|
「いいえ、指輪のせいなんかじゃないわ」 リナは――リナの肉体を借りたローラは、ゆるりと首を振った。 「あれは私の望みよ。この指輪は、それを叶えるために力を貸してくれただけ。 言ったでしょう? 男なんて馬鹿な生き物は皆、報いを受ければいいって」 それが当然なのだと、彼女は言う。 「馬鹿な男達……私がちょっと笑いかけただけで、すぐに気を許したわ。そうして私を手に入れて、弄ぶつもりだったんでしょう。 だから殺してやったわ。当然の報いよ」 「ローラ!」 ライナスは絶叫した。 「何故……何故そんなことを!? 私への報復なら、私を殺せばいい! 今になって、ステイシーや旅人まで巻き込んで……それ程に、私を憎んでいるのか!」 「いいえ、愛しているからこそ、よ。 楽しかったわ……娘達の身体を借りながら、貴方がいつ、私に気付いてくれるかってドキドキしてた。会える時を楽しみにしていたのよ? その時こそ、貴方を殺してあげようって」 言う姿は、実に楽しげだった。ライナスはぎりりと唇を噛む。 「……悪魔め……!」 口の中で唱えて、ライナスは切っ先の下がりかけていた剣を再び構え直した。 「お前はローラなんかじゃない! あの事件は、30年前に終わったんだ! そして、今回の事件も犯人が捕まった。これで全て終わる――いいや、終わらせてやるんだ。 指輪の悪魔め! 貴様さえ消えれば、何もかも元に戻る!」 ぎんっ! 勢いよく振り下ろされた剣が、容易く受け止められる。翳した掌で剣を受けたまま、少女は不敵に笑った。 「剣であたしに勝てるとでも? この、リナ=インバースに?」 次の瞬間、ライナスの身体は後ろに吹き飛んでいた。魔力の塊をぶつけられたらしい。壁に叩きつけられて、ライナスは呻いた。 「そうね。相手をしてあげるわ、警備隊長さん。あたしの教授が欲しいと言っていたみたいだし」 言うなり、リナの手にショートソードが現れる。呼び寄せた剣を慣れた手つきで構え、リナはライナスに合図した。 「さあ、立ちなさい。殺す気で来ないと、貴方死ぬわよ?」 「く……っ」 ライナスは素早く身体を起こした。再び剣を構え、敵に突っ込んでいく。猛々しい剣を、しかしリナは楽しむように軽くあしらった。軽快なステップで、右に左にと身体を躍らせる。 「どうしたの? 女の一人も切れないなんて、警備隊長の名が泣くわよ。 ほら、もっと楽しませて!」 「くそおっ!」 ぎん、ぎん、と、絶え間なく弾き合う剣の音が、狭い路地裏に響いた。時折散る火花が、暗闇を照らし彩る。 何度目かの応酬の後、がちりと一際大きな音がして、二つの剣が噛み合った。間近で、両者が視線を交わす。 「ねえ」 切り出したのは、少女の方だった。 「どうして、指輪のことを誰にも話してくれなかったの」 「!?」 ライナスが目を見開く。 「何を……!」 「貴方が一言、指輪のせいだと言ってくれたら、私はあんな不名誉な死に方はしなかった。 それを明かさなかったのは……貴方が盗んだ指輪のせいで、何人もの人が死んだことを、誰にも知られたくなかったから?」 指輪の宝石にも似た朱瞳が、ライナスを貫く。 「貴方は自分の保身のために、私を見捨てたんだわ」 「!」 ざっ――! ライナスが怯んだ、刹那。銀光が閃き、ライナスの肩に焼けるような痛みが走った。少女が纏っていた白布に、朱の飛沫が飛ぶ。 「ライ、貴方が私を殺したの。――報いは受けるべきだわ」 「ローラ……!」 大きく振りかぶられた剣を、ライナスは瞳を見開いて見つめた。月明かりに煌くそれは、彼目掛けて正確に繰り出され―― 「やめろ――――!」 全てが一瞬にして起こった。制止の声が聞こえたのも、大きな影が少女との間に立ち隔かったのも、突き飛ばされて転がったのも、全て。