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「ここです」 シーリエに案内されたその店は大通りに面していず、一本裏に入ったところにあったものの、規模は大きく、客に溢れていた。 「へえ、いい店じゃない」 開けた扉に使われていた木材、店の内装、リナはそんなものに目をやって、なかなかの値打ちものを使っていると感心していた。 「ありがとうございます、リナさん。それに、外見だけじゃなくて、ここはお料理もおいしいんですよ」 「そりゃあ楽しみだなあ」 「そうね」 「あ、ガウリイさん、それはこっちにもってきてくださいね。」 スタスタと、店の奥へ足を進めたシーリエに、ガウリイ、リナはともにくっついていった。 別にリナはついていく必要などなく、テーブルについて待っていても良かったのだが、なんとなく二人にしたくなくて、一緒に歩みを進めた。 「よう、シーリエ、帰ったか。遅かったじゃないか?」 厨房で忙しく体を動かしている壮年の男がシーリエに手を振った。その拍子に、シーリエ以外の人影に気がついたのか、巨大な皿を持ったまま出てくる。 「ごめんなさい。仕入れたシロップ、途中でつまずいて駄目にしちゃったの」 「おいおい、あんたにしては手際が悪いな。・・・そうすると、この兄ちゃんの格好からもわかるとおり、この人が料理の代わりにデコレーションされちまった被害者か?」 「そうなの・・」 「ふーん。ま、やっちまったことは仕方が無いよな。 どうも家の従業員が迷惑かけちまったようですまなかった。オレはこいつの雇い主でこの店の支配人のガルフだ。よろしくな」 「ガウリイだ」 「リナよ」 ガルフは巨大な皿を、ガウリイは大きな荷物を、もったままなので、握手することはままならない。 ガルフは笑ってその皿をシーリエに渡した。 「3番テーブルだ」 「はいはい」 「おい、大丈夫なのか?」 先ほど、荷物をひっくり返したのを思い出したのか、ガウリイが止めようとしたが、ガルフはかえって不思議そうにみた。 「シーリエはこういうことに慣れている。荷物をひっくり返したのだって今回が初めてだ。 大丈夫だよ。それより、あんたこそ、気を使って持ってきてくれたんだろう?こっちに置いてくれ」 「ああ」 ガウリイが置いたのを確認し、改めてガルフはリナの手を取った。先ほど出来なかった握手だと、リナはすんなり手をだす。ガルフがちょっと身をかがめてリナと視線をあわせる。 傾げられたリナの首。 その愛らしい仕草に、ガルフは目を細めた。 「あんた、もしかしてリナ=インバースか?噂とは随分違うようだが、確かに見事な緋色の眼だなあ」 瞬間、旋風が走り、ガウリイの剣がガルフの喉元に突きつけられる。 「何者だ、お前」 「何者って、単なる料理屋の主人だよ」 ガウリイの剣に怯みもせず、うざったそうにそれをつまむ。 「これ、どかしてくれんかな?落ち着いて話も出来ん」 「なぜ、リナを知っている」 ガルフの指など無視して、さらに剣にこめられる力。首に、一筋の赤い線が出来た。 「やめて、ガウリイ」 ガウリイの、剣をもつ腕に手をそえ、リナは今度は先ほどとはまるで違う目をしてガルフを見た。 「なんで、あたしを知ってるの?」 彼に、ごまかしはきかない。 瞬時にそう悟ったリナは、あっさり自分を「リナ=インバース」と認めた。 「どうしてって、あんた、知らないのかい?」 「・・・・何を?」 「この界隈、と、言っても裏なんだが、『リナ=インバースが薔薇の姫を殺した』って流れていることだよ」 「それ、ほんと?」 おもわず剣をひき、そのまま首をかっきろうとしたガウリイだが、今度はなんとリナの手がその剣にそえられた。 このまま引くと、リナの手まで傷付けてしまう。 暗に、『剣をひけ』と言われていることがわかり、しぶしぶながら剣を納めた。 「兄ちゃんは恐いな」 「そうでもないわよ、あたしにとってはね。でも、返答しだいではもっと恐くなるわ」 「オレに知ってること全部話せ、と?」 「そうよ」 「ふうん。じゃあ、とりあえずここを離れようや。いくらなんでも、誰かが聞いていてもおかしくないとこで、話すもんじゃない」 チラリ、と厨房、ついで客席が並ぶ店の中を見て、注意を促す。 無言で頷いたリナは、ガルフに同意を示した。 「じゃあ、こっちだ。 おおい、すまんがちょっとでてくる。悪いが適当にやっておいてくれ」 後半は、厨房にいるほかの従業員に向けた言葉。 ガルフは返って来る『そりゃないっすよ』、『店長、逃げないで〜』などという言葉に苦笑し、足を裏口に向けた。 『それは困るわ』 脳裏に響く声。 「シーリエ?!」 「なんだこれは?!」 襲い掛かるのはどこからか湧いて出た水。その不可思議な、自然の法則を無視した力は、あっという間に彼ら三人がいるその場のみに天井まで達し、瞬く間に包みこみ、飲み込んだ。 「ガウリイ!!」 「リナアアア!!!」 強固な檻と化したそれは外部からの刺激を一切遮断し、その空間だけ激流の渦をまかせ、明確な意志をもち、二人を引き離した。 もがくことさえ許さない、力。 途端、ガウリイだけの脳に、同じ声なのか、別な声なのか、妙に聞き覚えのある声が差し込んだ。 『お・・・前さ・・え・・・いな・・・け・・れ・・ば・・・』 なんだ・・・?