|
ガルフが準備しておいてくれた服を素早く身につけ、手馴れた仕草でこれも自分のものではなく、ガルフが『ちょっとした俺のきまぐれだ』とよこした、若干自分のとは形状の異なるアーマーをつけていく。 ガウリイがつけていたものは、毒は綺麗にふき取られたとはいえ、まだ危険だった。これから行く場所や行われるであろう戦いを考えれば不確定要素は少なければ少ないほうがいい。 重さは以前のと比べるとやや軽い。 けれど、強度はよさそうで、かなり値のはるものに見えた。 「高いだろうに」 なんとなく苦笑が漏れた。 おそらくガルフはリナがさらわれたことに対して、少なからぬ責任を感じている。 かなり大きな料理屋を経営している人物とはいえ、ポンと気軽に出せるような値段のアーマーではない。 それなのに素直にそういえないのは、捻くれているのか・・・それとも。 類は友を呼ぶ、というが、まさしくその通りのようだ。 筆頭の少女を思い浮かべ、ガウリイの心が何かに軋まされる。 「リナ・・」 つぶやきと同時に響くノックの音。 邪魔するぜ、と言いながら「野暮用が出来た」とどこかへ行っていたガルフが部屋に入ってきた。 真新しいアーマーを身に付けたガウリイを見て、軽く口笛を吹く。 「おお、なかなか似合っているじゃないか。さすが俺だな。見る目は確かだ」 「着ている人間を誉めるよりもアーマーを選んだ自分の眼力の自慢か?あんたらしいといえばあんたらしいが・・・まあ・・・随分いいアーマーだ。おもわずこのまま持って帰りそうだぜ」 「やめてくれ、店がつぶれちまう。か弱い店の主をいじめるんじゃねえよ。 しかし、そういうセリフを言えるってことは少しは回復したってことか?」 「毒の影響ならほどほどにな」 本当なら、まだ本調子にはほど遠い。間接がきしみ、鈍い痛みが続くため、それによる頭痛まで引き起こされて判断力が低下しているのがわかる。 「まあ、こればっかりは俺にもどうしようもないからな・・・。 そうそう、あれの居所がわかった」 ガタンッ! 「・・・・・どこだ」 「これが教えてもらう立場の行動か?少し落ち着け。俺は逃げたりしねえよ」 思わずガルフの襟首を掴み、まるで締め上げるような形になったガウリイだったが、はっ、と気がついて、手をはずす。 「すまん、つい・・・」 「わかってるって。そんだけあのお嬢ちゃんが大切だってことだろう? こんなことをいちいち気にするほど、俺も心は狭くない。 が・・」 ガギン! 「これから先話すことに、いちいち反応されちゃあ鬱陶しいんでな。とりあえず釘をさしておく」 「・・・・ありがたくって、涙が出てくるな・・・でも、もう少し違ったやりかたをしてくれてもいいんじゃないか?オレはMの気はないぞ?」 どこから出したのか、装飾も見事な短剣の鞘で思い切りぶん殴られ、ガウリイは頭を両手で抱え込んだ。 「ふん。オレだって、そんなやつをいたぶる趣味なんぞもってねえよ。 それより、聞くのか、聞かんのか?」 「聞くに決まってる」 「よし。 と、その前に、これをお前に渡しておかなきゃいけなかったんだよな」 ガルフは、ガウリイを殴る道具として使った短剣をテーブルに置き、自分は一つしかない椅子にどっかりと腰をおろした。 やれやれと首をふり、卓上のそれを手にとって見れば、その大きさのわりにはずっしりと重く、柄、鞘、ともに見事な細工だった。銀の透かし彫りも見事な鞘をはらえば、磨きぬかれた鏡もかくや、という刃が現れる。だが。 「おい、おっさん」 「どうした、何が気に入らん?」 理由などとうにわかっていように、ガルフは面白そうに、ガウリイの表情の変化を見ていた。その眼前に、ガウリイは抜き身のまま、短剣をつきつけた。 「・・・・これは何の冗談だ?」 「気に入らんか?」 「少なくともこれから話を聞く態度を改めるくらいにはな。何故、これには刃がない?」 そう、ガウリイが持っているそれには、もとから人を殺傷する能力などはなく、ただの鑑賞としての価値しかなかった。 「お前も存外短気なやつだな」 銀の輝きをもつそれを、出会ったときと同じ動きでつかみ、無造作に脇にやる。 