BETRAY or TRUST

-2-

作:翠さん


 ステイシー=マンフォート。それが彼女の名前だった。

「五日前、行方が分からなくなったと家族から通報があったのですが……」
 対応に当たった警備隊員は、沈痛な面持ちで言った。彼女の知り合いなのだという。
「この秋に結婚を控えていたっていうのに……どうしてこんな」
 田舎町の小さな警備隊詰所は、事件の大きさと裏腹に静まり返っていた。ほとんどの隊員は犯人の捜索とやじ馬の整理に出払ってしまって、詰所には数人の警備隊員しか残っていない。事件による慌しさを外に持って行かれたせいで、この詰所には沈痛な雰囲気だけが取り残されていた。
 今にも泣き出しそうな顔の警備隊員に、ガウリイは何とも言葉を掛けかねて、ただ頭を掻いていた。 
 対照的に、リナはしゃんと背筋を伸ばしている。こんな場面での対処の仕方を、彼女は良く知っていた――つまり、殺人事件の第一発見者が、どういう扱いを受けるか、ということを。
 と、それまで微動だにしなかったリナの視線が、ふと動いた。彼女も気が付いたようだ。ガウリイも合わせるように、同じ方へと視線を送る。案の定、それから間も置かない内に、奥へと通じる扉が静かに開かれた。
「大変お待たせ致しました」
 丁寧な物言いで出てきたのは、白髪混じりの男だった。先程、奥へと報告に入っていった隊員が後ろに控えていること、そして胸元を飾る大きな紋章入りのバッヂから、かなり上の地位にある人間だと分かった。
 彼は口ひげの奥に柔らかな笑顔を見せながら、握手を求めてきた。
「私はこの町の警備隊隊長で、ライナス=クロックと申します。貴方がリナ=インバースさんですか」
「ええ。それと、こちらは連れのガウリイ=ガブリエフです」
「どうも」
 簡単に挨拶を交わす。雰囲気は和やかで、リナが警戒していたような事態――死体の第一発見者を犯人と決め付けて、即刻牢屋に入れられるような最悪のケースには、陥らずに済みそうだった。
「インバースさん、お噂はかねがね伺っていますよ」
「悪い噂ばかりじゃないといいんですけど」
 にっこりとリナが返す。相手も苦笑した。
「突飛な噂も少なくありませんからね。
 あくまで念のためですが、貴方の身元は魔道士協会に確認させて頂きます。宜しいですか」
「ええ。それで身元がはっきりするなら、それに越したことはありませんし」
 会話が進む間に、二人の間のテーブルに、羊皮紙とペンが用意された。準備が整うと、ライナスは控えていた隊員に目配せする。
「では、早速ですが調書を取らせて頂きます。申し訳ありませんが、暫くお時間を頂きますよ」
 こちらの了承を得て、ライナスは質問を始めた――事件に出くわすまでのいきさつ、その時間、ステイシーの様子、更には、二人が何故この町を訪れたのか、等々。
 遂に犯人の様子を聞く段になって、ライナスは慎重にこちらを探ってきた。
「逃げた男――赤毛の若い男、ということでしたが……他に何か特徴は」
「そうね……」
 リナは少し考える。
「背が高かったわ。ガウリイ程ではなかったけど。
 痩せていて……あと、ちらっと見ただけだけど、銀の大きなピアスをしてた」
 するすると答えるリナに、ガウリイは内心で感心する。自分など、若い男、程度にしか覚えていない。よくもそこまで見ていたものだ。
 リナの証言を聞いて、ライナスと隣の警備隊員は小さく頷き合った。その反応に、リナが眉を顰める。
「……ひょっとして、犯人の目星がついてるんですか?」
「ええ」
 ライナスはあっさりと認めた。
「赤毛、と聞いた時点で、もしかしたらと思っていたのですがね。ピアスと聞いて、確信しました。
 この町で、そんな特徴的な男は一人しかいない。グラントです」
「グラント?」
 首を傾げるリナに、今度は記述を取っていた警備隊員が答えた。
「チンピラ崩れの若者ですよ。町一番の厄介者です」
「しかし、あいつが殺人なんて大事、しでかすでしょうか? 確かに素行の悪い奴ではありますが、そんな大それたことができるような度胸があるとは、とても――」
 控えていた若い隊員の言葉を、ライナスはぴしゃりと遮る。
「それは捕まえてみれば分かるだろう。
 奴を探すよう、皆には言い伝えてある。捕まるのは時間の問題だ」
 ライナスは強気だった。確実に捕まえられるという自信が、言葉だけでなく表情に溢れている。
「ありがとうございました、インバースさん。それにガブリエフさん。
 遅くまでお引き止めしてしまって、申し訳ありませんでしたね」
「いいえ。お役に立てたなら良かったわ」
「とても助かりましたよ。何せ、大抵の目撃者は動揺してしまって、これほどしっかりした証言は得られませんからね。
 貴方方のおかげで、今回は早く解決しそうだ」
 それと、とライナスは少し申し訳なさそうな顔になる。
「面倒ついでで申し訳ないのですが、暫くこの町に滞在して頂けますか。
 そう長くとは言いませんが、最低でも、魔道師協会に貴方の身元確認が取れるまでは」
 この申し出も、リナには予想済みだったらしい。こくりと頷く。
「急ぐ旅じゃないし、構わないわ」
「すみません。滞在費は我々が負担しますから。
 それに、今夜の宿も手配させて頂きました。良ければ、そちらの宿を使って下さい」
 申し出に、リナの表情がぱっと輝く。
「良かった〜! こんな時間だから、すっかり諦めてたのよ」
「町にいらしたばかりだったと伺いましたからね。ウチの者に案内させましょう。
 タイラー、頼めるか?」
「あ、はい」
 呼ばれたのは、未だ気落ちした様子の若い警備隊員。
「では、何かありましたら、こちらからご連絡に上がります。この町の中でなら、ご自由に過ごして頂いて結構ですので」
「分かりました。じゃあ、これで」
 握手を交わしながら、リナが席を立とうとして。
「そうだ」
 ふ、とライナスを振り返る。
「聞き忘れたことが」
「何でしょう?」
「ロレンスって、誰だかご存知ですか」
「それは」
 代わりに答えたのは、若い警備隊員――タイラーだった。
「ロレンス=クロックのことでしょうか?」
 言いながら、ちらりと後方を窺い見る。リナもその名に引っかかりを覚えたのだろう。眉を潜めて、タイラーの背後に立つライナスを見つめた。
「クロック……というと」
「ええ。私の息子です」
 あっさりと、ライナスは頷いた。
「何故、息子の名を?」
 逆に問われ、リナは目を伏せた。
「ステイシーが最期に呼んでいた名だったので、気になっていたんですが……。
 ひょっとして、ステイシーの婚約者と言うのは」
「お察しの通り、ステイシーは息子ロレンスの婚約者でした。」
「そう……ですか。
 では、伝えて頂けますか。ステイシーが死に際に、彼の名を呼んでいたことを。『ごめんなさい』と、最期まで言っていたわ」
 リナの言葉に、タイラーがとうとう涙に瞳を潤ませた。











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