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「ミレイ〜〜っ!一体どこに行ったんだぁぁ〜っ」
夜の酒場に、声が響く。 どーでもいーが、大きな声である。 あたしとガウリイは顔を見合わせて、重いため息をついた。 「まあまあ……。そう叫ばなくっても」 「きっとすぐ見つかるさ」 さっきから何度目かの慰めの言葉を、彼に言う。 「ミレイが……ミレイが……」 って、聞いてないし。 彼――ミレイの兄であるライナスがこんなヤツだとは思わなかった。――酔って人格が変わる人は多いんだけど……。 「妹の心配してなにが悪い!」 言って、どんっとグラスを置く。分厚いグラスは割れなかった。しかし……やはりと言うか、カウンターの中で、おじちゃんが思いっきしイヤそーな顔をする。 当然だろう。夜の、割と早い時間から深夜の今まで飲んでいるのだ。普通に飲むならよかったのだが、酔っ払って、クダを巻いて、他のお客さんに絡みまくる。はっきし言って、ミレイの兄さんじゃなかったら思いっきしどついてるところである。 ま、まあ……どさくさに紛れて軽く2,3発殴ったとは、大きな声で言えないけど……。 「どうする、リナ」 ガウリイが、困った顔で言う。一応、ライナスに聞こえない程度に、声をひそめて。とは言っても、かなり大きな声で言ったところで、聞こえるとも思えないのだが。 「どうする、って言われても……そうね……」 このまま放っておくと果てしなく迷惑だろーし……。 「なあ、聞いてくれよー。俺はなあ、あの子の為によかれと思ってだなー」 「わかった!わかったってば!」 ちょっと、兄ちゃん!もたれないで欲しいんですけどっ! お、重ひ……。 「ほら、よっと」 ガウリイの声とともに、ライナスの首がかくんと折れ、もたれかかっていた体がカウンターに突っ伏す。 彼がライナスの首筋に手刀を叩きこんだのだ。 「あーあ……。こんな事しちゃって、どーすんの。これ?」 「おいおい。こんな事って……」 完全に気を失っているのか寝てしまったのか、突っ伏したまましばらく動きそうにない。静かにはなったし、もたれかかってもこなくなったけど……。 「そーだっ!ライナスの世話、ガウリイに任せた!」 ををっ!我ながらいい思いつきぢゃないのっ! 「なんだって?」 「……あたしに世話しろって言うの?」 「いいや……」 なにやら浮かない顔で、首を横に振るガウリイ。 「そんならいーじゃない。任せたからね。 あたしは先に寝るから、後はよろしく〜〜♪」 「…………」 異論がないよーだし。 あたしは席を立ち、二階への階段に向う。言い忘れていたけど、ここは、宿屋の一階にある酒場だったのだ。 「リナ」 階段を数段上がったところで呼びとめられる。 「なに?」 振り向くと、 「…いや……なんでもない」 浮かない顔のままのガウリイが言う。 ちょっと悪酔いでもしてんのかな? 「おやすみ」 「おやすみ。明日からミレイを捜しに行くことになると思うから、そのつもりでね」 「ああ、わかった」 しごく真面目な顔で頷く、ガウリイ。しかし、明日の朝もう一度説明することになるんだろう……。ほんっと、物覚えの悪い相棒がいると苦労する。 彼女も、この兄さんに苦労させられてたのかもしれない。そんな風には一言も言ってはなかったのだが……。 妹ってのは、いっつも上に苦労させられると、相場が決まっているのかもしんない。 あたしは、故郷の姉ちゃんを思い出し、カウンターで伸びてるライナスを眺め、置手紙一つだけを残し、いきなし家出したって言うミレイの事を、思った――。 ごとっ 朝の静寂な空気を乱して、重い低い音が響いた。 眠っていた部屋の、すぐ外の廊下からである。 無論、普通の足音なら全く気にしないのだが、そんな音ではなかった。例えて言うなら、なにか重いものが倒れたような音――。 あたしは、パジャマの上にマントだけ羽織り、急ぎ、ドアを開け、廊下を覗く。 すると、そこには―― 「…………なにしてんの?」 「野郎と一緒のベットで寝たくない……」 ボロぞーきんのようにぐったりとしたガウリイが、倒れた床から顔だけを持ち上げて、言う。どーやら、さっきの音はガウリイが倒れた音だったようだ。 「野郎と一緒?」 「お前が、あいつの世話しろって言ったんだろうーが」 恨みがましく、お前がと言う言葉を強調する。 「あいつって……ライナスの事?」 「ああ、そうだ」 「で?」 「他に開いた部屋がないんだとさ。部屋にはベットが一つしかないしな」 「ふ〜〜ん。あ、そう」 「あ、そう……ってお前なあ……」 ガウリイが、力尽きたように床に突っ伏した。 この宿屋には、昨日の夕方辿り着いて部屋を取ったのだが、ライナスは夕べ遅く――酒場がにぎわう頃になって、いきなし目の前に現れたのだった。どうやって、あたし達の居場所を見付けたのかは知らないが、慌てた様子で、『ミレイを捜すのを手伝ってくれ』と言ったのだ。しかし、詳しい話を聞く前にお酒を飲み始めてしまって、それ以上の事情がよくわからない。――素面のまともな状態のライナスに話を聞くしかないだろう。 「あたし達の依頼主はそっち?」 