双花幻想
その9

作:ぽこさん


暖かな光が見える。
あれは、森の中を照らす太陽の射光だ。
もう少し進めば、通いなれた道が現れる。
きっと、今ごろは屋敷中が自分を求めて右往左往していることだろう。
肩より少し伸びた金髪が顔にかかってくるのを鬱陶しそうにはらいながら、少年は嫌がる足を交互に動かしていく。
蒼い目が、まだ舗装などされていない獣道の、ところどころ邪魔する小枝を追っていく。
このまま、僕の邪魔をして、通れなくしてくれればいいのに。
願いは声にはだされないが、確実に胸の中に澱のように溜まっていった。
帰りたくない、・・・・否、行きたくない。
少年にとって、あの場は虚偽と欺瞞に満ちた牢獄としか思えない。
それでも・・・戻らなければならないのか?
そっと手をもちあげ、目の前にかざしてみる。
それは、まだ十歳そこそこの年齢相応に小さく、弱い。
同時に目に映る短剣が、とてつもなく重いものに見えるくらいには。
まだまだ幼い、身を守れない。
なぜ、時というのは人が求める速さで流れてくれないのだろう。
固く握り締めた拳を、力まかせに近くの木に叩きつけた。
鈍い痛みがそこから湧き上がってくる。が、それと同時に少年の耳は、何者かが近づいてくる音を捉えていた。
しばし耳をすませ、その音が、自分に害を与えるものかどうか判断する。
大丈夫だ、これは。
知らずつめていた息を吐き出し、歩みを止めてその場で待つ。
「坊ちゃま・・・ああ、こちらにいらしたのですね」
大人の膝丈まではある草をかきわけてやってきたのは、一人の初老の男性。
顔にあるのは、素直な安堵の感情だ。
少年の顔がわずかに歪んだ。彼は、老人が足腰が弱り、人を探しに野山にわけ入るのを苦痛にしているのを知っていた。
「ごめん・・・やっぱりお前に迷惑をかけた」
「・・・大丈夫ですよ。さあ、家に帰りましょう」
「うん」
素直に頷き、なんのてらいもなく差し出された手にすがる。
優しい、皺の跡が刻まれ乾いた掌。幼い彼を慈しみ、守ることを望んできたそれに、拒否感はない。
それでも。
それでも望むものではないと、何かが言うのは罪なのだろうか。
手を引かれるまま歩みを再び進ませ、草をかきわけ、少年は『道』へ戻る。帰るべき場所へと、続く『道』へ。


「坊ちゃま?」
ほんの少し立ち止まった少年を、老人はいぶかしげに見下ろした。
大きく振られた金色の頭になんのため息か息を吐くと、少しだけ握った手に力をこめた。
「なんでもない」
そう、これはどうしようもないことなのだ。
振り返った道を、解放へと続く道しるべとするには、彼はまだ幼すぎる。
今は、まだ。
「なんでもないよ」





これは・・・・・夢なのか・・・・・・



目の前を、まるで水晶を透かしてみるかのように移り変わる景色と、過去の己の姿。
ただし、見ているのは、あくまで『自分』から見たものであり、あえていうなら、過去の自分に『今』の意識だけが重なっているといったところだろうか。
自身の意思で手や足を動かすことは出来ない。
全く、何故こんなことに?
答えなど、たった一つしかないが、それでも現在起こっていることに、ため息をつかずにはいられない。
それの意図などわかったものではないが、扉は、どうやら自分に過去を追体験させたいらしい。
『どうしようもないってことか?』
自分の意志でどうこう出来る物でもない。
ここは割り切るしかないのだが・・・・・

