BETRAY or TRUST

-7-

作:翠さん


「これはこれは、インバースさん!」
 突然の来訪に、警備隊長・ライナスは嫌な顔一つせずにリナ達を迎えた。

 警備隊の詰所は、相変わらず閑散としていた。数日の間に度重なった事件のせいで、人手を取られているのだろう。対応に当たったライナスも、幾分疲れたような顔をしていた。
「また事件が起こったって聞いたから、どうなってるのかなぁと思って。お邪魔だったかしら?」
「いいえ、とんでもない! どうぞお掛け下さい」
 ライナスに促されるまま、リナはソファに腰掛ける。
「連続通り魔事件ですって? 物騒ね」
「全くです。少し前までは、本当に穏やかな町だったんですがね」
 嘆息するライナスは、本当に町の状態を憂えているようだった。
「我々としても、早く一連の事件を解決せねばと力を尽くしているのですが……」
「それなんだけど」
 リナが心持ち、身を乗り出す。
「その連続通り魔事件と、ステイシーさんの殺害事件。貴方達は関連があると見ているの?」
「何故、そんなことを?」
 途端にきらりと目を光らせたライナスに、リナは事も無げに肩を竦めて見せた。
「別に? 単なる興味本位よ。魔道士のサガって奴。
 あたしだって、目撃者って形で事件に関わってる訳だし。通り魔事件のことを聞いたら、ステイシーさんの件でも、何か気付くことがあるかもって思っただけ。
 噂だけなら町の人からも聞いたけど、所詮は噂でしょ? 確かな情報が欲しければ、警備隊の人に聞くのが一番かなって」
 ね? と首を傾げてライナスを見つめる。その視線が、やけに粘着性を持ってライナスに絡み付いている気がして、ガウリイは眉を顰めた。
 媚を含んだ声音といい、全くリナらしくない。いつもの彼女だったら、もっと挑戦的な姿勢で交渉を進めている筈だ。
 リナの言葉に、ライナスは小さく笑った。
「……いいでしょう。貴方のようなプロの目からのご意見というのも伺いたいですし」
「あら、警備隊長さんに買って頂けるなんて光栄ね」
「いえいえ。警備隊と言っても、せいぜいが酒場の喧嘩を止める程度の仕事ばかりですからね。実際、この町で殺人事件が起こるなんて、30年ぶりのことなんです。
 正直、どうしていいのやら戸惑っていたところなんですよ」
 苦笑めいた表情で、ライナスが自嘲する。
「最初の通り魔事件が起こったのは六日前。ですが、その予備犯罪のような小さな事件は、もう一週間も前から起こっているんです。
 酒場のつまみに針が仕込まれていたり、酒の氷にガラス片が混じっていたり……犯行は段々エスカレートして、とうとう六日前に、酔っ払いが酒の空き瓶で頭を殴られる事件が起きました。その翌日も、やはり同じように裏路地でナイフによる殺傷事件が――」
「全て、同じ犯人だと見ているのね?」
「目撃証言があるんです。被害者はいずれも男性で、全員が事件に遭う前、女と酒を飲んでいたと。
 被害者本人だけでなく、酒場の客や店員からも、同じ証言が得られました。どうやらその女の犯行らしいのですが」
「ちょ、ちょっと待ってよ。犯人は目撃されてるの!? だったら――」
「それが……」
 ライナスはそこに至って、初めて困ったような顔をした。
「誰も、犯人と思しき女の顔を覚えていないんです」
「え?」
「誰かが被害者と飲んでいた、そしてそれが女だった、というところまでは、どの証言も一致しています。しかし、誰もその人相を覚えていない。
 人の出入りが激しい酒場でのことですし、目撃者の大半が酔っていたことも考えると、仕方ないことなのかも知れませんが……」
「それにしたって……」
「長閑な町ですからね。通り魔事件なんて聞いて、目撃者も混乱したのかもしれません。
 とにかく、我々は犯人と思しき女性について捜査を始めました。そんな中で起こったのが、ステイシー=マンフォートの事件です。
 裏路地で女性が刺されて死亡――犯人と思われるグラントは、事件の少し前まで酒場にいて、やはり女性と酒を飲んでいた」
「……通り魔事件とそっくりね」
「はい。我々もそう思ったのですが……今回の被害者は女性だった」
「実はステイシーさんが一連の通り魔事件の犯人で、容疑者は襲われそうになったところを返り討ちにした、っていう可能性は?」
