BETRAY or TRUST

-16-

作:翠さん


「いいえ、指輪のせいなんかじゃないわ」
 リナは――リナの肉体を借りたローラは、ゆるりと首を振った。
「あれは私の望みよ。この指輪は、それを叶えるために力を貸してくれただけ。
 言ったでしょう? 男なんて馬鹿な生き物は皆、報いを受ければいいって」
 それが当然なのだと、彼女は言う。
「馬鹿な男達……私がちょっと笑いかけただけで、すぐに気を許したわ。そうして私を手に入れて、弄ぶつもりだったんでしょう。
 だから殺してやったわ。当然の報いよ」
「ローラ!」
 ライナスは絶叫した。
「何故……何故そんなことを!? 私への報復なら、私を殺せばいい!
 今になって、ステイシーや旅人まで巻き込んで……それ程に、私を憎んでいるのか!」
「いいえ、愛しているからこそ、よ。
 楽しかったわ……娘達の身体を借りながら、貴方がいつ、私に気付いてくれるかってドキドキしてた。会える時を楽しみにしていたのよ? その時こそ、貴方を殺してあげようって」
 言う姿は、実に楽しげだった。ライナスはぎりりと唇を噛む。
「……悪魔め……!」
 口の中で唱えて、ライナスは切っ先の下がりかけていた剣を再び構え直した。
「お前はローラなんかじゃない!
 あの事件は、30年前に終わったんだ! そして、今回の事件も犯人が捕まった。これで全て終わる――いいや、終わらせてやるんだ。
 指輪の悪魔め! 貴様さえ消えれば、何もかも元に戻る!」

 ぎんっ!

 勢いよく振り下ろされた剣が、容易く受け止められる。翳した掌で剣を受けたまま、少女は不敵に笑った。
「剣であたしに勝てるとでも? この、リナ=インバースに?」
 次の瞬間、ライナスの身体は後ろに吹き飛んでいた。魔力の塊をぶつけられたらしい。壁に叩きつけられて、ライナスは呻いた。
「そうね。相手をしてあげるわ、警備隊長さん。あたしの教授が欲しいと言っていたみたいだし」
 言うなり、リナの手にショートソードが現れる。呼び寄せた剣を慣れた手つきで構え、リナはライナスに合図した。
「さあ、立ちなさい。殺す気で来ないと、貴方死ぬわよ?」
「く……っ」
 ライナスは素早く身体を起こした。再び剣を構え、敵に突っ込んでいく。猛々しい剣を、しかしリナは楽しむように軽くあしらった。軽快なステップで、右に左にと身体を躍らせる。
「どうしたの? 女の一人も切れないなんて、警備隊長の名が泣くわよ。
 ほら、もっと楽しませて!」
「くそおっ!」
 ぎん、ぎん、と、絶え間なく弾き合う剣の音が、狭い路地裏に響いた。時折散る火花が、暗闇を照らし彩る。
 何度目かの応酬の後、がちりと一際大きな音がして、二つの剣が噛み合った。間近で、両者が視線を交わす。
「ねえ」
 切り出したのは、少女の方だった。
「どうして、指輪のことを誰にも話してくれなかったの」
「!?」
 ライナスが目を見開く。
「何を……!」
「貴方が一言、指輪のせいだと言ってくれたら、私はあんな不名誉な死に方はしなかった。
 それを明かさなかったのは……貴方が盗んだ指輪のせいで、何人もの人が死んだことを、誰にも知られたくなかったから?」
 指輪の宝石にも似た朱瞳が、ライナスを貫く。
「貴方は自分の保身のために、私を見捨てたんだわ」
「!」
 ざっ――!
 ライナスが怯んだ、刹那。銀光が閃き、ライナスの肩に焼けるような痛みが走った。少女が纏っていた白布に、朱の飛沫が飛ぶ。
「ライ、貴方が私を殺したの。――報いは受けるべきだわ」
「ローラ……!」
 大きく振りかぶられた剣を、ライナスは瞳を見開いて見つめた。月明かりに煌くそれは、彼目掛けて正確に繰り出され――