「どう見たって、おかしいと思うもんを、わざわざ渡したってことだけで、これかい?」 「・・・・シーリエとやらにリナが捕まっている以上、どんな些細なことでもオレには重要だ。 不安定な要素を与える奴に、遠慮する気はさらさらない。 もう一度聞く。どういう意図でオレにこれを渡そうとした」 ガウリイにとって、大切なのはあの少女だけ。 下手に邪魔をする気があるのならば、たとえどんな人間であろうとも、殺す。 凍リついた瞳は雄弁に心のうちを語る。 「ほんとーにまー、あの赤い目のお嬢ちゃんがいないだけでえらい態度が豹変する男だな、あんた。 はいはい、俺も命がおしいからな、さっさとそれを理由を言いますよ。 そいつは別名『天の鎖』っていうんだよ」 「『天の鎖』?・・・・聞いたことがないな」 「そりゃあそうだろうな。こいつはここら一体でしか知名度はない。 あんたも、祭には参加したからわかると思うが、銀のリングと紫の花を交換する儀式というにはおこがましいイベントがあっただろう。」 「ああ」 「もともとあれは、ここらの神話をもとにしていてな。 銀の月の神様と、紫の瞳をもつ乙女。そいつらが恋におちて、もとはただの人間だった乙女を、神はその父親である天帝のもとへつれていった。だが、そいつは人間ってもんをまったく信用していず、二人を引き離して銀の月の神のほうを、牢に閉じ込めた。そしてたった一人、神の宮殿に残された乙女に言うのさ。『あいつは神として、人間などに心を奪われるという愚挙を犯した。これを償わせるために、死ぬしかない』ってな。乙女は当然そいつの命乞いをする。すると天帝は、一振りの短剣をだし、『ここでお前自ら命を絶つなら、あれの命だけは助けよう』と言った。乙女はためらいもなく短剣をとり、自分の胸に突き刺した。だが、そのせつな、眩い光があたりを包み、乙女はなんの怪我もなく、銀の月の神に抱きしめられていた。慌ててもう一度短剣をみると、そこには刃がなくなっていた。その奇跡を見た天の神は自分の過ちに気がつき、はれて二人の仲を認める。 めでたし、めでたし」 「それをもとにしたのが、この短剣か?」 「ああ。天帝すら認めざるをえなかった、深い愛情に清められ、つなぎ止めた短剣ってことで『天の鎖』。 どうだ、なかなか泣かせる話だろ?」 「夢見る乙女とやらにはな。 で?今回のリナがさらわれた件とこれがどうつながるっていうんだ?」 「その前に、あんた、あのお嬢ちゃんをどうやって助け出すつもりだったのか聞いていいか?」 「・・・・・・・やなやつだな、あんた」 苦笑しつつ、ガウリイはベットに腰掛け、足を組んだ。 「作戦なんかあるわけがない。 と、いうより、リナという人質をとられている以上、オレに選択権はない。 あいつが、オレを苦しめるために浚ったリナに何もしてないとは思えんからな。早いにこしたことはないから、場所がわかりしだい、強行突破。罠が仕掛けられていようがなんだろうが関係ない。 どうせ、あっちは人間を止めているんだ。 夜だろうと昼だろうと言っても意味はないからな。 そんなもんか」 「それって作戦以前の問題だな。どんな馬鹿でもできるじゃねえか」 「ほっとけ」 「ま、それもあんたの身体能力、戦闘力を考えればあながち無理じゃないと思えるが・・・・確かに、シーリエは人間やめてるからな・・・そうか、もう、駄目か・・・」 「ああ。 魔族と不死の契約を結んでいるか」 あるいは、魔、そのものと合成され、人魔となっているか。ただ、人魔となるにはその関係者とかかわりをもたなくては無理だ。 「どちらにしても人には戻れんな・・・それに、あんたもあのお嬢ちゃんを浚っていって、この先もあんたらに害を及ぼすとわかっている人間を許しておくつもりはないんだろう?」 沈黙は肯定。 ガウリイは、確かに無駄な殺生を好むわけではないが、同時に大切な人間を失わせるきっかけになるであろうものを、排除する機会を逃すほど甘くもない。 リナは、嫌がるかもしれないが・・・・・・。 「あんたは、こうなった今でもあのシーリエとかいう女を庇いたいのか?」 