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既に町は大勢の人間たちのエネルギーから生み出される喧騒に飲み込まれ、一歩あるくたびにそこに巻き込まれそうになってしまう。 「うにゃ!?」 「・・・・ったく、何回ぶつかってんだよ?」 あまりにも多い人ごみのなか、リナは小柄な体のためか、何度も人に押されては倒れそうになり、ガウリイに引き上げられる。 「や、だから平気だってば!!」 「お前さん、そう言ってもう何回突き飛ばされたりしているんだ?・・・・ほら、もう意地はってないで大人しくしてろ。」 「大丈夫だったら!おーろーせー!!!」 じたじたと暴れるリナを、ガウリイは親が子供を抱くように、肘から先をリナの腰掛けにして抱き上げた。 実は、この人ごみに入る前に、ガウリイはリナを抱き上げようとしたのだが、リナの「絶対に嫌!」という言葉に一応従って、大人しく前を進みながら人をかきわける作業をしていたのだ。 だが、やはりというか、リナはあちこちからぶつかられては転びそうになり、ガウリイに深いため息をつかせていた。 リナの方は、普段だったら、「このあたしにぶつかって、何のことわりもないとはいい度胸だああ!!」と呪文を炸裂させるところだが、今日はさすがにいちいちふっとばしてはいられないせいか、大人しい。 町にとって、通行人にとって、それはとても幸運なことなのだが、一緒にいるガウリイにとってはリナの体調不良を暗示するその事実は、不安を増大させるものにしかならない。 結局、問答無用になってしまった。 「もう、目立つし恥ずかしいから降ろして!」 「駄目だ!」 一際高い身長とその端整な容貌で注目を集める青年と、その青年より高い位置に存在することになった可愛らしい少女の問答に、祭見物に来た人々の視線が集中する。 その大多数は好奇心だが、彼らの、特に少女の、真っ赤になって青年の髪を引っ張っている愛らしい様子をほほえましそうに見ているものも多かった。 しかし、青年から降りることにやっきになっている少女には、そんな視線の意味などわかっていない。 「ガーウーリーイー、降ろしてっ」 「ほら、いつまでも騒いでるとせっかく美味いもの売っている屋台を見逃すぞ」 「うー、誰がそうさせてるのよ!」 「オレのせいか?」 「そうよ!!」 「でも、そこだったらリナも人にぶつからずにすむし、見晴らしもいいからいち早く珍しい屋台なんかを見つけられるだろ?」 先ほどまで髪を引っ張られようが、頭をポカスカ殴られようと、我関せずと真っ直ぐ前だけ見ていたガウリイが、リナを見上げる。 「そりゃそうだけど!でも!!」 「・・・・・頼むから、そこにいてくれ。オレはもう、お前を見失うのはごめんだ」 抱いているのと反対の手がのびてきて、リナの頬をそっとなでた。 その手の優しさと、見つめる瞳の中の不安がリナの心に漣を起こす。 「・・・・・あんなこと、そうそうないわよ・・・」 「当たり前だ。あってたまるか」 一瞬だけ、ガウリイがひどくつらそうに顔をゆがめる。 それを見て、リナは小さく息を止めた。 ほんの数日前までの自分の容態と、まだ完璧ではない体調。 どうやら魔の一週間というべきものは、ガウリイの精神に多大な衝撃を与えたらしい。 『普段はあんだけくらげなくせに〜〜〜〜』 例えなにが起ころうとも、常にマイペースを崩さず、リナのどつきあいにおとなしく付き合っているガウリイだが、今回のことで考えを少々改めたようだ。 このぶんだと、何を言おうとも、リナが絶対安全といえるまで離しはしないだろう。 『体調が万全なら呪文でふっとばして逃げてやるのに!!』 ぶっそうなことを考えて、ぶつぶつ言っているリナを、ガウリイは静かに見つめていた。 やがて、はあ、と大きくため息をつくのが頭上で聞こえ、ガウリイの金の髪が根本から引かれた。 「・・・・しょうがない。今日は一日、あんたをあたし専門の動くイスとして使ってやるわよ。感謝しなさいよね、こーんな美少女をずっと抱きかかえていられるんだから!!」 「はいはい、おおせのままに、女王様」 顔を真っ赤にして、あさっての方向を見た姿勢で言うリナに、ガウリイが満面の笑みを浮かべる。 その表情に、彼をじっと見つめていた女性だけでなく、たまたま目にしただけの何人かも足を止め、うっとりと見やる。 しかし、当然ながら、そんなことガウリイの知ったことではない。 「ね、ね、あれもしかしてにゃらにゃらの鉄板焼き?」 「お、そんなのがあんのか?!さっすが大都市の屋台だな〜」 「なーに暢気に言ってんのよ!!ほらほら、食いっぱぐれちゃう!!早く行って」 「おう!!」 本人了承の元、堂々と抱きかかえていることが出来ることになったガウリイは、愛しい少女の声のまま、道の両脇にずらりと並んだ屋台の方向に、弾むような足取りで向かった。 どこか漠然とした不安を感じながら、『今日だけは、なにも起こってくれるなよ・・・』と願って。 ここは祭の主な道から少し離れた場所。オープンカフェよろしく、店でいろいろ買ってきた客がくつろげるようにテーブルとイスが特別に用意されたそこには、祭の名物を買った観光客がそれぞれくつろいでいる。 一見、平和な光景。 しかし今、そこにあるテーブルをまるまる一つ陣取り、周りの注目なんのその、苛烈な戦いを繰り広げている二つの姿があった。 あきれるほど高く積み上げられた皿。そしていまだに減りつづけている大量の食料が乗るテーブル。 