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すこしばかり苛々して歩き出した豪華極まりない庭園。
眩暈がするほど濃厚な花の香りとささやかな月明かりだけが装飾品となる、幻想的な夏の闇の中、あたしの歩く軽い足音だけがあたりに響き渡る。 心の中で盛大に文句を言っていたあたしは、その時、人気のない、かなり奥まで進んでいることに気がつかなかった。 まるで一人になることを狙って現れたかのような、数人の男達。 無言のまま鞘から抜かれた剣と、男達の底光りしていた目が、あたしに明確な殺意を伝えてくる。 対するあたしは当然たった一人。 着慣れない服、履き慣れない高いヒール、極めつけはあれが近くて魔法が微弱にしか使えない。 そして、何より、いつもの過保護という言葉以上に過保護な自称保護者がそばにいなかった。 なんとか奮戦して避けていた剣が、ヒラヒラしたスカートをわずかにひっかける。さけて、中途半端に剣に巻きついてしまった布が、そこを中心として体を引っ張る。 崩れるバランス、傾き、刃の元へ自ら倒れこんでいく体。 痛みは一瞬で、どちらかといえばひどく熱かったことだけが記憶に残っている。 口から溢れる暖かい液体。 それは同色のドレスをさらに鮮やかに染め上げ、地面に伝い落ちていく。あたしはそうやって地面に小さな池をつくっていく赤い水が自分のことでありながら、まるで他人事を眺めるのと同じ気分で見ていた。 死ぬのかな・・・・? どんな強敵だろうとも思い浮かばなかったあきらめが、ほんの少しだけ頭をよぎる。 目の端に映る第二撃の銀光。 きっとそれが致命傷になると、ぼんやりした意識のなか、冷静に考えることが出来たあたしは、やっぱりどこか壊れていたのだろう。 だが、永久にその刃はあたしの体に触れることはなかった。 閉じられつつあったあたしの眼に最後に残ったのは金色の光。 記憶はそこでぷっつりと切られている。 あっさりと、これ以上はないというほど簡単に。 だから、あたしはそれからのことは何も知らないし聞いていない。 ・・・・・・・・・ガウリイへの恋に狂い、咲き誇る薔薇と呼ばれた王女がどうなったのか。 「いやだったらいやだったらいやだったらいーや!!」 「リナ!!」 「もうあきた!いい加減外に出るったら出る!!」 「絶対に駄・目・だ!!」 「何よ!ガウリイの横暴、乱暴、わからずや!」 「わかっていないのは一体どっちだ!」 「うるっさーい!もう、とにかくこんなとこに閉じ込められてるのはやだっ!」 「えーい、とにかく駄目なもんは駄目!!」 「陰険のごうじょっぱり!!」 「どっちがだ?!」 ・・・・・・・・今日も今日とて怒鳴りあう二種類の声。 ここ最近の朝の恒例行事となっているそれに、もはや興味を示すものは少ない。 防音設備はばっちり整っているというのに、階下まで聞こえてきてしまう大音声に、従業員はやれやれと首をすくめたり、あきらめたように頭を振ってため息をついたりはしても、当初やったように、部屋にお伺いをたてにはいかない。 その怒鳴り声が響いているのは、沿岸諸国の中でも最も豊かであり、文化の爛熟を極めたとさえ言われている大国の某一流ホテルの一室だった。 彼らがバカンスというにはひどく厳重な警備つきでこのホテルに現れたのはおよそ一週間前。 詳しい事情などは当然一切抜きで、彼らは最上階の一室(といっても、そこにあるのは全部その部屋関連である)を一ヶ月前払いで借り切った。 中心人物は二人で、金髪の剣士と、その剣士に抱きかかえられていた小柄な少女。 残りの数人は警備上ついてきたものだったのだろう。ホテルに二人が落ち着くと、さっさと帰っていった。 一体どういう事情で、なんのために、ということは、客商売の常で、当然従業員には知らされていない。 しかし、こうも毎日怒鳴りあいの声を聞くともなしに聞いていれば、大体の事情は察せられた。 少女はどうやら大怪我をして、ようやく一命をとりとめた重症患者。その少女に、まるで一瞬でも目をそらしたらいなくなってしまうのではないか、というほどずっと離れずにいる金髪の剣士は少女の保護者(?)。 彼らは、少女の怪我の療養と、その怪我の原因となったものから身を遠ざけるためにホテルにやってきた。 だがどうも、怪我した本人の少女には、怪我の療養などうっとうしい以外のなにものでもないらしく、毎日毎日朝の挨拶と等しく「だせだせコール」をしている。 それを青年の方が「絶対に駄目」と押さえつける。 よって、毎日怒鳴りあいの大喧嘩となってしまう。今のところ、少女の勝ちはなく、一度も外出はなし。 以上が普通の従業員に「察せられる表の事情」だ。 朝の、ただでさえ忙しいときに響き渡るその高い声と、宥めるにしては真剣な声は、もはや恒例行事といっていいだろう。 一流ホテルで怒鳴りあい、とは、品性を疑われてしまいそうで評判を落としかねないのだが、上層部はそのことに一切口を挟まない。おそらく、より詳しいことを知っており、手をだせないのだろう。 声が執務室に聞こえるたびに重役達は滝の涙を流しながら耐えている、というもっぱらの噂だ。 だが、どんな毎日でも変化は必ず訪れるもの。 今日はこの近辺三つの都市が連合で行う、有名な「三大都市花火大会」だ。 技の競い合いだけではなく、毎年なにかしら趣向を凝らした催し物が行われるため、これを目当てに訪れる観光客も多い。 わざわざ都市に泊まっていながら見逃すのも間が抜けている。 はたして、彼らの話し合いもそちらの方向にすすみ、少女は一生懸命青年を陥落させようとしていた。 一部には脅迫ととれるかもしれない。 段々声も小さくなってきており、もはや階下に聞こえることはない。 そして、一体どういった理由を並べ挙げ青年を説得させたのか、少女は一日外出できることとなった。 当然青年もくっついていくのだが、それはまぁ許容範囲なのだろう。 嬉しそうな少女と、どこか苦虫を噛み潰した表情の青年が、久しぶりにそろって1階まで下りてきた。 フロントの青年の、『いってらっしゃいませ、楽しんでくださいね』という言葉に、少女は極上の笑顔つきで『勿論!』 と答えていた。青年はそんな少女を守るかのようにぴったりくっついて決して離れようとはしなかった。 お互いを見るその視線にこめられているのは、信頼、愛情。 その様子は多少年齢差と大きさの違いはあれどもひどくお似合いだった。 ちょっとしたお洒落をしていた服装も、少女と青年をひきたたせ、どこぞのいい家同士の婚約者といった風情で、結構な目の保養となる。 そのため、フロントにいた人間は勿論、その彼らをたまたま見かけた人間も思いもよらなかったのだ。 彼らが、正確には少女が、天性のトラブルメーカーであり、彼らがいくところ、なんらかの事件がおきるということを。 そして、少女と青年もうっかり失念していたのだ。 彼らがこのホテルに身をよせた原因が、もうこの世にいなくなったとしても、そこに係わり合いとなった人間は、憎悪という別の形をとって、彼らを絡めとる可能性があるということを。 |