BETRAY or TRUST

-19-

作:翠さん


 意識が。

 途切れてしまう。集中が霧散し、魔術の構成が解ける。
 靄の掛かった意識の中で、しかし焦りだけははっきりと感じた。早く。意識を取り戻さなければ。 
 そして魔術を。
 そうしなければ、ガウリイが。

「ガウリイ!!」










「何だ?」
 返ってきた答えに、ハッとする。
「あ……え? あれ?」
 現状が把握できず、リナは呆然としていた。
 確か、ガウリイが酷い怪我をしていて。治療呪文をかけようとしたのに、うまく術を制御できなくて、それで――。
 しかし。
 どうやら自分が今いるのは、ベッドの上で。傍らに腰を下ろすガウリイは、ぴんしゃんと血色も良く。
 ――夢――?
 記憶が繋がらずに、リナは困惑した。鈍く頭の奥が痛む。目覚めたばかりの瞼を陽光に焼かれて、リナは目を細めた。
「あれ……?」
 頭を抱えるリナに、しかしガウリイは心底安心したような顔をしていた。くしゃり、といつものように、髪を掻き混ぜてくる。
「目が覚めたんだな。良かった。
 どうだ? 大丈夫か。どっか痛いところとか」
「ちょっとボーっとするけど……平気」
「そうか」
 起き上がろうとした背に、手を添えられる。それに頼らなければ身体を支えていられない程に落ちている体力に、リナは酷く驚いた。
「あたし……どうしたの? ここは?」
 やっと部屋を見回すだけの余力が出て、リナは気付く。無機質な色で統一された殺風景な部屋は、宿のそれではなかった。枕元には水差しにグラスに花瓶の花。これはまるで。
「病院だよ。お前さん、何日も寝たままだったんだぞ」
「へ!?」
 風邪でも引いたのだったか。そんなに眠りこける程、酷い状態だったような記憶がない。
 ガウリイは笑った。
「何にしても、目が覚めて良かった。フレッドも心配してたぞ」
「フレッド?」
「宿の息子。警備隊の」
「あー……」
 そう言えば。警備隊の案内で利用した宿は、隊員の親が経営している場所だと聞いたような。しかし、その隊員の名を、ガウリイが親しげに呼ぶのが腑に落ちない。
 そもそも。
「あたし、その人に会ったっけ? 昨日、宿に案内された時には、いなかったわよね」
「……え?」
 今度はガウリイが目を丸くした。
「覚えていない……のか?」
「あんたに言われると腹立つわね」
 憮然とするが、ガウリイの表情は真剣そのものだった。
「な、何よ」
「……いや」
 たじろぐリナに、ガウリイはふわりと微笑んだ。
「……そうだな。お前さん、何日も寝てたから。意識が朦朧としてたんだろう。
 お前さんが寝込んだ時、色々心配してくれてたぞ」
「そう。じゃ、後でお礼を言わないと」
「……それがな、ここ、もうあの町じゃないんだ」
「へ……!?」
 唐突なことに、リナは驚く。
「どうして!? じゃあ、ここってどこなのよ」
「二つ先の、大きな街。あの町には、大きな病院がなくてさ。こっちに移されたんだ」
「そうなの!? だって、身元の確認が取れるまでは、あの町に滞在しなきゃいけなかったんじゃ――」
「あれは、解決したんだ。だから大丈夫」
「そう……なの?」
 腑に落ちない。
 そもそも、自分はどうして倒れたのだったか? 思い返そうとして、リナは記憶の糸を手繰るが。
「こら」
 ガウリイに額を小突かれて、思考が止まる。
「病み上がりのクセに、あんまり色々気にするなよ。
 そうだ、腹減ってるだろう。何か貰ってくるぞ」
 途端、空腹を思い出した。きゅるきゅると、胃袋までもが自己主張を始める。
「正直だなあ」
「笑うなっ!」
 ばすん、と枕をぶつけてやると、ガウリイは楽しそうにそれを受け止めた。