寝そべった彼の向こう、本来なら彼が眠るハズだった部屋を指して言うと、突っ伏したまま微かに首を縦に動かした。 そーは言っても、ライナスはまだ依頼主と決まったワケではないのだが。 「リナ……待て」 一歩、踏み出したところで、死に掛けのガウリイに足首を捕まれる。 「ちょっと!なにすんのよ?」 「あいつなら、寝てると思うぞ。朝まで飲んでたからな」 ………って……。 「まさか、今まで!?」 「今が朝なら、そーなんだろう。 それになあ……思うんだが、女の子がそんな格好で男の部屋を訪問するのはマズイんじゃないのか?」 「あ……そ、そーよね……」 忘れてた。 しっかりマントを羽織っているとはいえ、その下はパジャマだし。 「お前……忘れてたんだろ」 あれ? ガウリイが、まともな事言ってる。 「酔ってるわね」 「さあな……」 相変わらず人の足首を掴んだまま、返事をしてくる。 「わかったわ。とりあえず……離してくんない?」 「とりあえずって……なにするんだ?」 「ったく、もーっ!!着替えるのよっ!」 自分が言ったんでしょーが、パジャマだって! やっぱし、酔ってる! しっかり着替えて部屋から出てみると、完璧につぶれた男が一人。 廊下を歩く人達が、怪訝そーに、しかし、関わり合いになりたくないのか、なにも言わずに階段を降りて行く。人の出入りが多いとは言え、さすがに客室ではなく廊下で寝る人間は珍しいだろう。 「だぁぁぁぁっ!!こんなトコで寝てんじゃないっ!!」 思いっきし、叫ぶ。ほんのついでに、軽〜く頭をはたいてみる。 「……あ……なんだ、なんだ?」 やはりとゆーか、あまり堪えた様子もなく、もそもそ起き上がる、ガウリイ。 「こんなトコで寝るなって言ってんのよ」 「そーは言ってもなあ……」 鼻先に付きつけたあたしの指を見ながら、渋い顔をする彼。 野郎と一緒に寝たくない、か……。 「そんなら、こっちで寝れば?」 「……こっちって……リナの部屋か?」 「そーよ」 何故かもたもたしている彼の先に立って、あたしはさっと部屋のドアを押し開ける。 「いいのか?」 「いーわよ。あたしがいいって言ってるのに、なんでそんな事聞くの?」 「なんでって、お前……」 どことなく困惑したようなガウリイの声を背後に、あたしはベットを通り越し、床の敷物の上に座る。 「おい、リナ?」 「あ、邪魔しないから寝てていーわよ」 「いや……そう言う事じゃなくてだな」 「なに?どうかした?」 なにやらもぞもぞ言うのに相槌をうちながら、荷物の入ったザックを引き寄せ、中から護符を取り出す。この護符、彼女――ミレイも同じモノを持っているはずだ。古い神殿にいた神官から貰った護符である。手のひら大のカードで、落書きのような文字が書かれている。光線の加減によって、文字が浮いて見える事もある。 彼女と別れてから今まで、すっかり忘れて他の荷物と一緒に入れてあったのだ。 ……あたしには、あまり必要なモノではないから……。 護符に続いて、水晶球を取り出し、そっと敷物の上に置く――。 ベットに腰掛け、物言いたげな彼に、黙ってるように合図する。 息を整え集中し、カオスワーズを紡ぐ……。 水晶球に手をかざし、ちらっと彼の方を伺うと、神妙な顔でしかも息まで殺してるみたいで、あたしは思わず吹き出しそうになった。 球を透かして見ると、中心部で微かに光がまたたいている。 『探索』をかけたのだ。彼女の持つ護符からかどうかはわからないが、あたしの持っているモノと同じ魔力波動が思ったより近くにある。 「案外早くカタがつくかもしんないわね」 「なんの事だ?」 「ミレイの居場所を探ってたの。この近くに護符の反応があったし、すぐ見つかるかもって言ったのよ」 「へえ……今ので、そんな事がわかるのか」 「まあね」 もっとも、この護符特有の魔力パターンがわかるから出来るんだけど。 しかし――わかったからと言って、これをそのまま彼女のお兄さんに知らせるのもどうかと思ったりする。 この反応が彼女の持つものだとは断言できないのだ。あの神官が、あたし達以外にも護符を渡しているかもしれないからである。それに――彼女には彼女なりの考えってものがあって家を出たんだろうし、妹を心配して追い駆けて来る兄さんより、どっちかと言うと、一人立ちしようとしている妹の方に肩入れしたい気もする。 考えていると、沈黙に耐え兼ねたのか、ガウリイが口を開く。 「なあリナ……オレ、ここで寝ていいのか」 「しつこいわね〜。いいって言ってんじゃないの! ベット貸してあげる、って言ってるんだから、とっとと寝なさいっ!」 なおも、しつこく聞いてくる彼に、叫び返すあたし。 「一人で……か?」 ……はい……? まじまじと、顔を眺める。 言った当人は……真顔である。 「な、なに言ってんのよ、あんたはっ!!」 真顔だけど……でも、よく考えると相手は酔っ払いだし。 「寂しいなら、これでも抱いて寝てればっ!? あたしは出かけてくるから!」 ぽいっと投げ渡したザックを、ホントに抱えて、 「あんまり危ない事はするんじゃないぞー」 酔っ払ってるようにはあまり聞こえない声で、言った。 ――ホントに、 「なに考えてんのか、わかんないわよ……」 呟いた声は、廊下を歩くブーツの音に紛れ、消えた――。 |