殆ど体当たりに近い衝撃を受けて、天地が逆転する。 介入して来た誰かによって、ライナスは難を逃れ、報復の刃はライナスの代わりにその人物を貫いた。 「……ふぅん?」 一拍の間を置いて、リナが飛び退る。最後の楽しみの邪魔をされたのが、全く理不尽だという様子だ。玩具を取り上げられた猫のように、上目遣いに目の前の人物を睨む。 「また、邪魔をするのね」 「ああ。リナに頼まれたことだからな」 左腕を、深く切りつけられた痛みにも顔色を変えず。 ガウリイは少女を見下ろし、決然と言い放った。 剣を。 抜くことを躊躇したのは、失敗だったかもしれない。 剣で薙がれた左腕から血が滴るのを感じて、ガウリイは苦い思いをする。相手がリナであること、そして、咄嗟でどこまで加減できるかを計りかねて、剣を抜かぬまま飛び出てしまった。 骨に達するほどの重症ではないが、浅い傷でもない。リナを無傷で抑え切ることが、また一つ難しくなった。 「ガウリイさん!」 ばたばたと路地を進んできたのは、フレッドとロレンスだった。気配を感じ取り、急に方向転換したガウリイを追ってきたのだ。ここを見つけるまでのかなりの時間、町中を走り回っていたので、二人とも汗だくだった。 「父さん!?」 カンテラの光に、傷を負ったライナスが映り、二人は慌てて駆け寄る。 「立てるか!?」 ガウリイが声を投げる。 「動けるなら、逃げろ! ここはオレが何とかするから!」 正直、彼らは邪魔だった。リナを止めるのにも手一杯なのに、この上三人も庇っていられない。 が、ライナスは、若者二人が差し伸べた手を拒んだ。 「……いいんだ」 落ち着き払った声に、フレッドとロレンスが驚く。ライナスはもう、全てを諦めるように目を閉じていた。 「彼女のしたいようにさせてくれ。私は、報いを受けるべきだったらしい」 「隊長!?」 「おい!? リナは――」 「彼女はローラだ!」 言いかけたガウリイを、鋭く否定する。 「ローラは私が殺したようなものだ。彼女には、私を殺す権利がある」 「そうよ、ガウリイ」 ライナスの絶望を感じ取ったのか、リナは愉悦の笑みを深くした。 「そいつはね、自分の出世のために恋人を裏切って、死なせた男なの。あんたが庇うことないわ」 細い手が、血に染まった短剣を玩んでいる。 「そこをどいて? ガウリイ」 「断る」 ガウリイの返答は短かった。ぴくり、とリナの形の良い眉が跳ね上がる。リナとの間に立ちはだかるガウリイに、ライナスも動揺したようだった。 「よせ! 操られているとは言え、相手はリナ=インバースだぞ!? 敵うわけがない。 それに、これは私とローラの問題だ。君がこれ以上危険な目に合うことは――」 「あのなあ!」 とうとうガウリイは声を張り上げた。 「だからって、あんたが殺されて、何か解決になるのか!? あんたは満足かもしれんが、そんなことになった後の、リナの気持ちも考えてくれ!」 「!」 「さあ、隊長早く!」 ライナスは今度こそ、フレッドに大人しく従った。よろよろと、力なく立ち上がる。 「――すまない。彼女を……」 「分かってる」 表通りへと去る三人の背中を、ガウリイは振り向きもしなかった。 血が流れる。ぼろぼろと、滴り落ちていく。 まるで、其処から命までもが流れ出ていくように。 痛む腕を押さえ、ガウリイは眼前の人物を見据えた。 傷から溢れる血の量に軽く舌打ちする。苦しげに顰められた眉は、しかし傷の痛みによるものではなかった。 そんな彼の苦悶の表情を楽しむように、相手が嗤う。白い手にまで滴る血を、小さな舌でぺろりと舐め取りながら。 あまりにも妖艶で凄絶なその姿に、ガウリイは瞑目した。まるで己の瞼の裏に、彼女の面影を探すように。 「……リナ……」 呟きは、饐えた闇に溶けて消えた。 |