BETRAY or TRUST

-12-

作:翠さん


「ガウリイ=ガブリエフさん! ガウリイさんはこちらですか!?」
 どんどん、と激しく扉を叩かれて、ガウリイはハッと顔を上げた。
 カーテンの向こうから届いてくる明るさは、早朝のものだった。昨晩、気を失ったリナに付き添って、そのまま椅子でウトウトしていたらしい。握り締めた手の中に、リナのほっそりした腕があることを確認して、ガウリイはほっと息をついた。
 リナはよく眠っていた。起こしたくなくて、ガウリイは素早く扉に近づく。
「ガウリイはオレだ。何か?」
 扉を開けると、外には警備隊員と思しき若い男が、二人。どちらにも見覚えがあった。
「えっと……」
「警備隊のフレッド=タクスです。こちらはジャスティン=タイラー。朝早くからすみません」
「いや。……何の用だ?」
 問うと、今度はジャスティンの方が敬礼する。
「はっ! 昨晩、また傷害事件がありまして。
 その被害者を、近くの酒場に運んだ人物が、ガブリエフさんと似た特徴の男性だったとの証言を、酒場の店主から得ました。それで、事情聴取のためにご同行願いたく、こうして参上した次第であります!」
「あ〜」
 そう言えば。
 リナが裏通りで気絶した後。怪我をした男の方は、近くの店まで引き摺って行って、そこの店員に任せたのだった。あの時は、リナを裏路地に残したままだったから、名前も告げずにさっさと退散したのだが。
 ――誤魔化すべきだろうか?
 下手なことを言えば、リナが犯人扱いされてしまう。指輪のせいらしいと言って、どこまで信じてもらえるものか、ガウリイには判断がつきかねた。
 しかし、彼は嘘をつくのが苦手で――
「それ、オレだ。どうすればいい?」
 あっさりと認めて、ガウリイは二人に尋ねる。
 『下手な嘘はつくな』というのがリナの持論だ。嘘をついていいのは、完璧な嘘を突き通せる自信がある時だけなのだと言う。
 下手な嘘というのはすぐにバレるものだし、誤魔化そうとすればする程、幾つもの嘘が必要になるものだ。嘘を重ね塗りして、しかもそれを完璧に仕立てて見せる自信は、ガウリイにはなかった。
「取り敢えず、警備隊の詰所へ。調書を取ります」
「あー、出かけるのはちょっと……相棒が、具合悪くて寝てるんだよ。看てないと」
 言いながら、ちらりと背後を窺う。リナは相変わらず眠っているようだった。
「リナ=インバースさんですね。このところ、具合が悪いようですけど……大丈夫ですか」
 フレッドの方が、心配そうに聞いてくる。そこまで来てようやく、ガウリイは彼の顔を思い出した。確か彼は宿屋の息子で、リナの調子が悪いと告げたこともあったか。
「良ければ、母に頼みましょうか? 事情聴取はすぐに済ませますから」
 本当に親切心で言っているらしい彼に、ガウリイも考える。今は朝。リナの失踪は、夜に限って起きていた。今同行を断って、夕方近くなって出直されても、都合が悪い。
「分かった。じゃあ、頼めるか?」
 並々ならぬ力で後ろ髪を引かれながら、それでもガウリイは頷いて見せた。












 詰所の扉を開けた途端、ガウリイを迎えたのは怒号と喧騒と、背筋をびりびりさせるような緊迫感だった。
 顔色を変えて詰所中を駆け回る制服姿の間に、声と書類とが飛び交う。
 警備隊員二人に付き添われ、まるで自分が犯人になったかのような気分を味わっていたガウリイだったが、そんな居心地の悪さはこの詰所の雰囲気に吹き飛ばされてしまった。厳つい男ばかりが、こうもバタバタと右往左往していると、却ってこちらが冷静さを取り戻してしまう。
「タイラーにタクス! 何処へ行っていたんだ!」
 顎鬚を生やした中年隊員が、ガウリイ達に気付いて声を張り上げる。
「一体どうしたんですか? この騒ぎ」
 ガウリイと同様、目を丸くしていたフレッドが尋ねる。と、中年隊員は厳しい顔で叫び返してきた。
「グラントが捕まったんだ!」
「ええっ!?」
 今度はジャスティンが声を上げた。
「いつです!?」
「つい一刻程前さ! 今、隊長が取調べをしてるんだが……」