あれが、自分の過去だとすれば・・・・・

見たくない、聞きたくなかった。
容赦ないその現実は、・・・・・・・・・・・・己に罪を突きつける。


場面が、変わる。


囁きあう、着飾った人々。光溢れる広場。山海の珍味、手のかかった料理の数々。名品といわれる酒。躾の行き届いた、その実慇懃無礼な給仕たち。
豪奢にして退廃の香りが強い上流階級の人間の集まりは、これ以上はないというほど華美で芳醇であるのに、何故『色』がないのだろう。
年齢不相応に背が高い利点の一つ、何者にも遮られない視界をぐるりと見渡し、あきらめを手に持った酒のグラスで隠す。
本来なら咎められるべきそのグラスの中身も、彼の身分、そして、彼の華やかな容姿が全く違和感ないことから、かなり大目に見られている。
少し下を向けば、幾重にも自分を取り囲んだ人の群れが見えた。
が、どれもこれも同じにしか見えず、聞こえず、全てが表層を滑り落ちていく。
取り囲む人間が男だろうが女だろうが、・・・・自分の表面に釣られて一夜の恋や愛情を求めるものだろうが、家の権力を求めたものだろうが、結局、コトリとも感情を動かせない。
喉を焼く、こんな場で飲むにしては強い酒精を持つ酒のみが、唯一己をここにあるものとして認識させた。
『早く終れよ』
今のガウリイと、過去のガウリイの思いは同じだ。
「楽しんでいるようだな、ガウリイ」
明らかに言葉と声音があっていない一人の男が歩み寄ってくる。人垣がざわめき、その男とガウリイをつなぐ道が出来る。
銀の髪、蒼い瞳。そして、ガウリイよりも猛々しさが表にでていながらも、学者的な印象が強い男。
スラリとした長身はやや細身で、ガウリイと並ぶと体格的に少々劣って見えた。
ガウリイの真横に並び、トン、と肩を叩く。
それに曖昧に笑顔を返しながら、ガウリイは自分でも茶番と思えるしらじらしいセリフを口に乗せた。
「ええ、兄さん。今回は、オレのような立場の人間に、こんな盛大な誕生パーティーを開いていただて、光栄の限りです。
来客の方々も、こんな若輩ものにたくさんのお祝いの言葉を下さって、本当に嬉しいですよ」
「ふん、光栄ね。そんなにへりくだらなくてもいいぞ? 少なくとも、現在お前を取り囲んでいる人間は、お前をそう見ていない。
なんせ、このオレを差し置いてでもこちらに集まっているんだからな」
ガウリイとは対照的な髪を揺らし、男がグルリと周りを見れば、その視線を居心地悪そうに避ける人々がいる。
この場に来ればそういう目が必ず自分たちに向けられるとわかっていながら・・・・・でも、立ち去ろうとはしない。
戦々恐々としながら、これの成り行きを面白がっているのか、それとも、今後の指標とするつもりなのか。
それに皮肉気な笑いを薄くにじませ、男は自分の持ったグラスを勢いよく呷る。
「未来の当主様に乾杯、か?」
「兄さん!」
「何を慌てる?本当のことだろう?」
低い笑い声はまるで毒素のように場を侵食し、特にガウリイの脳を染め上げそうだった。
「なあ、そう思わないか?」
肯定、否定。どちらをとっても自分の身を危うくする問いを投げかけながら、兄の瞳の中には憎悪がたぎっている。
何故、疎まれるのか。
理由ははっきりしているが、それに対し答えるすべをガウリイは持っていなかった。
『ふざけるな!』と一喝したい思いはあっても足かせは重く、安易な行動を戒めている。
たった一言でいいのに。
今言える言葉は・・・・
「兄さん、オレは・・・」
「戯れはそこまでにしておきなさい」
一触即発。
グラスの音さえ絶えられぬ騒音となって彼らを押しつぶすはずだったそこは、一人の貴婦人の登場でとりあえず歪められる。
「母上」
呟いたのは、兄か、ガウリイか。
画面を眺めているのと同じガウリイにもそれはわからない。
高いヒールが床を叩き、神経質な音が毒素を削り、同時に凍りの風を吹き入れる。
おそらく、この場にいる誰よりも豪華で華美な衣装をまとい、同時に比較するものなどないほど『貴族的』な年齢不詳の美女は真っ直ぐに顔をあげ、長身の男達の所まで歩み寄った。
だが、その二人の瞳の元である蒼は、ただ一人のみをそこに映し、片方には見向きもしなかった。
「いつまでそのような場所で遊んでいるのです。今日は、お前にとっても大切な立場の方々と会わなければならないと言ったでしょう?わたくしの言う事が聞けない貴方ではないでしょうに」
「・・・・・・申しわけありません」
「謝罪は結構。
それでは早くわたくしと一緒にいらっしゃい。皆様は首を長くしてお待ちしていてよ。
この場にいる者など無視しても十分です。」
こちらに流される視線。あるものは憎しみか、否、それよりもっと悪い。
「ですが・・・・」
「貴方はここの家のただ一人の後継ぎ。
それでいいのではないのですか?」
刹那、現れたのは挑発。
耐え切れない取り巻きの何人かが、こっそりと離れていく。
別にそのことに対して嫌悪感もなにもない。そんなものだろうと納得するだけだ。
「さあ、こっちよ」
繊手が銀の青年に伸ばされ、彼がうやうやしくその手をとる。
二人は最早ガウリイに一瞥することなどない。

・・・・・・・・・・・・・・・・そう、いつものことだ。




貰いモノは嬉し!へ戻る