金髪、長身の男とその男とは年の離れていそうな少女が、わき目もふらずに食料を口の中にかたずけていっている。 「あああああ!!そ、それはさっきの特製綿菓子、おにょれガウリイいつの間に!?」 「お前こそ、それはオレが苦労して並んで買った羊の串焼きお祭バージョン!!」 「それをいうならあんたにフォークにささってんのは、ミルサーの付け焼き。よこせええ」 「なんのお!!あ、あ、ああああ!!ニョロニョロがもうないいいい!!」 「ふ、この世は弱肉強食!!油断したあんたが悪い!!」 「人にナイフつきつけて叫ぶなよ・・・ってなことでそりゃっ!」 「おのれええガウリイイイイイ!!か弱い女の子になんてことをおお」 「誰がか弱いんだ、誰が!?おい、それはオレがなけなしの金で買ったニギタケ!!」 「何言ってんのよ!!あんた、他の子にももらってたじゃない!!よって、これはあたしの!!!」 「もらってたって・・・あれはその子がもう食べられないからあげるってくれたもんで・・・」 口も動けば手も動く。時には足もなぜか動いていたが、それらがすべていきなり止まった。 少女の赤い瞳が剣呑な光を宿して、目の前の青年をじっと見つめる。 「ふーん、買ったばかりのものをくれるのなんて、下心ありありってもんじゃないの?それとも、ガウリイはそのこにお礼のキスってやつでもしたのかしら?」 「見、見ていたのか!?」 「・・・・・したの、キス?」 「してない!!」 「じゃあ、さっきの間は何よ」 「いや深い意味は」 「あーやーしーい・・・」 「ほんとだって!!」 どんどん悪い方向にすすみそうになった少女の機嫌を、なんとか元に戻そうとする青年。 そんなとき、タイミング良く、というべきか、彼らのテーブルにバサリッ、と場違いな花束が置かれた。 「・・・・・何これ?」 むせかえるような強い芳香。 あたりの空気の急激な変化に思わず窒息しそうになる。 「おい、ちょっと待て!」 花を持ってきて、用事は済んだとばかりさっさと帰ろうとする男を、ガウリイは慌てて捕まえた。 「え?あなたが注文なさったのではないんですか?」 花を配達してきた男性は、いきなり襟首をつかまれ、スッ転びかけながら振り向いた。 懐に持っていた花の注文カードをガウリイのもとに差し出す。 「ほら、ここに『金の美闘神と真紅の女神へ』って」 カードをひったくり、ザッと見たあと、リナにそれを渡す。薄い蒼に、瀟洒ながらも華麗な装飾の施されたカード。 一発で特注品だとわかる。 「覚えは?」 「・・・・・あるわけないでしょうが。に、しても、よくこれがあたし達ってわかったわね。」 「そりゃあわかりますって」 苦笑して、おおげさに手を広げ、周りを指し示す配達人。 「ここにいる全部の人に聞いても、きっと全員僕の意見に同意してくれますよ?」 「・・・そんなもんか?」 「ええ!自覚、全くないんですか?あなたがた、どこからでもこの上もなく目立つんですよ?!」 にこにこしてこちらを見ている配達人に裏はない。 「分かったわ。それじゃあ質問を変えさせて。これを配達して欲しいといってきた人物は?」 「それが・・・」 「知らない、なんてことはないんでしょう?」 真っ直ぐ見つめてくる真紅の瞳。その強い光に配達人の男はみとれるが、突然横から突きつけられた鋭い剣気に、ビクリと身をすくめると、自分がわかっているかぎりの情報を頭から引っ張り出した。 「注文をとったのは僕じゃないのではっきりとしたことはわからないんですが、受けた人間に聞いたところでは、どこかのメイドだったそうです。 『ご主人様にいいつかってきました』って、送る花束のコーディネイトやを詳しく言って、それに添えて持っていくカードをよこして、全額前払いの上に、手数料だとその代金の二倍にあたるお金を置いていかれては、依頼人の詳しいことなんて聞けないですよ。」 この配達人の言っていることには裏はない。そう分かってしまうガウリイとリナは、彼を追及することをあきらめた。 「ありがとう、もういいわ」 「えと、ではその花束は・・・」 チラリ、とリナの視線が花に向く。 「もらっておく。花自体にはなんの罪もないし。それに、誰に贈られた物だって、綺麗なことには変わりないしね」 「そうですか。では」 「はいはい、配達ご苦労さま」 ぞんざいに手を振って、配達人が去るのを見届けると、リナはもう一度花束に目を向けなおした。 手にとろうとのばせば、ガウリイが目線でリナを押さえ、先に慎重に持つ。あちこち見て、リボンを引っ張り、懐から出した細いナイフで、水を含んだ綿を切り裂く。 「しかけはないようだな・・・」 「・・・・そう」 「けど」 ガウリイは、点検し終えて一応安心したのか、なおも手を伸ばすリナに渡す。 受け取ったリナはガウリイと同じように花を見、・・・・そして、一瞬手を止めた。 「ガウリイ」 「何だ?」 「あんた、この花束のメインになっている花の名前ぐらい知ってるわよね。」 豪華な、いろいろな色が混じっているものの、主に真紅でまとめられたそれ。 「・・・・薔薇、か?」 コクリ、と頷き、リナは花束をまとめたリボンを解く。 ピンク、赤、薄い蒼と緑。花と同じように様々な色のリボンのなかから一色だけ選んで、ガウリイに渡す。 受け取って、裏を見れば、先ほども気にはなったが、単に装飾としか思わなかったものを示される。 「これは古代文字なの。よっぽど魔道に精通しているものでなければ全然意味がないんだけど、こう、書いてあるわ。」 ガウリイの視線と、リナの視線が絡みあう。 リナの、小さな唇が言葉を紡ぐ。 「『薔薇の運命をあなたに』」 |