BETRAY or TRUST

-13-

作:翠さん


「ああっ! 良かった、帰ってきたんだね!」
 宿に戻ったガウリイを見るなり、女将さんが顔を青くしてすっ飛んできた。
「呼びに行こうかと思ってたんだよ!」
 今度のガウリイは、面食らうような無駄な時間は置かなかった。
「リナに何かあったのか!?」
 掴みかからんばかりの勢いで返されて、女将さんがしどろもどろになる。
「そ、それが……あの子、目を覚まさないんだよ。お医者も原因が分からないって」
「!」
「あ、ガウリイさん!」
 呼び止めるフレッドを省みもせず、ガウリイは階段を駆け上がった。一気にリナの部屋まで走る。
「リナ!」
「こりゃ、静かにせんか!」
 怒鳴り返してきたのは、白髪の老人だった。が、ガウリイは彼に構わずベッドに近づく。
 リナは出かける前と変わらず、そこに眠っていた。しかし、状態が悪化したのは一目瞭然だった。
 顔色に血の気というものが見られず、小さな身体が更に細く、頼りなく見える。静か過ぎる寝息が、かろうじてガウリイの耳に届いた。そうでなければ、葬儀前の遺体とも区別がつかなかったかもしれない。
「リナ……!?」
「目覚めやせんよ。昏睡しとる」
 老人が呟いた。そして、思いついたように尋ねる。
「そういやお前さん、誰じゃい」
「その子のお連れさんですよ」
 答えたのは、やっと追いついてきた女将だった。後に、フレッドも控えている。
「リナはどうしたんだ?」
 半ば呆然としてリナを見下ろすガウリイに、女将は気の毒そうに答えた。
「あんたが出かけた後、急に顔色が悪くなってさ。起こしても起きないし、こりゃ大変だって思ってね。慌てて医者を呼んだんだよ」
「せっかく呼ばれたのに悪いが、儂の手には負えんな」
 医者は重々しく頭を振る。
「こりゃ、病気じゃない。見たとこ、呪いじゃないかと思うがね」
「呪い……って」
 思いがけない言葉に、皆が目を剥く。
 医者はリナの手を取って言った。
「病気の徴候も毒物の反応もないのに、衰弱して昏睡――専門ではないが、これが呪いの特徴そのものだってことぐらいは分かる」
「…………」
 心当たりがない訳ではなかった。あの指輪に関わるものに違いない。
「どうしたら治るんだ?」
 ガウリイの問いに、しかし医者も首を捻った。
「さてなあ……儂も呪いは専門外だからな。これがどんな呪いなのかも見当もつかん。神官か、魔道士か……魔術に詳しい人間でないと。
 しかし、それまで嬢ちゃんの体力が保つかどうか」
「どういう、ことだ」
 ガウリイの声は静かだったが、掠れて乾いていた。
「高位の神官がいる教会も魔道士協会も、二つ先の街まで行かにゃおらん。山の向こうで、馬車でも半日かかる。
 この衰弱の様子じゃ、嬢ちゃんの命がそれまで保つとは思えん」
「そんな……どうにかならないのか!?」
 剣士の腕に胸倉を掴まれても、老医師は怯まなかった。
「出来るもんならとっくにしとるわい。……すまんな」
 消沈した声に、ガウリイも医師から手を離した。歪んだ白衣を直しもせず、医者は溜息を吐く。
「せめて、呪いの原因が分かればなあ……」
 それを聞いて、ガウリイは弾かれたように顔を上げた。
「それが分かれば、リナは助かるのか!?」
「或いは、な。かけられているのがどんな類の呪いか分かれば、対処のしようも分かるってもんだ。
 呪いをかけた本人が分かるなら、もっといい。そいつなら、呪いを解くこともできるだろう」
 ガウリイの行動は速かった。ベッドに眠るリナにぐるぐると毛布を巻きつけて抱え上げる。そのまま部屋を出て行こうとするガウリイを、老医師は慌てて呼び止めた。
「待て、何をする気じゃ!?」
「心当たりがある! リナを、そこへ連れて行く」
「そうなのか!? しかし……大丈夫なのか。あまり動かすのは……」
「リナは耐えてくれる」
 強い確信と共に、ガウリイは言い切った。
「それにこいつは、ちょっとでも可能性があるなら、無理してでも試したいって言う筈なんだ」
 言うと、ガウリイは今度こそ部屋を出た。廊下でぽかんとしている親子の前まで来ると、その息子の方に目を向ける。
「悪い、ちょっと付き合ってくれ。教えて欲しいことがあるんだ」
 唐突な依頼に、フレッドが目をぱちくりと瞬く。彼が我に返った時には、ガウリイの背中は階下へと消えていた。












