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天気が良く、緑の草花に覆われて空気も澄んだ外とは対照的に、中に入るとそこは黒々としたよどんだ空気の満ちた空間だった。
じめじめしてかび臭いし、埃もしっかり積もっている。 ざっと見た感じでは、人の入った形跡がない。しかし、わりとあっさり見つけられるところだって言うのに、不思議な話である。 頭上に固定した、明かり(ライティング)が頼りなく感じる。光の届かない奥にまで、屋根が広がっているようだ。左右と、奥に広がる洞窟と言ったところだろうか。 「これって……とことん、広そうね……」 出した声が、木霊のように空間に響く。 「階段がありますよ」 ミレイのはしゃいだ声も、よく響く。 彼女の生み出した光の中、指した先に、壁に添って下へ降りる階段がある。 とりあえず、ここはホールのようにがらんとしていて、他にはなにも見当たらない。 「行きましょう!リナさん、ガウリイさん」 彼女は、完全に自分の兄がいないように振舞っている。 「そうね。他に道はないようだし……」 「そうだな」 「…………」 頷くあたし達と、一人、無言の銀髪男。 あたしは、ちらっとライナスの方を窺ってみるが、あまり表情を動かしているように見えない。 ――彼女の言った『凄い人』ってのは、この男なんだろうか……? 「なあ、リナ。……登って来た山なんだが、足元が変な感じしなかったか?」 「変って?」 「そーだなぁ……」 階段を、ミレイ、あたし、ガウリイ、ライナスの順で降りて行きながら、ガウリイが言う。 「足の下が、頼りないような……。地面が薄い感じがしたんだが……」 「そう?」 野生の感ってヤツだろうか?しかし、あたしにはわからなかったけど……。 「――この山には、一つの言い伝えがある」 無言で、そして、暗くてよく見えないが、多分無表情で、ライナスが口を開く。 「ここには、昔、神殿があった。――今となっては、どの神を祭ったものかは不明だが。 それが、ある時期から人々に忘れ去られ――気がついたときには、この場所に山が出来ていたという話だ。……これは、独り言だがな」 「いきなし山って……」 神殿が朽ち果てるって言うのはわからない話じゃないけど、いきなし山になるなんてフツーでは、あまり考えられない。 「……リナさん。ここにあった神殿って言うのが、巨大なドーム型をしていたんだそうです。ちょうど、この山の形と同じです。中は横に何層にもなっていて、御神体は中央部にあったようです」 「――って事は、ホントは山じゃなくて、古い神殿の上に土が乗って、山みたいな形になってるっての?」 それなら、ガウリイの言った『地面が薄い感じ』の説明はつくし、この‘山’に木があまりないのも当然と言える。 「そうみたいです。私も最初は信じられなかったんですけど、こうして中に入ってみると本当だったんですね」 「そう……」 しばし、沈黙が訪れる。 幾度か、ホールのような階層を素通りして、階段を降りる。 まるで、行く先を最初から知っているように、彼女は進む。 なにか言いたそうに、ガウリイがマントを引っ張る。 「――いるみたいね」 「なんですか?」 ミレイが、不思議そうに言う。 「誰か、いるようだな」 こっちは言っている意味に気がついたらしい。或は、微弱な気配を察したのか。 彼は、アウトドアに向かないよーなぞろりとしたローブを着込んではいるのだが、場慣れしているという感じを受ける。 「そうだ。――誰かがいる」 ガウリイが、きっぱり断言した。 辺りには、ますます重いよどんだ黒い空気が満ち、一歩進む毎にまとわりつく。 これは、一般に、瘴気と呼ばれるものとは、少し違う。具体的にどこがどう違うかとゆーと、説明が難しいのだが……。あらゆる負の感情の入り混じったものの中に、一部、違う異質ななにかが、混じっているような……。 