Spring ハズ かむ
中編

作:ORINさん♪


 一方。
 ガブリエフさん家の元気あり余りの兄貴3人衆は、駆け足でわが家を目指しながら、集まっていた犬達をそれぞれの家に戻している最中だった。
「父さんがそんな器用だってか?」
 次男のバクシイが、とぼけたように笑う。
「だって、そう言ってたぞー」
 長兄の肯定を、今一つ承伏しかねている双子の片割れに、弟のラグリイがあっさりと解答を出した。
「父さんがミョーなコト覚えてるったら、母さんがらみのコトに決まってるじゃないか」
 何せ両親の『万年新婚らぶらぶ』ぶりを、物心付く前からずっと見てきた子供達である。
 末妹と似たような感応力を備えたせいで、年に似合わず鋭すぎる三男坊の意見ならずとも、これに関しては全く異論があるはずもなかった。

「ねー、おとーしゃん。
 レイナね、じぶんでかみをあめるようになりたいなぁ」
 これまた近隣に轟き渡っている『らぶらぶ父娘』は、家の前庭で抱っこの体制のまま、ほのぼのと母の昼食コールを待っていた。
「…そうだなぁ。
 レイナがもう少し大きくなったらな」
 ガウリイがちょっと迷ったのは、娘のとんでもない不器用さを良く知っているからで――。
 正直、夫婦でさえも頭を抱えるコトがよくあるのだ。
 この娘の器用さは、ただ一点のみに凝縮されてしまったのではないか、と。
 ――すなわち、魔道の方面だけに。
 何せ齢4歳にして、魔道士協会に正式に属し、通常の魔法を収得するだけでなく、時々自分でアレンジやらオリジナルの魔法を作り始めているなんてのは、すでに常人のレベルではなかろう。
 ガウリイもリナも、自分達が人並み外れた能力を持っている自覚はあるし、それがどんな形で子供に遺伝しても不思議はないとは思っている。
 ただ、一般の親の感覚としては――。
 大切な子供達が、普通の生活くらいは出来るようであって欲しいと思うのもまた、至極当然なことだった。
「――そんな魔法はないんだろうしなぁ……」
 何気ない父の呟きに、娘の瞳が輝いた。
「しょっかー。魔法でやってもいいんだよね?」
 ガウリイが自分の言ってしまったイミに気付いた時には――、すでに遅かりし。
 とても楽しいコトを見付けたような好奇心いっぱいの表情で、レイナは自分の三つ編みを見つめていた。

 作業の手を休めないまま、台所で会話を聞き続けていたリナは、あやうく、揚げたドーナッツに砂糖を壺ごとぶちまける処だった。
 いくらレイナが、希代の天才魔道士としての才を持ち合わせていると言っても、全く未知の作用を持つ呪文を、早々に組めるなどとは思わない――普通なら。
 けれど。
 末姫様には、他の魔道士にはない、常識などあっさり吹き飛ばしてしまう特異な才がもう一つあるのだ。
 すなわち、あの比類なき『感応力』が。
 実際、いったいそれがどういうモノなのか、未だにリナでさえもよく判らない。
 唯一、多少なりとも同じ様な能力を持つ三男坊のラグリイだけは、かなり判っているようだが――。
 一度それを尋ねた時に、件〈くだん〉の息子が称したには。
『かんたんに言っちゃうなら――、精神〈こころ〉で、いろんなコトがわかるんだ』
 やはり8歳の子供には、それ以上の詳細な説明は難しいのだろうか。
 それとも、そんなに普通の人間には理解できない類〈たぐい〉のモノなのか。
 その息子とて、一卵性の双子の片方・バクシイと比べても、近頃妙に大人びて、やたら食えない性質〈たち〉になってきているのは、それのせいもあるのかもしれない。
 あまり幼いうちから、何でもかんでも見ない方がいいことまで知ってしまうのは、情緒面では決していいことではないと思うものの――、これはリナにもガウリイにもどうしようもない。
 ――ただ、その能力がどこに起因するかだけは、なんとなく判ってはいるのだが。
 それだけに、どんなコトを起こしても不思議はないと思ってしまう。
 でも、それは。
 誰にも――子供達にさえも、決して言えるはずのないコトで。
 今の処、うすうす感づいていそうなのはただ一人、『赤の竜神の騎士』の名を冠する姉くらいかもしれない。
 実際、それにラグリイやレイナも気付いているのか、よく伯母の所に行っては、何か謎な話をしていたりする。
 何だかこのまま行くと、あの姉のルナのような人間離れした子供が――特に三男坊の方が――出来上がって行きそうで、別な意味でもちょっと末恐ろしいリナだった。

 それはともかく。
 さすがに末姫様の能力に関しての認識は、ガウリイも同様だったらしく――。
「ねー、おとーしゃん。
 おとーしゃんのかみ、ひとふさかりていい?」
 きらきらと輝く瞳で、いつものように無邪気に小首をかしげる娘に、ちょいと父の笑顔が引きつる。
「……オレのじゃなきゃダメなのか?」
「だってー、レイナのは、いませっかくおとーしゃんがあんでくれたから、ほどきたくないの。
 でね、レイナみつあみおぼえたら、いちばんはじめに、おとーしゃんのあんであげたいの。
 だから……ダメ?」
 このすがるように一途な瞳に、Noと言える者がはたしているのか。
 まして、可愛くて可愛くて仕方ない愛娘の願いである。
 ――まあ、もし失敗したって、別に一房くらい切っても問題ないか。
 ガウリイは苦笑いしながら、うなずいた。
 それが、いったいどんな結果をもたらすかも――まったく知らずに。


