双花幻想
その10

作:ぽこさん



『光の剣』

誰がはじめにその名を呼んだのかは知らないが、彼が物心ついたころ、すでにそれは、家の代名詞といってもいいほど世に知られていた。
初対面の人間でも、彼の家を語るときに『光の剣の所有者の家』といえばすぐに納得し、『ああ、あの有名な』という尊敬の眼差しをプラスされた。つまり、それだけ剣の知名度が高かったといえる。
常に代々の当主のみがそれに触れることを許され、つまるところ、それは逆説的に、触れることが出来ることが当主の証とされていた。
彼らガブリエフ一族の当主候補は、年に一度だけ、それを拝謁できる。
ガウリイも、一族の直系と生まれた以上、否応無く当主候補となったので、二桁に満たない年齢のころ、やたらと格式ばった式を経た後『光の剣』への拝謁の栄誉に預かった。
初めて見たときは、変な剣、ただそれだけを思った。何故、自分がそれを守るべきものなのかは全くわからなかった。
誰も彼に改めてそんなことは説明などしない。
ガブリエフの一族に生まれたそのときから、彼の周りでは『光の剣』の重要性など耳が腐り落ちるほど囁かれているものだからである。
分かっていて当たり前。
しかし、ガウリイにはどうしてもその重要性が、正確にいえば、たかが剣で一族が左右されるその必要性がわからなかった。
たかだか一本の剣を持つ『ガブリエフ家』が何故敬われるのか、納得できなかった。
それなのに、ガウリイの考えなど関係なく、彼は、親戚、使用人からはては町ぐるみで『ガブリエフ』の姓をもつ、それだけで重宝される。
なぜ、全く価値などわからず、実際に手にとって誰かを守ったわけでもない自分が大切にされるのか。
優越感をもつわけではなく、非常に奇異に思ったのも無理はない。
考えるに、そういう思いを抱くこと事態、自分はあの一族から浮いていたのだろう。
『あのサイラーグを救った勇者の家』と『光の剣』は常にセットであり、また、それを離して世に語ることを、一族は決して許しはしなかったのだから。
彼らの存在価値とは、一本の剣に縛られ、そこから外れたものは情け容赦なく撤廃された。
『剣に選ばれし者』を代々生み出し、それに寄生していく。
ガウリイから見れば、そうして一族は繁栄をしてきていた。
滑稽このうえないことだ。

だが、ガウリイにしてみれば、その家に生まれたことはたった一つだけ意味を持っていた。
『剣を磨く』。
その天賦の才を花開かせるために、ガブリエフ家は最高の環境だったのだ。
ガブリエフのあり方に疑問をもちつづけ、家族の中でも浮いている彼だったが、皮肉にも、彼は一族の中でも、否、歴史上でも最も優れた才能をもつ人間だった。
その他のことははっきりいってさぼりまくり、名誉とされる様々な催し物から逃げても、彼は決して剣の修行を怠けることだけはなかった。
どうしてかと言われると『なんとなく』としか言いようがないのだが、無意識の内に、自分にはこれしかないと思いつめていたのかもしれない。

剣の才能をもち、それを磨くことが、結果としてますます彼と家族を引き離すことになるのだと、嫌というほどわかっていたにしても、だ。





そして、時は容赦なく通り過ぎ、彼は決断の時を迎える。








――――――思い出の中、暗く溶け込んで離れない、その日もやはり雨だった。







「それまで!!」
審判役のガウリイと兄の剣の師の声が壁に大きく反響した。
たかが剣の屋内練習用にしては豪華な建物のなか、照明として天井に放たれた『ライティング』の光が、近くを掠めた剣に反射し、鈍い色を地面に落としていた。
相対するは、兄と弟。
地面に膝をつき、利き手の手首をおさえてうずくまっているのは兄。
無表情のままそれを見下ろす立場になっているのは弟のほうだった。
兄弟の、単なる剣の手合わせというには無情な光景だ。

「やはり、お前か・・・・・」

一人の壮年の男性が、無感動な瞳でゆっくりと呟いた。
かなりの広さを持つ練習場では、その呟きは決して二人の耳に届くことは無い。
だが、視線は雄弁に彼の内心を物語り、たった一人だけをその視界に入れている。
ガブリエフの当主は一人。
漏れたものに注がれる関心などあろうはずもなかった。

ギリッ。

視線からはずれている兄の、地面についた手が我知らず大地に爪をたて、深い傷跡をその場に刻む。そこに落ちるのは真紅の雫。うつむき、表情は決して他に見せるはずは無いが、喰い閉められた唇から一滴、二滴と零れたものは、容易に内心をうかがわせた。

壮年の男性――――たった今まで手合わせしていた二人の親であり、ガブリエフの当主である人間が、ゆっくりと足を動かした。
二人の動きを妨げないために、練習場を囲んでぐるりと設けられていた石造りの見物席から、比喩ではなく血が滲んでいる大地への移動。
それは、無音となった空間のなかで、やたらと響き渡る審判の音だった。
親として、兄のもとから弟までの道のりを。
審判者として、敗者の前から勝者の前へ。

