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リナは昨晩のことを何も覚えていないようだった。 「リナ、お前さん夕べ、どこへ行ってたんだ?」 「はぁ? 何のことよ、それ」 二人が起き出したのは、昼も近くなった頃だった。ガウリイなど、ほぼ一晩中駆けずり回っていたのだから、仕方ない。 それでもリナより早く目を覚まし、わざわざ食堂に出る前の彼女を捕まえて問うたガウリイに、彼女は激しく眉を顰めた。 「ずっと寝てたわよ。おかげで夕食も食べ損ねるくらい、ぐっすりとね。 あんたも冷たいわよね。起こしてくれれば良かったのに!」 「でも――」 「しつこい! あたしはどこへも行ってないわよ!」 尚も食い下がるガウリイに、リナは付き合っていられないとばかりに背を向けた。さっさと階段を下りてしまうリナに、ガウリイも追求を諦める。 少し苛ついているようだが、リナの言葉に嘘や誤魔化しはないように思えた。となれば、答えは一つ――リナ自身ですら、自分に何が起こっているかに気付いていないということだ。 こうなると少し厄介だ。何故なら、いつも周囲で起こる厄介事や事件の手がかりに気付くのは、ガウリイでなくリナだったからだ。そのリナを頼みにできないとなると、ガウリイ自身がリナに注視していなければならない。 頭脳労働は得手ではないのだが、仕方ない。暫くは様子を見ることに決めて、ガウリイもリナを追って食堂に入った。 テーブルに着くと、女将さんが注文を取りに来た。給仕と注文取りを一人でこなしているらしく、酷く忙しそうだ。 「今日は、息子さんはお仕事? いないみたいだけど」 尋ねるリナに、女将さんは声を潜めた。 「それがねえ、昨晩から帰ってないんだよ。どうやら、また例の事件があったらしくて」 「『また』って……」 「ああ、お客さん達は、一昨日の夜にこの町に着いたばっかりだから、知らないか。 実はね、この四・五日の間に、人が襲われる事件が何度か起こってるんだよ。皆、酒場でしこたま飲んだ後、裏通りに連れ込まれてはナイフで切り付けられたり、殴られたり――それも男ばっかりね。 ウチの息子も、捜査のために、日が昇る前から出て行ったきりさ」 「そうなの。物騒ね」 「いつもは平和な町なんだけどね。殺人なんて、30年前に起こったきりだし」 「30年前ねえ」 「ああ。その時も、やっぱり今度みたいな通り魔事件でね、娘時分にも怖かったもんさ」 おお嫌だ、と身体を震わせると、女将さんはまた厨房へと戻っていった。 「なるほどね。だからあたし達、あんなにあっさりと解放されたんだ」 「え? どういうことだ」 納得顔のリナに、ガウリイは首を傾げる。と、リナはそんなことも分からないのか、と半眼でガウリイを見やった。 「だーから。一昨日、事件を目撃した時のことよ。警備隊の連中、あたし達からは事情聴取を一回したきりだったじゃない。 普通、余所者が殺人事件の第一発見者だったりしたら、もっと疑ってかかるところじゃないの。それをしなかったのは、あたし達が町に来る前から、事件が起こっていたからなんだわ」 「ああ、そういうことか」 「まあ、ステイシーさんの事件と一連の傷害事件は別物って可能性もあるし。警備隊が慎重になってるってこともあるんだろうけど」 リナは何やらぶつぶつと言いながら考え込んでいたかと思うと、やおら顔を上げて宣言した。 「決めた。警備隊長に会いに行って来るわ」 「ええ? これからか」 「嫌なら来なくていいわよ。あたし一人で行くから」 「いや、そうは言ってないが……お前さん、身体の方はもういいのか?」 「あら、一応心配してくれてたってわけ? その割に、今日は顔を合わせるなり、別の心配してたみたいだけど?」 唇を歪めて、リナは意地の悪い笑みを浮かべる。ガウリイが困ったような顔で口を開きかけたが、リナはぴしゃりとそれを遮った。 「大丈夫よ。昨日一日休んだし、平気だから。いつまでも要らない心配してないで」 嘘だ、とガウリイは内心で思う。 リナは昨日と変わらず、何かに苛ついている。どころか、昨日より酷くなっている気さえした。 ガウリイの発する言葉の一つ一つ、行動の端々が気になって仕方ない、という様子だった。その度に敏感に反応して、嫌味や苛々をぶつけてくる。 いつものリナならば、ガウリイの言動に呆れたり怒ったりはしても、あんな風に棘を含んだ言い方はしない。 何だかんだと言って、面倒見のいい彼女だ。人を追い詰めたり、突き放すような言動はしない。そのことには絶対と言っていい程の確信があった。 しかも、だ。昨日までの彼女は、自分の精神状態が普通でないことに気付いていた。それが今では、その自覚すらなくしてしまっている。 リナ。お前さん、どうしちまったんだ? 問いかけたい気持ちを抑え込んで、ガウリイは、もうこちらを見ようともしないリナを見つめ続けた。 |