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「うわああああっ」 叫び声に、二人は同時に足を止めた。 宵闇の忍び寄る、裏町の一角。予定より一刻程遅れてその町に辿り着いたリナとガウリイは、宿を探して急ぎ表通りへと向かっているところだった。 一瞬だけ視線を合わせて、ガウリイはリナの意思を確認する。案の定、彼女はこくりと頷くと、声の元へ向けて駆け出した。ガウリイも、影のようにぴったりとその後につく。 「あ〜あ」 前を走る小さな背中から、大仰な溜息が聞こえた。 「やっとあったかいご飯にありつけると思ったのに。タイミング悪いわね」 それは、悲鳴を無視して宿を探す、という選択肢が、彼女に全くないせいもあるだろう。ガウリイは苦笑した。 「まあ、リナだしなあ」 「あたしがトラブルメーカーだって言いたいわけ!?」 思考の最後の部分だけを口にしたら、リナが肩越しに睨みつけてきた。 太陽の姿はほとんど山の向こうに消えようとしている。夜そのもののような濃い影を落とす街角を、 数度曲がったところで足を止めた。 倉庫のような大きな建物ばかりが並ぶ通りだ。人気はない。ごろごろと転がる木箱や樽の間に、何か異変がないかと目を凝らしていると、 「ぎゃあああっ」 また、悲鳴。先程より切迫している様子と、今度のそれは女性のものだったことに、リナの表情が鋭さを増した。 「その角の先だわ」 言うが早いか、一気にスパートをかける。ガウリイもスピードを上げて彼女に並ぶと、いつでも剣を抜けるよう身構えた。悲鳴の元まであと三歩。二歩、一…… 「明かりよ!」 曲がり様、リナが呪文を叩き込む。波のように闇が引き、その中心にいた人影を浮かび上がらせた。 初めに目に入ったのは、鮮やかな栗毛。見事な光沢を放つそれは、長い女の髪だ。だらりと滝となって、持ち主の相貌を覆っている。髪の隙間から、ぎらぎらした瞳がこちらを見つめた気がした。 が、それも一瞬のことだった。がくん、と唐突に女の膝が折れる。そのまま崩れるようにして、彼女は地面へと倒れ伏した。その拍子に、からん、と彼女の手から何かが零れ落ちる。ぬらついた血に染まった、それはナイフだった。 「ちょっ……!」 慌てて彼女に手を伸ばそうとしたリナを、ガウリイは制する。倒れた女の下から、わたわたと這い出てくる者があったからだ。 凭れかかってきた女を突き飛ばすように押しのけたのは、ひょろりと痩せた男だった。長い手足をばたつかせて、女から少しでも離れようと藻掻いている。彼の手にも、女のものよりは大ぶりな短剣が握られていた。それもやはり、鮮やかな色に濡れている。 焦点の合わない目が、やっとリナ達を捉えた。 「ひいいいっ」 「あ、ちょっと!?」 途端、弾かれたように逃げ出す。錯乱しているとは思えない程の素早さだった。一瞬、リナの反応が遅れる。 「待ちなさい!」 「リナ!」 追いかけようとしたリナを、ガウリイは声で止めた。 「この人、怪我してる」 告げながら、女を仰向かせる。仰け反った喉が魔法の明かりで白く浮かび上がって、まるで人の皮膚とは別のもののようだった。小刻みに波打って、浅い呼吸を繰り返している。 リナは苦く眉を絞った。衣服を染め、それでも足りずに地面へと流れていく出血を認めて。 「……っ……」 「喋らないで」 吐息の間から声を絞り出そうとしている女に、リナが鋭い静止をかけ、口早に呪文を紡ぎ始めた。 彼女の扱える呪文では到底追いつかないことは明白だったが、それでも何かせずにはいられないのだろう。淡い光の宿った掌を、女の腹部へと近づけ――やおら、その腕を捕まれる。 「!」 リナの腕に食い込むように絡みついたのは、女の腕。瀕死の彼女のどこにこんな力があったのかと思うほど、それは強くリナを締め付ける。 「わ、たし……私じゃ、ない……」 「え……」 「ゆびわ……」 「……指輪?」 彼女の手に目をやるが、どの指にもそんなものは嵌まっていない。浮言、なのかも知れない。虚空を凝視する瞳から、涙が幾筋も溢れていた。 「ごめ……さい、ロレンス、ごめんなさい……」 それきり、だった。すとん、とリナの腕を掴んでいた手から力が抜け、強張っていた体が弛緩する。未だ留まらぬ血の流れが、彼女の指先を伝ってぴちゃり、と雨音に似た音を立てた。 |