 リナが退院したのは、更に二日後だった。
 色々と話を聞いたところによると、どうやらリナが意識を失っていた期間は、五日にも及んでいたらしい。その間のことをちっとも覚えていないのが、リナには気持ち悪かった。
 その後の回復ぶりから見ても、10日も寝込むほど衰弱していた理由が思い当たらない。その上ガウリイは前以上に過保護で、リナは退院までの二日間、随分と居心地の悪い生活を送ったのだった。





「ねえ、山向こうの町で、殺人があったらしいよー」
 あの町の噂を聞いたのは、リナの快気祝いと称して入った、食堂でだ。
 それまで和気藹々とおかずの取り合いをしていた二人の手が、同時に止まった。すぐ隣の席に座る女性客の話に、意識が集まる。
「怖いわねえ。町のヤクザ者の仕業だったんですって?」
「ううん。一度は犯人らしい連中を捕まえたんだけど、結局は犯人じゃなかったみたいよ? すぐに釈放されたって」
「そうなんだ。じゃあ、犯人は誰だったの?」
「それがねえ、噂じゃ、ユーレーの仕業らしいって」
「ええ!? ゴーストってこと!?」
「うん。兄さんがね、その町に仕入れに出かけた時に聞いてきたんだけど。
 誰だか、町のお偉いさんが、若い頃に手酷く振った女の幽霊だったんだってー。そのお偉いさんの家なんか、幽霊が暴れて目茶目茶になったらしいよ?」
「嘘ぉ! で? どうなったの?」
「うん、何とか騒ぎは収まったみたいなんだけどね。その人、今度の事件で参っちゃって、隠居しちゃったとか」
「怖ぁい。でも、自業自得よねー」
 男なんてさー、と、話はまた別の方向へ向かっていく。
 皿の上に落としていた視線を上げると、ガウリイと目が合った。こちらを気遣うような、何かを見極めるような、真摯な眼差しだった。
「ねえ、ガウリイ。聞きたいんだけど」
 とうとうフォークを置いて、リナは尋ねた。
「ああ」
 ガウリイも、それを覚悟していたのか。頷く様子に迷いは無かった。


 リナとて、空白の数日間のことを、何も考えていなかったわけではない。聡明な彼女は、ある仮説に辿り着いていた。
 いつの間にか紛れ込んでいた、あの指輪。不自然な昏睡に陥り、数日分の記憶を失くした自分。そしてこの町で目覚める直前、見ていた悪夢――血まみれの、ガウリイ。
 全てを繋げる仮説は、娘達の噂話によって裏付けられようとしていた。

 最後のピースを、リナは、ガウリイに委ねる。


「あの町で起こった、例の事件のことだけど。――あたしは、何か関わっていた?」
「……いや」
 ガウリイは、ゆっくりと首を振った。リナから視線を逸らさぬまま。
「リナじゃない。リナは、何もしていないよ」
 そうして、視線を交わすこと、暫し。
「……そう」
 先に視線を逸らしたのは、リナの方だった。小さく嘆息して、再びフォークを取る。
「なら、いいわ」
「…………」
 何か言いたげに、ガウリイはリナを見つめていた。しかし。
「ていっ!」
「ああ!? オレのロールキャベツ!」
 不意に閃いたリナの手に気付いた時には、既に遅かった。ガウリイのメインディッシュはあっという間に掻っ攫われ、リナの口に消える。
「酷いぞリナ、いきなり〜〜」
「うるさい、勝負は一瞬の油断が命取りなのっ」
 もぎゅもぎゅごくん、と口の中のものを飲み下し、リナは。
「……信じるわよ」
 付け加えられた一言に、ガウリイは一瞬だけ、目を見開き。
「ああ、勿論だ」
 全開の笑顔と共に、頷いた。








End.











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