「どした? ラーグ」
 急に立ち止まってしまった弟を、兄達は不思議そうに振り返った。
「――やばい……って、レイナ!」
 動揺した表情で叫ぶなり、ラグリイが駆け出す。
「おい、レイナに何かあったのかよ!?」
 何だか判らないまま、ガルデイとバクシイも続く。
 彼等の家は、もうすぐだった。


 ガウリイの身体に、暖かいモノが流れていく。
 目の前で呪文を唱える娘の顔は、いつもよりいっそうリナに似ていると思う。
 彼が深く愛してやまない存在に――。

 そのリナは、すぐさまそちらへ行きたいのに、未だ果たせずにいた。
 理由は魔族の来襲――なんて、大そーなものでは、全然なく。
 ――要は、主婦の感覚というか。
 このまま油の入った鍋を、燃えるかまどにかけっぱなしにして行けばどうなるか――。
 かと言って、いきなりかまどの火に水などかければ、一気に灰が舞い上がり、せっかくの昼食が台無しになってしまう。
 確かに、夫と同じ様に髪の一房くらいなら平気だろうという楽観もあったものの、やっぱりあくまでもリナは――、『食べ物を粗末に出来ないタチ』だった。

 血相を変えて走ってきたガブリエフ家の男の子衆は、門を越えた所で――もれなく――硬直した。

「――あれぇ?
 ごめんなしゃい、おとーしゃん。
 まほー、かみぜんぶにかかっちゃったみたい。
 でも、しゅごくきれい♪」
 無邪気な娘の言葉に、ガウリイはいつの間にか閉じていた目を開けた。
 開けて――末姫様越しに、呆然としている息子達を見付け。
「――どうした? おまえら」

 その問いかけに、呪縛が解けた3人は―――、一斉に吹き出した。
 突然わき起こった爆笑の嵐に、父と娘はきょとんとしている。

「ちょっとちょっと、何の騒ぎよ、いった…………」
 ようやく玄関から顔を出したリナも、その場で急激な金縛りにあった。

「――なんだよ、リナ。おまえまで」
 訝しそうに問う家長に、何とか笑いの隙間をぬって、ラグリイが震えながらも何とか指差す。
「――と――父――さん――。
 ――か――か――み――」
「――ん? 髪? どうかしたか?」
 まだ事態の判っていないガウリイは、自分の長い髪に目をやり――やっぱり見事に――固まった。
「ね?
 おとーしゃん、きれいでしょ?」
 唯一、常識とは縁のない感覚の持ち主の末娘だけが、にこにこと嬉しそうに笑っている。
 まるで機械仕掛けのように、ゆっくりと己の髪の一房を持ち上げるガウリイ。
 ふかっ。
 柔らかな手触り。
 確かに、見事なウェーヴだ。
 腕利きの美容師でも、なかなかこうはいくまい。
 いくまい―――が―――が――――――


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーっ!?」

 あたり一帯に、ガウリイの雄叫びが響きわたった。


 ――そう。
 ガウリイ=ガブリエフの豊かな長い金髪は――。
 豪奢な『縦ロール』の群れと化していた。

 きらきらきら。
 うららかな早春の昼下がり、揺れる度にまばゆい金色の輝きを放ち――。
 量といい、長さといい、ロールのかかり具合といい、申し分なく――。
 そこだけ花が咲いたような、華やかさに包まれて――。
 元々美形な容姿の御仁である。
 ――似合う。
 多少の違和感を無視すれば――(うぷぷ)――似合う。
 このまま体格の良さをカバー出来るドレスを着て、きちんと化粧でもすれば、王宮なんぞも歩いても違和感がない――かもしれない。
 しかし、しかし。
 ――当の本人は、至ってフツーの感性の『男性』なのだ。
 アタマはすでに真っ白、汗がだくだくと流れ、身体は小刻みに震えている。
 もはや、ホワイト・アウト寸前で、何とか踏みとどまっているという感じだ。

「――おとーしゃん、どーしたの?
 おひめしゃまみたいだよ(はぁと)」
 末娘の無邪気な評価が、トドメの一撃になった。

 さすがの歴戦の剣士もすっかりパニックに陥ってしまっていた。
 ――もちろん、こんな戦況などあるはずもないのだが。
 雄叫びを上げながら、ひたすら庭中を駆け回り。
 水瓶の水鏡に己の姿を映して見たかと思うと、木にがんがんと頭を打ち付けてみたり。
 もうまったく収拾がついてない。
 それでも何とか、こんな時は一番頼りになる存在のコトは思い出したのか。
 玄関のポーチで笑いこけている相棒を引き起こして、必死で訴える。
「お、お、おい、リナっっっ!!
 な、何なんだよ、これはぁっ!?
 ど、ど、どうやったら、も、元に戻せるんだ!?」
 あまりの必死の形相に、リナは涙目のままながら、辛うじて声を絞り出す。
「…み、みず……でも……かぶ……れば……」
 また笑いに沈没してしまったリナを放り出すと、ヒトの域をぶっちぎった速度で、一直線に井戸へ――。
 水を汲み上げるが早いか、服のまま思いっきりひっかぶる。
 ざばあああああああっ!!

 皆のあまりに奇妙な状態に、さすがにレイナも異常事態だという理解は出来たのか、とてとてと父親の所に近寄ってきた。
「――おとーしゃん、かぜひくよ?」
 しまった。――まったく、判っていないらしい。
 ガウリイはぜいぜいと肩で息をして、水を滴らせながら、歯車でも入ったように、ぎぎいっと頭だけレイナの方を向けた。
「――レイナぁ……、元に戻った……か?」
 娘はちょっときょとんとした後、小首を傾げつつにっこりと笑い。
「こんどは『なみなみ』になったよ」

 再び、雄叫びが上がった。

 ――ご愁傷様です。






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