ガルフの眼の複雑な色を見て、ガウリイは静かに問うた。 「ちょっと違うな。 俺はな、どこぞの人権団体がいうような、誰彼もが愛とやらをもち、許し、平和に暮らしましょう、なんていうお題目を唱えるやつらはもともと嫌いだ。 そういうのは、本当に大事な人間をもったことがなく、そいつが理不尽に奪われたことがない奴らが言う戯言だと思っている。 そういう意味では、復讐も肯定してるさ。 ただし、それは、相手を見定め、終ったら前を向ける、という条件のもとでだ。 あいつは・・・・シーリエはもう暴走し始めている。 確かに、あんたらは王女が殺された、正確には処刑された、だが、その大きな要因の一つになっていた。 だが、それだけなんだ。 あの王女を殺したのは、本当は人じゃない。 強いて言うなら『国』なんだ。 シーリエは、それを分かっていながら認めていない。 今にして思えば、リナ=インバースが薔薇の王女を殺したっていうのも、シーリエがわざと流したものだろう。 あいつはそう思い込むことで、復讐の相手を固定していってるのさ。 だけど、そこには終わりがない。 あんたらを殺したところで、絶対に次の相手を作り出す。 わかるか?きりがないんだ。どこまで殺しの範囲が広がるのか見当もつかない。 ましてやもう、人をやめてる。 どこまでがあいつ自身なのか俺にもわからん。 あいつは例えどんな理由があろうとも、許されないことをしたんだ。 人が人に復讐する。 そのルールを破ったら終わりだ。 俺は、シーリエに『人』として決着をつけさせてやりたかったんだよ」 「あんたも結構難儀なやつだな」 「・・・・・そうだな。 とにかく、そんなのはどうでもいい。 あんたの作戦はわかった。 はっきりいって、無茶、無謀以外の何物でもないってことがな。 これで俺も心置きなくあんたを死地に送れる」 「・・・・・・・おい」 「なんだ?文句があるのか? お前にちゃんとした作戦があるんなら、こっちを薦める気はなかったんだがな。 どうもどっちにしろ大して無謀さ、危険度にはかわりないなら少しでも中身がわかっているほうがいいだろう。 喜べ。 あんたは初の『天の道』への挑戦者だ」 「一つ聞くが・・・なんで今までその『天の道』とやらに挑戦するやつがいなかったんだ?」 「危険だからに決まってるだろうが。 獰猛な肉食獣がわんさか、しかも魔族も出てくるっていう噂のとこだぜ? 普通の神経をもっていたら、とてもとても行く気が起きないさ。」 「そこにオレを放り込むっていうのか?」 「おんや、びびったのか? 安心しろ。 『天の道』に入ってからはお嬢ちゃんまで一直線だ。 シーリエがいる『闇の館』に行く道に伏せられている可能性のある奴からは確実に逃れられる。」 「『闇の館』、がどんなところかは知らんが、どうやらそっちは人間が行けそうだ。 何故、より危険なほうを薦める?」 「・・・・・・・・・変な正義感にかられた人間の相手は嫌だろう?つまりはそういうことだ。」 「なるほど、な。それなら、シーリエが行った場所も簡単にわかったわけだ」 『薔薇の王女』を心酔していたものはシーリエだけではないっていうことか。 おそらく、シーリエはまず『薔薇の王女をリナ=インバースが殺した』という噂を撒き、他にも自分に協力しそうな人間を探したのだろう。 そして、その噂を鵜呑みにした人間が、その憎むべき相手を浚ったシーリエを知らず後押しすることになる。 財力、人脈、どういう力を備えた人物が協力することになったのかわからなければ、それは魔族を相手にするよりはるかに厄介だ。 今後のためを考えても、世間の評判がこれ以上悪化することはふせいだほうがいい。 『魔族を殺した』、と『罪のない一般市民を殺害した』とではえらい差がでる。 「どうやら『ご協力感謝いたします』といって、そっちの『天の道』を通ったほうがいいようだな。」 どことなく苦笑して、ガウリイは短剣を鞘に戻した。 「なら、そいつの利用方法を伝授しようとするかね」 ガルフはやっと本題に入れる、とばかりに大きく肩をすくめ、ガウリイのまったく心のこもらない感謝の念を受け入れた。 |