今、ここに、巨大な神殿を山に変えたモノがいるのだろうか。瘴気のような気を放つ誰かが。 「すみません、なんだか騙したみたいになってしまって……」 ミレイが、頭を下げる。 「ま、いーわよ。そんくらいのリスクは覚悟の上よ。――いつでもね」 「そーだな……」 ガウリイは、剣の柄に手を置く。 「ミレイ。自分の身は、自分で守れ。俺はもう、手助けしない」 「もちろん、そのつもりよ。兄さんに黙って来た時から、そのつもりだった。 でも、ちょっと不安で――リナさん達に頼んでしまったけれど……」 無視するのはやめたらしい。 微かに苦笑する、彼女。 闇に目が慣れてきたせいでも、明かり(ライティング)のせいでもなく、表情が見て取れる。下から漏れてくる光のせいで――。 長い長い階段を降り、辿り着く。 何者かの気配と、陽光ではない光がある――おそらくは、中央部なのだろう。ホールの中心から、全体に光がばら撒かれている。 「――人間というものは、脆弱な存在でありながら、力を求めるとは――愚かな――」 低く、耳よりも頭に直に響く声。 声、と瘴気に似たモノが発せられている。 「強くなりたいって思うのは、フツーだと思うけど?」 光に向かって、あたしは言う。話が通じる相手かどうかは、わからないが。 「人間よ――分を過ぎた力を持つのは、幸福だと思うのか」 静かに、厳かに、問い掛けてくる声。 ――分を過ぎた、か……。 あたしは、首から下げた呪符(タリスマン)に軽く触れる。 ――この呪符(タリスマン)の力を借りて発動する術の一つは――あまりにも……強大すぎる術。 「私、は、強くなりたい……。だから、ここに来たんです」 ミレイが、眩しさにしきりに瞬きしながら言った。 「お前の言う強さとは、なんだ。それを聞きたい」 「力。何者にも侵されない、強い力。強い魔力を持つ事だと思います」 「それだけか。――では、何ゆえ、その強い力を欲するか」 「なにゆえ……って…。それは……」 言って彼女は、困惑したように黙り込む。 男二人はこの部屋に入ってから、一言も発していない。 まあ、ガウリイがこーいった事に向いてないのはわかり切っているし、ライナスだと喧嘩売ってるよーに聞こえるかもしんないし。 それこそ殺気剥き出しでかかってくるなら、それなりの応戦ってものがある。しかし、ただ突っ立って(?)喋っているだけの相手に攻撃したら、まるっきりこっちが悪役である。 「そっちからの質問が多いわね。こっちから質問してもいい?」 「それは、自由だ。答えるかどうか、それも自由だ」 なるほど。答えが返ってくるかどうかはわかんないわね……。 あたしは、舌で唇を軽く湿らせて、喋り出す。 「あなたは一体、何者なの?魔族ってワケでもないようだし…。 ここは昔、神殿だったって話だけど、ここをこんな風にしたのはあなたなの?それに……」 「少々質問が多いようだが?」 「これでも控えてんのよ」 「そうか――面白い人間だな」 どこか、笑いを含んだ声。気配が柔らかいものになった気がするのは気のせいだろうか? 「どうもありがと」 「へえ……リナが礼を言うなんて珍しいな」 ガウリイが、後ろから茶々を入れてくる。 「うっさいよ!ガウリイっ!」 「面白い。――いや――本気で誉めているのだ。始めてだ、お前のような人間に会ったのは」 あたかも、空間全体、光全体が笑っているかのように、震える。しかし、不快ではない程度に、ほんの少し。くすぐったいような、くすくす笑いが漏れそうな、そんな感じ。 「まるで、自分が人間ではないような口ぶりだな」 ライナスが、静かに口を開く。辺りの変化に全く無頓着に。 「私が何者か、と言う質問には……正確には、答えられない。そうだな、私の役割を言うなら――見守り、導く者と言ったところだ」 「見守り、導く者?」 きょとんとして、ミレイ。 「そうだ。お前は力を欲している、と言ったな。