いぶかしげに思うことは半瞬だったが、それは、彼がしっかり掴んだリナの手を、力がもぎとるには十分だった。 離れる繊手、そして、消えていく姿。 追いかけていくことも出来ず、ガウリイは闇に沈んだ。 強い、けれど儚いリナの瞳を脳裏にやきつけたまま・・・・・・ ピト・・・ン・・・ ピト・・・ン・・・ 同じテンポの音が聞こえる。 あれは、なんの音だ・・・? ともに聞こえるのは・・・人の、声? 『ひ・・り・・剣・・・えら・・』 『・・・に・・・無駄・・・・』 『・・・者・・・お・・・に』 やめろ・・・ 『なん・・・子・・・・!!!』 『・・かたが・・・・・無理・・・・別の・・』 『嫌・・・なんで・・・俺の・・!!!!』 言うな・・・ 『お前・・・取った・・・・』 『お前、・・・・いなければ・・・・俺・・・・・』 オレは・・・ 『・・・・・・ね』 「やめろおおおお!!!!」 飛び起きて、感じたのは固いベットの感触。目に映るのは見慣れぬ部屋。 ガチャリ。 扉の開く音に目をむければ、そこにはガルフと呼ばれた店の主人。 「お、起きたのか?」 ほかほか湯気をあげている器を持ったガルフは、のんびりとした様子で、いまだ息の荒いガウリイのベットの傍にしつらえられたイスに座った。 「腹減ってんだろう、食えよ」 目の前に差し出された、温かい食事。しかし、それはガウリイにはなんの意味ももたない。 「・・・・・リナは?」 周りを見渡すことすらせず、ガウリイはガルフを見た。 冷たい、これ以上はないほど冴え、凍った蒼い結晶。 「ここにはいない」 ガタンッ 「よせっ、馬鹿が!」 慌ててベットから立ち上がったガウリイだが、同時に凄まじい痛みが全身を覆い、たまらず床に膝をついた。 吐き気がする。 視界が霞み、物がはっきりと映らないために、距離感すらまともにわからない。 「だからいわんこっちゃない・・・」 あきれた口調で言いながら、ガルフはガウリイの腕をとり、無理やり立たせた。 そのままベットに荷物のように放り投げる。 「意外と力があるな、あんた」 「ふん、料理は体力勝負なんだよ」 190にもなろうという長身を、いとも軽々もちあげたことに、ややまとはずれな感心をしたガウリイ。 それを鼻で笑うと、ガルフは急に顔を引き締めた。 「あんたの体は今、毒物に侵されている。さっき、魔法医とやらを呼んで解毒してもらったんだが、そいつにもいまいちわからない毒が使われているらしく、完全には抜けないそうだ。」 「・・・なに?」 枕に顔をうずめて、急激に襲う吐き気になんとか耐えるガウリイの前に、ガルフは水を渡す。 「飲め。それで、吐きたいものは全部吐いちまえ。本当なら、吐くって行為は体力を使うもんだから薦められないが、今のあんたに一番必要なのは、体内に残った毒を少しでも薄めることだ。 水でもなんでも飲んで、脱水症状にならんようにしながら、無理やりにでも体を元に戻せ。 どうせ、あんたは、すぐにでもでていきたいんだろう?」 そうだ・・・・自分でさえこの状態なのだ・・同じように巻き込まれたリナは・・・? 恐ろしい可能性に気がつき、ガウリイは再び飛び起きようとした。 「だから、大人しくしてろって」 言葉と同時に振ってくる拳。 見事な音がして、半分も身を起こさないうちに、ガウリイは撃沈された。 「・・・・あんた・・・言ってることとやってることが違うぞ・・・」 リナの攻撃呪文で痛みには慣れているはずなのに、容赦なく振り下ろされた鉄拳は、ガウリイを涙目にするのに十分だった。 「なにいってる、これこそ愛の鞭ってやつだよ。 ・・・・・・おい、変な目で見るな。俺は男に興味なない」 「そうかよ・・・だったら疲れるセリフはやめてくれ・・」 「疲れる行動をさせてるのは一体どっちなんだか・・・。 ともかく、あんたが気にしているお嬢ちゃんの体にはきっと何もない。 あの水には俺も巻き込まれたんだぜ?それなのになんともないんだから、毒に感染したのは、あの変な水が出てくるその前だな。 心当たりはないのか?」 「水じゃない・・・その前?」 「そうだ。あんただけが触れたもの。あるいは食べたもの、だ」 店に来る前・・・ずっとリナと一緒に買い食いをしていた。その間に感染したというのは、リナの毒物への知識からして考えられない。 リナではなく、ガウリイだけが触れたもの。と、いうと。 「あの荷物そのものだな」 「シーリエが持ってきた、アレか」 「ああ」 「・・・どんなやつだ?」 「中身は見てないから、なんともいえん。もった感じでは、野菜とあと何か湿ったものが入っているようだった」 「それだな。俺がシーリエに頼んだのは食料品、生鮮野菜だけだ。間違ってもそんなもん入ってやしない。おおかた、皮膚から直接浸透するものだったんだろうよ」 「そうかもしれない・・・が、あんた、随分冷静だな」 「何がだ?」 「シーリエが、俺たちを殺そうとした犯人だということに対して、だ」 ガルフは無言でガウリイを見た。 ごまかしはきかない、とリナが悟った鋭い視線がそこにはある。 しかし、ガウリイの方も、ここで引くわけにはいかない。 誰よりも、何よりも、・・・己の命、存在そのものをかけて愛している少女。 その命がかかっているのだ。 「・・・シーリエは、あれは、『薔薇の王女』の友人だったんだ・・・」 |