石畳を叩く無機質なものから敗者への断罪へ、そして勝利者への栄華の約束へと。

一定のリズムを乱すことなく刻まれたものは、ついにそれを止めた。




「・・・・・ここに、ガウリイ=ガブリエフを、我が一族の次期当主として認める」




決断は、あっさりと下される。
・・・・・・・・おそらく、最悪の形をもって。





再び訪れる場面の転換。
しかし、それもまた濃い雨の匂いを引き連れていた。





「どうしたっていうんだ、兄さん」
明日はいよいよ継承の儀式を行うという日に、ガウリイは一人の肉親から手紙を受け取った。
『決着をつけたい』
記されてあったのは、ただそれだけ。
何を意味するのか、わからないほど彼も愚かではなかった。
例え、心の内にひそかにたてていた計画のため、呼び出しの本人の心の憂いなど、実は無意味なことになるのだと思っていても、決して彼と仲がいいとはいえずその人物に、不測の事態を招かないとは断言できない行動を明らかにすることは出来なかった。
たった一人で、剣さえも帯びずに呼び出された場所に出向いた。
郊外にある湖の、ほとりに建てられた一軒の東屋。
そこには暗い表情を隠しもせず、青年が座っていた。
「………呼び出した用件は大体予想がついているのだろう?」
「ああ……」
視線が促すまま、対極にあたる席に腰をおろした。
相手の瞳が静かであることも、ガウリイが勧められるまま椅子にすわった理由だ。
「単刀直入に言う」
兄が顔の前で手を組んだまま、ガウリイを見もしないで呟いた。

だからこそ油断していたのかもしれない。
狂喜に陥った人間の瞳は、深淵すぎて底が見えず、いっそ穏やかに見えるのだということを―――――!!!!



「死ね」




言葉だけは、無情。







あのとき、直後に自分が何を叫んだのか。
実は、彼には記憶がない。『やめろ』と叫んだのか『考え直せ』と諭したのか。それとも『それはこちらのセリフだ!』と開き直ったのか。
「まったく、オレはあの頃からくらげだったのか?」
苦笑いしつつ自分を騙そうとしても、やはりどこかに声は残る。
結果、ガウリイは関係すること全ての消去という手段で自分にとっていやなことを封じた。
こうすれば、何かの拍子に芋ずる式に引き出されることも無い。
自分が今生きている。
それだけが重要事項なのだ。

過去など、知ったことではない。

知ったことではない…………はずだった。








「どうやら、思い出の旅とやらは終ったようだな」



何が目的であり、また何が終了のきっかけだったのかはわからないが、夢の時間は終ったらしい。
やや黄昏ているとはいえ、感覚的にはしばらくぶりに見る太陽が目に痛い。
いきなり目を射した日差しから、とりあえず防御するために掌をかざす。
ガウリイが倒れていたのは、まだまだ昼の熱さをそのまま伝えるかのように残した、海岸の砂浜の上だった。
首の後ろや肘、アーマーで覆われていない部分から細かな粒子の感触が、しっかりとした現実感をもって伝わってくる。大きく息をつけば、風など吹かないその場所で、ひどく大きな流れとなり、それを吹き上げた。
そのままの姿勢でしばし瞑目する。



蘇った過去。
それは、もう消すことは不可能だろう。



あの家、母、父、そして…………兄。
彼らが自分をどう見ていて、どう扱ったか。どういう想いで接し、また、それに対し自分はどういう態度を返していたか。

「なんで…………今…………!!!!」

かみ締めた奥歯の音と、わずかな血の匂いが空気に混じる。
思い出したくなどなかった。思い出したくなどなかった。
自分が不要な人間であり、事実存在を抹消されかかったことなど!!!!





ポツリ、となにかがガウリイの額にあたり、それはそのまま全身に降り注いで細かな流れをつくっていく。



霧雨だろう。
決して強くはないが、ガウリイの体を確実に濡らしていく。



それは、さっきまで見えていた鮮やかな色も滲ませていった。

黄金から紅に変わる、太陽の色。



彼女の、色。








『自分は何故今ここにいる?』

「リナを助けるためだ…………」

『何のために彼女を助ける?』

「オレの傍にいて欲しい…………いや、オレがあいつのそばにいたいからだ」

『傍にいて何を望む?』

「何を…………?」

『そう、何を?』

そんなもの、いくらでもある。
笑って欲しい、怒って欲しい、あの華奢な体全体を使って真っ直ぐに自分を見て欲しい。
どうしようもないんだから、とあきれようと、スリッパを飛ばしてこようと、呪文を唱えて吹っ飛ばそうとしようと、ただ、自分はここにていいのだと、あの生気に溢れた輝く瞳で肯定して欲しい。

「なんだ…………単純なことじゃないか…………」

ガウリイは自嘲ぎみに笑うと、今度こそしっかりと目を開いた。目にも水滴が入ってくるが、そんなものかまいはしない。
やどるものは、決意。

あの夢を見た理由。
そんなもの、たった一つだけだ。



乙女は何を望んだ?
そのとき何を思った?

自分は何を思った?
その理由はなんだ?

「まったく、そのために過去まで遡って自覚させるなよな…………趣味が悪い」

自分がリナに執着する理由。それは、彼女が彼女であるからなのだけれども、そこには過去のトラウマがしっかりとからんでいたようだ。
無自覚なままの想い。
天の道、とやらは、そんなものは許してくれなかったらしい。




無い頭使って悩む暇があるんなら、さっさと動きなさいよ、このクラゲ!!



「そうだよな、リナ」

脳裏に蘇った彼女の厳しいながらも鮮やかな声に喝を入れられ、ガウリイは身軽に体を起こした。
簡単に異常はないかを確かめ、館の方角を向く。



あそこが、自分が目指す場所、彼女がいる場所だ。



そして、風が一陣、吹きぬけた。



続く…



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