――かつて、この神殿にお前のような人間達が大勢通っていた」 光から、波動のように発せられ――空間に満ちてくる、声。思念。 あたしの目は、明るさに少しなれてきたせいで、光の中の朧な影を捉えていた。 「力を持ちたい。強くなりたい。――ここでは、『助言』をしていた」 それぞれ人によって考え方は違う。 強さ、力に対する意味合いが変わる、のだが……。 「助言……?」 ミレイの小さな呟きが、ホールに響く。 「助言、だけ?」 そんだけなら、誰にでもできるよーな気がする。 「…………」 「なあ……あんた、ここでなにやってんだ?」 「…………」 「全くの無駄骨だったな」 「…………」 あたしとガウリイ、ライナスのセリフに無言の返事。 ミレイは、肩を落として大きくため息をつく。 彼女だって、簡単に『力』が手に入ると考えていた訳ではないだろう。しかし、ハードな展開を予想していたのに、思いっきし拍子抜けである。 「私は――様々な人間を見てきた――。手に入れた力で、暴走する者。野望を持つ者。手に入れても尚、更なる力を求める者……。――大勢の人間がそうだった。人と言うものは、脆弱すぎ――欲深すぎる」 『声』が、突然、ぽつりぽつりと喋りだす。 「単刀直入に聞くけど、あなた、ミレイに助言する気、ある?!」 あたしは、声を張り上げる。そうしないと、声が届かない気がしたのだ。あまりにも、遠くのモノを懐かしんでいるような――そんな気がしたのだ。 「――そうだな――。ここに人間が来るのは久しぶりだ。サービスするとしよう」 「サービス?」 問い返すと同時に、希薄になっていく気配。そして、光に慣れた目でも眩しい、閃光が真っ直ぐこっちに向ってくる。 「リナっ!!」 ガウリイの焦った声。戦いの最中に数回だけ、この声を聞いたことがある。 「ミレイっ!逃げろっ!」 ライナスが、思いっきし焦った声を出す。 しかし――あたしもミレイも、金縛りにあったように、動けなかった。 光に、包まれた後。 一面、霧のようなもので真っ白な空間に、あたしとミレイは立っていた。――全くの無傷で。 「ここって……」 目をぱちくりして言う、彼女。 「そうね…。一体どんなところか、って言うんなら、あたしだって知らないわよ?」 「そうですね。愚問でした」 ミレイは、眉をひそめて、辺りを見回す。 「なんにも――ないですね」 先ほどまでとは違い、声があまり響かない。 「霧みたいなもの以外はね」 「兄さんと、ガウリイさんはどこでしょう?」 「さあ……。でも、きっと大丈夫よ。 ガウリイは――のほほーんとしてるよーに見えるけど、腕は立つし……あなたの兄さんだって、強いんでしょ?」 「え…ええ、まあ……」 「それより、自分の心配をした方がいいかもしんないわ」 「はい!」 って、みょーに嬉しそうだし。 「わくわくしますね♪」 「そう……?」 ……わかってんのかな?この娘。 しばらくは静かだった。 ただ気配を探る事はやめずに、その場に立っていた。しかし、なにも起こらない。 「行ってみる?」 「何処へですか?」 得体の知れない場所では、無闇に動かない方がいいのだが。 「とりあえず――光の濃かった、中心部に」 「はいっ!」 あたしは、霧が出て来る前に朧に影が見えていた、中心部(とおぼしき)方向へ足を向ける。ミレイは、ぴったりと後ろから付いて来る。 「サービスって……なに考えてんのかしらね」 「そうですね。神様の考える事は、よく理解できません」 って……。 「ミレイ。あれを神様だと思ってんの?」 「え?だってリナさん、ここは元神殿だったんですよ?」 素直って言うんだか、疑う事を知らないって言うんだか……。 「あのねえ……」 思いっきし色々と反論を用意して、彼女の方へ振り向く。 「そうだ。神、ではない」 声――。 頭に直接響くようなモノではなく、現実味をともなった肉声。 そして、声の先には、人影があった――。 |