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じっと一箇所を見つめたまま動かない瞳。
そこには誰も、何もないというのに。すぐそばに、自分がいるというのに、ただ一人の姿だけを求めて動かない視線。 本来なら、誰よりも輝いて、咲き誇って、万人の目に映ったはずの艶やかな姿。 真紅のドレス。 纏うのを望んだのは彼女。 その隠されていた気性そのままに姿を変え、存在を消そうとしている、誰よりも大切だった、たった一人の・・・女性。 何故、ここにこうしているしかないのか。 何故、こうなったのか。 何故、止められないのか。 何故、何故、何故・・・・・・。 疑問は限りなく心を蝕み、怒りと、悲しみと、無力感と、絶望感と、あらゆる負とされる感情をつれてくるけれど、自分に出来ることはなにもない。 そう、気がついてももらえない体をこの場におき、彼女の最後を目に、心に刻み付けるだけしか。 握り締めた拳。 掌に刺さった爪が、己を傷付けて、赤い線を描く。 ・・・・それは彼女と同じ色。 カーニバルが始まる。 着飾った男が、女が一夜の恋を求めて踊り、道化が滑稽なロマンスを紡ぎだす。 楽団が陽気な音楽を奏でその場をさらに煽り、人々は、老人、子供、年齢問わずにその流れにのり、さらに大きな濁流を作っていく。 空には大輪の花。 咲くたびに響く大きな音が、今宵の始まりを促す。 『夜はまだこれからだ』と。 花束を受け取り、その意味を大体察してからも、リナは変わろうとはしなかった。 「帰ろう、リナ」 もう何度繰り返されたかわからないセリフがガウリイの口から出る。 時は既に夜。 といっても、ようやくあたりが暗闇に閉ざされ、花火が綺麗に見えるようになった時刻だ。 あれからゆうに六時間はたっている。 しかし、二人はまだホテルに帰らず、祭の喧騒のただなかにいた。 「もう、またそれえ?」 ガウリイの手に持たされた焼き菓子が大量に入った袋に手を入れ、一つ取り出しながら、リナはあきれて上を見た。 あるのは、真剣な蒼い瞳。 そこに宿る、不安と恐怖心を見て取りながら、しかし、リナは自分の意見を変えるつもりはなかった。 もう一つ取り出し、ポン、とガウリイの口にも放り込む。 いきなり入ってきた大きな塊を、両手がふさがっているのと、食べ物は無駄に出来ない、という意識とに邪魔されて、なんの抵抗を示すことも出来ずに受け入れる。 ジュワッ、としみだす甘い味と口を火傷しそうなほどの熱い油。 噛み砕き、飲み込んだその時には、リナは少し離れている。 「リナ!!」 慌てて距離をつめるが、リナは振り向かない。 そのまましばし、にぎやかな通りを見るともなしに見ながら歩む。 「ねえ、ガウリイ」 「・・・なんだ?」 足は止めること無く、リナは進んだ。その脇を、この町の出し物の一つである幼い子供達の集団が通り抜けた。 『幸運をあなたに!』。 声をかけながら、彼らは思い思いに気に入った人物に、花を、あるいはリングを渡している。 「あのカードの意味、どう思う?」 「どうってそりゃあ、たった一つしかないだろう?」 「そうよね・・・・」 『どうぞ』と、幼い女の子が精一杯背を伸ばして差し出された花を、にっこり笑って受け取ったガウリイ。リナも同じように、こちらは男の子がくれた小さなリングを受け取る。 ガウリイはそのままそれを、リナの髪に飾った。栗色の髪に、大きな紫の花びらが映える。 リナは少しだけ花に手をそえ、ついでガウリイの手をとると、その小指にリングをはめた。 これは、祭の幸運のおまじないなのだ。 二人そろっていたところ、焼き菓子を買った店のおばちゃんに教えられた。 恋人同士の儀式。 聞いた時は照れくさくて、そんなことやってられるか!と思ったのだが、幼い彼らに渡されたものはあまりにも純粋で、ごく自然と儀式を行った。 わずかに漏れる笑み。 しかし、交わされる会話は、そんな表情とは裏腹な緊張感をはらんでいた。 「そいつは・・・きっと、オレたちを殺そうとしている」 「でしょうね」 『薔薇の運命』。 美しいままに散らされた、薔薇の名を持つ王女。 その命は、自分達にかかわったせいで、確実に短縮された。 勿論、それだけではなく、単にきっかけだったのかもしれないのだが。 国に、政治に、・・・・そして恋に命を削られた女性。 「なら、あたしたちがすることは一つよ」 「受けてたつのか・・・・?」 止まった足。かなりの差があるというのに、真っ直ぐ交わされる視線は、いつもと同じだ。 道のど真ん中で立ち尽くす彼らの周りを、人は関係なく流れすぎていく。 楽団の音色が耳に遠い。 夜空に鮮やかに振りまかれた光の乱舞が、赤い瞳を照り返させる。 全てをやきつくす紅蓮の炎。 たとえ、自分の命がどんな危機にさらされようとも、その本質が変わるわけでは絶対にない。 そんな強さをもった、瞳。 「ガウリイは、逃げるというの?」 「・・・・オレは、お前に従うよ」 たった一人、青年を捕らえた真紅の女神。 