした。
再び、ガウリイの臨界が――来た。
「うおおおっ、もう我慢出来んっっ!
そんならいっそ、全部切ってやるっっ!!」
叫ぶなり、頭からタオルを取って、水場にあった包丁に手を伸ばす。
「だめぇぇっ!!」
「いやぁぁぁっ!!」
二つの声が、重なった。
誰もが、一瞬、何が起こったのか判らなかった。
――ようやく把握出来た時には。
ガウリイは包丁を手にし。
リナはその手を押さえ。
レイナは激しく泣いていた。
「ばか、危ないじゃないか…!」
「危ないのは、どっちよ!」
怒鳴りながらも、ガウリイもリナも手は離さない。
「髪なんか切ったって、惜しかないだろ!」
「――ダメなモノはだめよっ!」
「何でだよ!?」
「――――――」
そのまま、みるみる真っ赤になってしまうリナ。
一方、ショックで大泣きしてしまっているレイナの方は、兄達がなだめていた。
「ほら。泣くな、レイナ」
「…ごめん…なしゃい、…ひっく、……レイナがわるいのぉ……。
……おとーしゃんの…ふえっ……かみ、……だいしゅきなのにぃ……。
…きっちゃ…やだぁ……」
ようやく、とんでもないコトになっているのだと自覚出来たらしく、激しく泣きじゃくる妹を、バクシイが抱っこして撫でてやる。
「気にすんなって」
「髪なんて、またすぐのびるんだから」
長兄ガルデイのなだめにも、なおレイナは泣き続ける。
「そうそう。あんなになったのはアクシデントなんだし。
あのまんまじゃ、カッコつかないからいいじゃん」
次兄の軽口も、逆効果。
しかし、妹に泣かれるのが何より嫌なはずの末兄のラグリイは、騒ぎをヨソにしばらくじっと考え込んでいた。
その能力と気質のせいか、こんな時は納め役になりつつある通称・謎の三男坊は、何か解決方法を探しているのかもしれない。
やがて、軽くため息を付いて、両親に視線を送る。
「――やれやれ。
すなおに言っちまいなよ、母さん。
父さんの『長い髪』が大好きなんだ、ってさ」
ガウリイが目を見開いて、見下すと――。
リナは耳まで赤くして、そっぽを向いていた。
「レイナは、母さんが父さんの髪が大好きなんだって、ずっとむいしきで感じてた。
だから、よけいに大好きになってるんだよ」
ガウリイが、『どういうことなんだ?』という目で、ラグリイを見る。
「だからさ。
――レイナがこんなに父さんになつきまくるのは、母さんの感情がえいきょうして、感化されてるせいもあるんだってこと、いいかげんに気づきなってば」
事実のみを淡々と語る口調は、かえって気恥ずかしさを増長する効果がある。
まして、それがたった8歳の少年となればなおさらに。
ガウリイとリナは、無意識にお互いを見ようとして、視線が合うと、同時に赤面した。
その反応に、何かわくわくした表情で、ガルデイが訊く。
「――なあ、ラーグ。
つまり、何か?
レイナが父ちゃんになつくのって、母ちゃんが父ちゃんにらぶらぶだから、それがレイナに伝わって……」
「言わんでいいっっ!!」
長男坊の顔面に、リナの投げたのし棒が命中。
びっくりしたレイナは、いつの間にか泣きやんでいた――。
ぴんっ。
ぎくっ。
平和な一時〈いっとき〉もつかの間、しだいに乾いてきたガウリイの髪が、再び元の『縦ロール』状態に戻りつつあった。
家族全員の額に汗がひとすじ。
「……父さん、どのくらいまでなら許せるのさ」
「父ちゃん、時々後ろで三つ編みにしてもらってるじゃん。
それくらいならいいんだろ?」
ラグリイとガルデイの問いに、まだガウリイが悩んでいる。
そこに、子供達では一番センスのいいバクシイが、穿った意見を出す。
「なら、戻るまでは、きっちり編んどきゃわかんないからいいだろ?
前髪なんかは、バンダナか何かでおさえてさ。
そのくらいは母さんがやってくれるって」
一同に視線を送られて、リナは反射的にうなずいてしまう。
「…おとーしゃん…きらないで…くれる…?」
今度は、ガウリイがうなずく。
――ようやく、何とか折衷案が決まったようである。
「ほら、これでいいでしょ?
たく、もー……」
ぶつくさ言いながらもリナは、寝室でガウリイのなみなみ化した髪を、一本の三つ編みに結わえてやっていた。
椅子に腰掛けたままガウリイは、それを片手でいじりながら苦笑いして。
「――まあ、これでレイナにも、おまえにも泣かれずにすむか」
「ちょ……っ!
だ、誰が泣くって言うのよっ!!」
片づけていたブラシや髪紐を取り落としながら、リナが叫ぶ。
振り返ったガウリイの顔は笑っている。
「だって、おまえの気持ちがレイナに伝わるんだろ?
なら――、なあ」
「何でもかんでも伝わるわけじゃないでしょーに!」
「でもよ、レイナはオレといると、いつでもごきげんじゃないか。
つまりは、おまえもそういうコトなんだ」
「だ、だからっ…!」
いつの間にか、ガウリイの手が、リナの手を掴まえている。
「大丈夫だ。
オレはおまえを泣かすようなことは、もう絶対しないから」
リナは、視線だけ逸らして、ぽそっと呟いた。
「……あたりまえじゃない…………ばか……」
「あ、おかーしゃん、ごきげん♪」
居間で固まって遊んでいた子供達は、末姫様の言葉でにっこりと笑い合う。
「けっきょく、あの二人はねっから『らぶらぶ』なんだってコトなんだよな」
ラグリイのセリフに、バクシイが不思議そうな顔をする。
「おまえ、さっきそう言ったじゃんか。
レイナに伝わる、って。ちがうのか?」
それを受けて見上げてきた、膝の中の妹を撫でながら、末兄は苦笑した。
「ウソじゃないさ。
たださ、時々おれにまで伝わってくんだよな。
――らぶらぶすぎて、さ」
実際の感覚は判らなくても、兄達には言いたいコトはよく判った――判りすぎるほどに。
唇を離してから、リナが問うた。
「――よく覚えてたわね」
「ん?」
「あんたが三つ編み習った時のことなんか」
「――あ、ああ、あれか。
だって、あの時はホントにしんどかったからなぁ。
おまえに公然と触れられて、すっごく嬉しかったんだぜ」
リナが火を噴く。
「そ、そ、そんなこと考えてたの!?」
ガウリイはにこっ、と笑った。
「そりゃ、髪でもおまえの一部だから。
――なあ、これからはオレが編んでやってもいいか?」
リナの顔が、ますます朱の度合いを増す。
「――あ――あんた――が、ずっと髪切らない――って、約束するなら――ね」
「お前に編んでもらえる役得がある限りはな」
もう一度、近づいて行く二人の髪が、触れ合った――。
結局、二月程の間、長い三つ編みをなびかせて闊歩するガウリイの姿が、近隣に出没し。
元々娯楽の少ない田舎にあって、常に話題を振りまくガブリエフ一家のコト、その事件に関しても当然、街の人々の知る処となったが――。
同時に、ガウリナがどれほどアツアツなのかも、あらためて知ることになったようである。
ガブリエフさん家〈ち〉は、幸福である。
たとえどんな事件が起ころうと。
本人達が幸福だと思っている限り、とにかく幸福なのである。
今までも。
そして、きっとこれからも―――
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