 思い切ったリナの指摘に、しかしライナスは表情を変えなかった。
「あり得ませんね」
「あら、何故? 可能性は高いと思うけど。
 彼女、何日か前から行方不明だったって聞いたわ。聞いた限りじゃ、通り魔事件の始まった時期と重なるみたいだけど」
「……よくご存知ですね。インバースさん」
「リナ」
 驚嘆するライナスに、リナは微笑んだ。
「リナで結構よ、ライ。――そう呼んだら失礼かしら?」
「……いえ」
 リナに名で呼ばれ、ライナスは面食らったようだった。動揺しながらも、首を振ってみせる。
「確かに仰る通りです。ステイシーの失踪と、事件の始まりは一致する。しかし、ステイシーが事件の犯人とは考えられない。
 私は、息子を通してステイシーとはよく顔を合わせていましたが、ステイシーはおよそ、男を襲うような人物とは程遠いのですよ。真面目で、派手なところもない、至って普通の娘で――彼女を知っている者なら、誰でも口を揃えて言うでしょうね。彼女が夜の酒場に出入りする筈などない、と。
 また、二日前に酒場でグラントを目撃した者の中には、ステイシーをよく知っている人物もいました。グラントのようなヤクザ者とステイシーが一緒にいたら、覚えていないわけがない」
 ライナスは、リナとガウリイを交互に見た。二人それぞれに、自分の考えを納得させようとする、強い意志が感じられた。
「私の見立てでは、グラントはステイシーの失踪事件にも関わっていたのではないかと思うのです。
 グラントが女性を使って被害者をおびき出し、暴行を加えていた。そこへステイシーがたまたま通りかかって、事件を目撃した。
 発覚を恐れたグラントが、ステイシーを監禁。どうにかして逃げ出したステイシーを、あの日、グラントが殺した――」
「随分としっかりした筋書きね。でもそれ、おかしいわ」
 ずばりとリナが指摘を加える。
「例えグラントが犯人だったとしても、その目的は何?
 お金目当てじゃなさそうだし、ただ人を傷つけたいなら、わざわざ女性を使ってまで人を誘き出すなんて面倒な真似、しなくてもいい筈でしょう。
 それに、例えグラントが犯人だったとしても、ステイシーさんを監禁までするかしら? どうせ殺すなら、事件を目撃されたその時だって良かった筈よ」
「それはそうですが……ステイシーが殺された後も、未だ通り魔事件は続いている。これが何よりの証拠です。
 ――ステイシーは犯人じゃない」
 ライナスはきっぱりと言い切った。
「何もかも、グラントを捕まえれば明らかになることです」
「そうね」
 リナも、これ以上の口出しは止めたようだ。話題を、ステイシーの件から離す。
「その、容疑者の行方は? まだ見つかっていないの?」
「残念ながら。しかし、近い内に片付くと思いますよ。その点はお約束しましょう」
「そう。目星はついてるってわけね。何よりだわ」
 ふ、とリナが溜息をつく。
「良からぬ考えを持ってフラフラ女について行ったりするから、そんな目に遭うのよ。男って馬鹿ね」
 心底の嫌悪感を滲ませた言葉に、ガウリイは眉を潜め、ライナスは苦笑した。
「まあ、自業自得と言えばそれまでですがね。
 だからと言って、放っておくわけにもいかないでしょう?」
「それが仕事だものね?」
 リナもにっこりと笑った。
「どうもありがとう。色々と聞けて良かったわ」
「いいえ。我々としても、貴方からは唯一確かな証言を得られましたからね。また何か思い出したら、是非報告をお願いします。
 小さなことでも構いません。彼女の様子とか、言動とか――どんなことでも、我々には必要ですから」
「ええ、協力は惜しまないつもり。
 また何かあったら、直接ここに来ても構わないかしら……?」
 ガウリイは目を丸くした。語尾に何かを含ませる物言いをしながら、リナがライナスの手に触れたからだ。
 全く必要性のない行為に、ライナスも微かに驚いた様子を見せながら、しかし自然に頷いて見せた。
「勿論。いつでも、ご意見をお聞かせ下さい」
 見詰め合う二人の横で、ガウリイは一人、身の置き場のない時間を味わっていた。











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