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警備隊の詰所を出た後、休憩しようと言い出したのはリナの方だった。 その彼女の顔色が、幾分優れないような気がして、ガウリイは心配を更に募らせた。手近な店に入り、冷たい飲み物を注文する。 リナはずっと、必要なこと以外は口にせず、俯いていた。それほど具合が悪いのかとガウリイは訝しんだが、どうやら考え事をしていたらしい。注文を終えてウェイトレスが去ると、やおら顔を上げた。 「あの警備隊長、どうしてもステイシーさんを犯人と思いたくないみたいね」 「そうだったか?」 ガウリイが聞き返すと、リナは呆れたように彼を睨んできた。 「一目瞭然じゃないの。 どうにかしてグラントって奴を犯人にしたいみたいだった。――というか、ステイシーを必死で庇ってるって感じだったわ。 息子の婚約者だったって話だから、無理もないのかもしれないけど……」 「まあなあ」 「でも、容疑者としての状況はかなり揃ってる筈だわ。 ステイシーの失踪と同じくして事件が起こり始めてるし、彼女が殺された夜だって、グラントは誰かと酒場にいた。それがステイシーだった可能性は十分あるわ。 魔法か何かで周りの目を眩ませるなんて、ある程度の魔道を齧った人間になら、割と簡単に出来るんだから」 「そうなのか?」 「魅了のアレンジ呪文とか、幻術とかね。酒場全体にかける魔法となると、それなりに高度だけど……出来ない訳じゃない。 もしステイシーが犯人だとすれば、あたし達が事件の時に、グラントが襲われてるように見えたってことにも説明がつくじゃないの」 「でも、昨日だって事件があったんだろう? 今度の犯人は誰なんだ?」 「それは――」 「何? 通り魔事件の話?」 唐突に話に割り込まれて、リナが仕方なく口を噤む。振り返ると、注文したジュースを片手に、ウェイトレスが立っていた。リナよりも幾らか年上らしい彼女は、快活そうな瞳を好奇心で一杯にしている。 「お客さん達、見ない顔だけど、旅の人?」 「ええ、ほんの2・3日前に着いたばかりよ」 「そう。物騒な時に来ちゃったわね。いつもはこんなんじゃないのよ? ここ十日ばかり、ちょっとゴタゴタしてるけど」 にこにこと笑って、隣のテーブルに腰掛ける。暇なのだろう、客はリナとガウリイの他には誰もいなかった。 「30年ぶりの殺人事件ですって? 怖いわね」 「そうなのよ!」 リナが言うと、ウェイトレスはお盆を抱えたまま身震いした。 「おかげで町の雰囲気は悪いし、酒場は商売上がったりだし。嫌よねえ」 「でも、警備隊の方じゃ、犯人の目星はついてるみたいじゃない。すぐ捕まるわよ」 「どうかしら?」 リナの慰めに、ウェイトレスは渋い顔をした。 「警備隊は、グラントを捜してるらしいけどね。あいつが犯人なわけないって、皆言ってるわ」 「そうなのか?」 ガウリイが目を丸くすると、ウェイトレスはぐいと身を乗り出してきた。ぼそぼそと小声で話し始める。 「だってあいつ、そんな度胸のある男じゃないもの。確かに素行の良い方じゃなかったけどね。 隣町のヤクザ者にくっついて、あいつらのパシリやって満足してたよーな奴だもの。それが人殺しなんて」 ねえ? と首を傾げてくる。 「噂じゃ、ローラの亡霊の仕業じゃないかって言う人もいるわ」 「は?」 突飛な話題に、リナがすっとんきょうな声を上げた。 「亡霊ってあんた」 「町の皆にとっちゃ、グラントなんかより、亡霊の方がよっぽど怖いみたいよ? ほら、例の30年前の事件って奴。その犯人がローラって女性だったんだけど」 「そうなの?」 「30年前の事件もね、今度の事件と同じような感じだったんですって。 毎晩のように酔っ払いが怪我させられて、死人も3人も出て。それも、原因は恋人にフラれた腹いせだったとかって話。 犯人のローラは、牢屋の中で狂ったように喚き散らして、自殺しちゃったんだってさ」 「ふ〜ん」 適当な相槌を打ちながら、リナはからからとグラスの中身を掻き回した。 「亡霊、ねえ……夜な夜な酒場に出没しては酔っ払いを襲って歩くなんて、随分と人間臭いゴーストね?」 世の中、ゴーストの悪戯というのは珍しい話ではない。悪霊と呼ばれる存在は確かにいて、しばしば人間に悪さを働くものだ。 だが、ゴーストが人間をナイフで襲ったり、裏路地に誘い込んで殺したりというような例はない。悪霊というのは負の念が凝り固まったものだから、感情のままに行動するばかりで、計画や筋道の立った行動というものが取れないのだ。 今回の通り魔事件をゴーストのせいにするのは、少し無理があるのだが、リナはそこまで言及しなかった。 ゴーストを知らない人間にとっては、揺れるススキも幽霊も、同じに見えてしまうものなのだ。 ウェイトレスはカラカラと気楽に笑いながら、 「本当、怖いわよねえ〜! 襲われるのは酔っ払いだけかと思ってたのに、今度は若い娘が殺されたっていうじゃない? 怖くて、日暮れ過ぎは町を歩けなくなっちゃったわ」 「そうだなあ」 ガウリイの相槌に、ウェイトレスは意地悪くウィンクして見せた。 「貴方みたいなボディーガードがいたら、帰り道も怖くないんだけどなあ。あたしのこと、家まで送ってくれない?」 「いや、オレは……」 「やぁだ、冗談よぉ! そんな困った顔しないでってば〜」 かりかりと頭を掻くガウリイに、ウェイトレスはケタケタと声を上げた。 そんな二人を横目で見ながら、リナはごくごくごく、とジュースを一気に飲み込んだ。やおら、がたんと席を立つ。 「貴重なお話、ありがと。じゃ、あたしは先に行くから。あんた、好きにしなさい」 「え!?」 いきなりのことに、ガウリイが目を丸くする。さっさと置いて行ってしまうリナを、ガウリイは慌てて追おうとした。ふと、支払がまだだということに気付いて、わたわたと財布を探っていると。 「凄くヤキモチ妬きの彼女ね。悪いことしちゃったわ」 ごめんなさいね、とウェイトレスが舌を出していた。 |