「しかし何故、ロレンスの自宅なんかに?」
 ガウリイの目的地を聞いたフレッドは、訝しげに眉を潜めた。
 ほとんど駆け足にも近い早歩きで、ガウリイは通りを歩いていく。腕の中のリナを気遣ってか、歩みの速度の割に、足音はほとんどしなかった。そのやや後ろを、フレッドは汗を滲ませながら追う。
「リナさんに掛かった呪いと、何か関係があるんですか?」
「あいつ、前にオレ達の所へ来た時、何かを知ってる風だったんだ」
 前を向いたまま、ガウリイ。
「あの事件に出くわした後、リナの様子がおかしくないかとか、殺された人が持っていた指輪を知らないか、とか。
 絶対に何か知ってる」
 きっぱりと言い切るガウリイに、フレッドは愕然としているようだった。
「……まさか、本当にローラの亡霊……」
「え?」
「ああ、いえ。町の人達の噂を思い出したんです。
 今、町で起こっている連続通り魔事件が、30年前の事件にそっくりらしいんです。その時の犯人が、ローラって言うんですが……今度の事件も、ローラの亡霊の仕業じゃないかって」
「ああ」
 そう言えば、そんな話を聞いた気がする。
「その人、どうしたんだっけ?」
「獄中で『私じゃない』って何度も叫んで、挙句の果てに自殺してしまったそうです……」
「…………」
 『私じゃない』――ステイシーの最期の言葉と同じだった。そして、リナも。自分が自分でなくなりそうで怖い、と怯えていなかったか。
「あ、でも、昔の事件のことは、僕はよく知らないですけど」
 沈痛な雰囲気に、フレッドが慌てて付け加えた。
「この事件のことは、警備隊の中ではタブーになってて。僕も、母にちらっと聞いた程度しか知らないんです」
「タブー? 何で」
 30年前とはいえ、村で唯一の殺人事件の先例だ。普通なら、事件の流れや捜査の手順など、真っ先に見返される筈だろうに。
「ローラは当時、隊長の恋人だったんです」
 言い難そうに、フレッド。
「それに、ローラを逮捕したのも……。隊長は、あまりそのことに触れたくないみたいで」
 年若い警備隊員は、俯いて零した。
「この通り魔事件が始まってから、隊長、少し変なんです。
 さっきも、聞いたでしょう? 取り調べている声。いつもはあんな風に怒鳴ったり、脅しつけたりする人じゃないんです。
 それに、警備隊全員でグラントのアリバイや動向を調べたんですけど、どう見てもグラントが事件を起こしたようには見えなかった。証拠は何もなかったんです。それなのに、あんな風に強引にグラントを逮捕してしまうなんて……隊長らしくないんです」
「ふうん」
「やっぱり、30年前の事件を思い出してるんでしょうか……」
 道なりに並ぶ建物に、徐々に民家が増え始める。フレッドに曲がるよう促されたのは、中でもやや立派な屋敷が軒を連ねる一角だった。町の権力者達が住まう地区なのだろう。
「そこです」
 フレッドの声に、ガウリイも立ち止まる。
 白い、二階建ての屋敷は、周囲の家々からすれば左程の大きさではないが、親子二人で暮らすには広そうだ。
 虚ろに空を映す窓の一つを、ガウリイは挑むように見上げる。
「待って下さい。今、ロレンスを――」
 呼んできます、というフレッドの言葉は、あっけなく遮られた。

「おい!!」

 ガウリイの張り上げた大声は、閑静な住宅街に響き渡った。
「相棒が目を覚まさない! 何か知ってるなら、教えてくれ!」
「が、ガウリイさん!?」
 突然のことにぎょっとするフレッドだったが、ガウリイが睨みつけていた二階の窓がガタンと音を立てたのを聞いて、慌ててそちらを振り返った。
「……入ってくれ。扉は開いている」
 重々しい表情のフレッドは、それだけを告げるとまた、窓の奥へ姿を消した。













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