あのメッセージそのままの、運命の女。 ガウリイがそう決めたことで、誰が傷つこうとも、そして、そのことで自分を切り裂くはめになろうとも、決して後悔だけはありはしない。 「なら、問題はないでしょ?」 「そうだな」 前とは違う。 自分は彼女の傍にいる。 彼女が血まみれになり、存在を消すような傷を受けるようなことは絶対にさせない。 「守るよ。どこにいても、誰といても。 お前がオレの生きる理由だから」 「・・・頼りにしているわよ、自称保護者さん」 宙にまた、花が開く。 歓声の中、彼らは掠めるキスを交わした。 「きゃあ!!」 「うわっと」 「ああああ、大丈夫ですか?」 たくさんの荷物をかかえ、前も見えない一人の女性が道の真中に堂々と穿たれた穴につまずいた。 荷物の最上段に置かれた液体がとびちり、とっさにリナを庇ったガウリイに、ところかまわず飛び散る。 慌てて女性が荷物を降ろして謝った。頭を下げると、しっかり結い上げられた銀の髪が零れ落ちる。 「す、すいません。前が見えなくって・・」 「ああ、大丈夫よ、気にしないで」 リナはパタパタ手を振って、藍色の瞳を潤ませ、何度も頭を下げる女性に笑いかけた。 「うわ、あっまい香りがする・・・なんだ?これ」 ガウリイが髪についたそれを指にとり、首を傾げた。 無理もない。 ガウリイはいまや、カラフルな水玉が全身に装飾された、道化師のような格好になっている。元がいいので、「変なやつ」にならずには済んでいるのだが、さすがにそのままでは非常に目立つ。 リナは持っていた小さなショルダーバックを探った。 「ちょっと、かがんでよ。とれないってば」 「お、すまん」 ハンカチをとりだし、リナはとりあえずふけるところをふいていくのだが、それはかすかに粘り気をもっており、中々落ちない。 「ごめんなさい、あの、それ、私がだしている店で使うシロップなんです。水あめを使っているので、多分拭いたぐらいじゃあとれません。」 「あ、水あめなんだ。どおりで。」 納得するリナだが、ガウリイはなぜかあっちこっちの香りをかいでる。 「・・・・なにしてんの?ガウリイ」 「んー、これ、場所によってついてるのが違うせいか、全部匂いが違うぞ」 「へえ、どれどれ」 ほれ、とさしだされた色違いの指についているのを顔に近づけてみれば、たしかに、それぞれ匂いが違う。 小さい子供のように、あ、こっちはパイン、こっちはオレンジ、んじゃあこれはいちごかな、などとやっている二人を見て、女性はぶちまけてしまった荷物のことも忘れ微笑んだ。 「仲がよろしいですね」 「そ、そういうわけじゃあ」 いまさらに、大通りで何をやっているのか思い出し、リナは赤面しつつガウリイから離れた。だがガウリイは、掴んだ腕を離さない。 「こら、リナ。また人ごみにまぎれこむからここに居ろって」 「う〜、そんな簡単に迷子にならないから、離せっ」 「駄目」 「過保護反対〜!!」 「そうさせてるのはどっちだ!?」 ジタジタと、ガウリイにつかまれた腕をなんとか放そうと、リナが暴れ始めた。 ガウリイにとって、その動きはなんでもないが、流石に汚れたままの格好で人の注目をあびるのは嫌そうである。 「それなら、私の店に来ませんか?いくらなんでもそのままでいるわけにはいかないでしょう? シロップ、かけてしまったお詫びもしたいですし」 「え、いいの?」 「勿論です」 段々と違う方向に行ってしまいそうな彼らの会話。女性はそう言うと、再び足元の荷物を取り上げた。重さによろけたところ、すぐに大きな手が背を支えた。 「もってやるよ」 「すいません」 ガウリイは軽々と片手にそれをもつと、後ろを振り向く。女性には大荷物で、視界を遮るものでも、彼には影響はなかった。腕に、何か冷たい、湿ったものがあたっている。 大方、シロップの飛び散ったものだろう、とガウリイは気にもとめなかった。 「リナ?」 「・・・なんでもないわよ」 プイ、とそらされる拗ねた表情。 「さ、行きましょ。ええと、」 そういえば、名前も聞いていない。戸惑うリナだったが、女性はリナを見つめてあっさりと答えた。 「シーリエです。よろしく、リナさん、ガウリイさん」 「こっちこそ、ちょっと迷惑かけるわね」 「いいえ、それこそ、こちらこそ、です」 名前を呼ばれたのは、おそらく、自分達の会話でわかったから。 すぐにシーリエが二人の名前を答えたことに、なんの疑問もない。 「では、こちらです。ガウリイさん、リナさん」 藍色の瞳がガウリイに合わされた。ほんの一瞬。 ふと、ガウリイを襲う悪寒。 「ガウリイ?」 「ああ、すまん。なんでもない」 荷物をもっていないほうの手で、リナの髪をそっと撫でる。 リナがほんのわずか目を細めたが、何も言わずに、シーリエと並び、おしゃべりを始めた。 女二人の、笑い声があたりに響く。 ガウリイとリナは、シーリエの案内に従って、足音も軽く進んでいった。 シーリエがつまづくまでは、誰の足をとることもなかった、平らに整備されていた道のことなど気がつかずに。 |