「やめろ――――!」


 全てが一瞬にして起こった。制止の声が聞こえたのも、大きな影が少女との間に立ち隔かったのも、突き飛ばされて転がったのも、全て。殆ど体当たりに近い衝撃を受けて、天地が逆転する。
 介入して来た誰かによって、ライナスは難を逃れ、報復の刃はライナスの代わりにその人物を貫いた。
「……ふぅん?」
 一拍の間を置いて、リナが飛び退る。最後の楽しみの邪魔をされたのが、全く理不尽だという様子だ。玩具を取り上げられた猫のように、上目遣いに目の前の人物を睨む。
「また、邪魔をするのね」
「ああ。リナに頼まれたことだからな」
 左腕を、深く切りつけられた痛みにも顔色を変えず。
 ガウリイは少女を見下ろし、決然と言い放った。










 剣を。
 抜くことを躊躇したのは、失敗だったかもしれない。
 剣で薙がれた左腕から血が滴るのを感じて、ガウリイは苦い思いをする。相手がリナであること、そして、咄嗟でどこまで加減できるかを計りかねて、剣を抜かぬまま飛び出てしまった。
 骨に達するほどの重症ではないが、浅い傷でもない。リナを無傷で抑え切ることが、また一つ難しくなった。
「ガウリイさん!」
 ばたばたと路地を進んできたのは、フレッドとロレンスだった。気配を感じ取り、急に方向転換したガウリイを追ってきたのだ。ここを見つけるまでのかなりの時間、町中を走り回っていたので、二人とも汗だくだった。
「父さん!?」
 カンテラの光に、傷を負ったライナスが映り、二人は慌てて駆け寄る。
「立てるか!?」
 ガウリイが声を投げる。
「動けるなら、逃げろ! ここはオレが何とかするから!」
 正直、彼らは邪魔だった。リナを止めるのにも手一杯なのに、この上三人も庇っていられない。
 が、ライナスは、若者二人が差し伸べた手を拒んだ。
「……いいんだ」
 落ち着き払った声に、フレッドとロレンスが驚く。ライナスはもう、全てを諦めるように目を閉じていた。
「彼女のしたいようにさせてくれ。私は、報いを受けるべきだったらしい」
「隊長!?」
「おい!? リナは――」
「彼女はローラだ!」
 言いかけたガウリイを、鋭く否定する。
「ローラは私が殺したようなものだ。彼女には、私を殺す権利がある」
「そうよ、ガウリイ」
 ライナスの絶望を感じ取ったのか、リナは愉悦の笑みを深くした。
「そいつはね、自分の出世のために恋人を裏切って、死なせた男なの。あんたが庇うことないわ」
 細い手が、血に染まった短剣を玩んでいる。
「そこをどいて? ガウリイ」
「断る」
 ガウリイの返答は短かった。ぴくり、とリナの形の良い眉が跳ね上がる。リナとの間に立ちはだかるガウリイに、ライナスも動揺したようだった。
「よせ! 操られているとは言え、相手はリナ=インバースだぞ!? 敵うわけがない。
 それに、これは私とローラの問題だ。君がこれ以上危険な目に合うことは――」
「あのなあ!」
 とうとうガウリイは声を張り上げた。
「だからって、あんたが殺されて、何か解決になるのか!?
 あんたは満足かもしれんが、そんなことになった後の、リナの気持ちも考えてくれ!」
「!」
「さあ、隊長早く!」
 ライナスは今度こそ、フレッドに大人しく従った。よろよろと、力なく立ち上がる。
「――すまない。彼女を……」
「分かってる」
 表通りへと去る三人の背中を、ガウリイは振り向きもしなかった。








 血が流れる。ぼろぼろと、滴り落ちていく。
 まるで、其処から命までもが流れ出ていくように。

 痛む腕を押さえ、ガウリイは眼前の人物を見据えた。
 傷から溢れる血の量に軽く舌打ちする。苦しげに顰められた眉は、しかし傷の痛みによるものではなかった。
 そんな彼の苦悶の表情を楽しむように、相手が嗤う。白い手にまで滴る血を、小さな舌でぺろりと舐め取りながら。
 あまりにも妖艶で凄絶なその姿に、ガウリイは瞑目した。まるで己の瞼の裏に、彼女の面影を探すように。


「……リナ……」


 呟きは、饐えた闇に溶けて消えた。













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