「正直に吐いたらどうだ!」

 タイミングを計ったかのように、更なる怒声が詰所に響いた。それまでの物腰穏やかなライナスらしからぬ剣幕で、尚も怒鳴り散らしている。合間から、情けない悲鳴も聞こえてきた。
「俺じゃねえよう! 俺はあの女にやられそうになったんだ! 俺の方が被害者なんだ!」
「嘘をつくな! お前がステイシーを殺した犯人だという証拠は揃ってる! 一連の通り魔事件もお前の仕業だろう!」
 尚も続く取調べに、中年の男は深く息をついた。
「……ずっとあの調子さ。隊長、一体どうしたってんだか」
「それでこの騒ぎですか」
「いや、これは」
 浮き足立った詰所を見回し、顎鬚の隊員は首を振る。
「グラントを匿っていた隣町のチンピラも、全員しょっ引いて来たからだ」
「全員!? あのグループ全員を、隣町から!?」
「ああ。使いっ走りから幹部まで、漏れなく全員。お陰でこの騒ぎさ。
 お前らも手が空いてるなら、手伝え。全員から調書を取らにゃならん」
「えええっ!?」
 グラントが捕まったと聞いた時よりも驚いて、フレッド。
「……嘘でしょう?」
「だったら良かったんだがな。生憎、冗談こいてる時間も惜しい。
 グラントと付き合いのあったグループが、例の通り魔事件に関わっていた疑いがある、ってーのが隊長の見方だ。文句言わんで手伝えー」
「はあ……」
 ジャスティンは生返事を返しながら、ぐるりと詰所を見回した。なるほど、詰所にそぐわない格好の若者が、そこかしこに溢れている。何せ、詰所の取調室は3つ、応接室に至っては1室しかない。捕まえてきた人間全員を座らせるだけの椅子もなく、殆どの者は床に直接座って取調べを受けている始末だ。中には、二・三人の若者に囲まれ、肩を小さくしている警備隊員もいた。
 それにしても、と中年の隊員は顎鬚を擦った。
「どうしちまったんだ、隊長は……。
 ロクな証拠もないのに、グラントばかりか仲間グループ全員しょっ引いて来るなんざ、らしくねえったらありゃしねえ。どうも今回は強引過ぎる」
「そうなのか?」
 思わず口を挟むガウリイに、中年隊員は重々しく頷いた。
「いっくら殺されたのが息子の婚約者だったからって、焦り過ぎだ。まあ、30年前の事件のことも引っかかっているんだろうがなあ……と」
 そこで初めて、隊員はガウリイの存在に気付いたようだった。
「あんた、誰だ?」
「あ、この方は、ステイシーの事件の第一発見者です。
 昨晩の事件でも被害者を保護して下さったそうで、事情聴取にお呼びしたのですが」
「ああ」
 中年隊員の口ぶりは、そんな事件も遠い昔にあったっけな、という様子だった。
「しかしなあ……詰所がこの状態じゃあ、とても事情聴取なんざーしてる場合じゃねえだろう。後回しに出来ないか」
「そ、そうですね……」
 困ったように、フレッド。確かに、容疑者(団体)の取調べと、第一発見者の事情聴取のどちらが優先されるかは明らかだ。今のように、警備隊の内部が混乱していれば、尚のこと。
「すみません、ガウリイさん。せっかくご足労頂いたのに申し訳ありませんが、今日のところはお引取り願えますか?
 また、明日以降にこちらから出向きますので」
「ああ、オレは構わないさ。大変だな」
 寧ろ、ガウリイにとっては願ったり叶ったりの申し出だった。笑顔で応じた上に軽く労ってみせると、フレッドとジャスティンは少しだけ表情を和らげた。
「じゃあ、オレは宿に帰らせて貰うよ」
「すみません」
「いいっていいって。じゃあ、これで……」
 入ってきたばかりの扉を、もう一度潜ろうとして。
 ガウリイははた、と足を止めた。情けない顔で、三人の隊員を振り返る。
「すまん……宿までの道、教えて貰えるか」

 ――結局、フレッドがガウリイを宿まで送って行くことを引き受けた。











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