生まれた理由 生きる理由

-9-

作:しようさん


 アラン皇子の急病が発表されながらも、生誕祭は開催された。
 一週間ほどはこの賑やかさも続くだろう。そう、一週間は。
 その後に、悲しい知らせが待っている。
 浮かれ立つ街の様子を遠い出来事のように感じながら、リナとアレスは中庭にいた。二人がゆっくり会話を交わすのはあの夜以来だった。
 しばらくアレスは押し黙っていた。リナを誘ったのは彼であるのに。
 ようやく口を開いたその前に、そっとアレスが溜息をついたのをリナは見逃さなかった。
「僕は、アラン兄さんの弟としても、アリエルの兄としても失格です。どちらも大事で、でも、どうして良いのかわからなかった」
「だから逃げたの?」
「ええ。アリエルが傷つく姿も、兄さんが捕まる姿もみたくなかったから」
「ふーん。ま、いいけどね」
「あなたは強いですね」
「秘訣は教えてあげないわよ」
 リナらしい言い草だと思う。
「…けち」
「で、どうするの?」
 リナにそう尋ねてもらって、アレスはふっと微笑んだ。多分彼は、自分の決意を人に知って欲しかったのだ。彼女は甘えを許さない厳しい人だから、そして優しい人だから。だから彼女に伝えることで、心の砦を築こうとしていた。もう二度と逃げ出さない為に。
「アリエルにいい相手が見つかれば、そいつに後は任せたいんですがね。僕はふらふらしてる方が性にあってる」
「そーでもないと思うけどね」
「そりゃどうも。でもまあね、僕がアリエルに皇位を譲ったら、それはそれでアリエルが気にやむと思うんですよ。だからとりあえず、頑張ってみます。皇位が転がり込んできた身として精一杯」
 最後は皮肉めいた、おどけた口調だった。
 客観的に見れば、彼は幸運であると人々の目には映るのかもしれない。けれど、彼が望んでいたのはそんなことではないとリナは知っていたから、だからそんな風に聞こえたのかもしれない。
「ま、せいぜい頑張りなさい」
「ええ。無理そうだと思ったら、最終的にはアリエルに任せちゃいますから気は楽なもんですよ」
「をひ」
 突っ込みながらも、アレスならば大丈夫ではなかろうか。リナにはそんな気がしていた。
「本当は、リナさんの旅について行きたいんですけどね」
「駄目」
「じゃあ追っかけでもしましょうか」
 あながち冗談というわけでもなさそうだった。そこに軽い憧憬の念が潜んでいるのに気づき、リナは顔をしかめた。彼はリナに憧れているのではない。多分リナを通りこして自由とか、そういったものを見ているのだ。何となくあまりいい気分ではない。
「もっといや」
「冗談ですよ」
「それでも御免だわ」
 リナはにべもない。彼は逃げてはならない。今まで逃げていた分。
 その含みを悟り、アレスはわざと悪戯っぽい口をきいた。
「う〜ん。もしかして邪魔されたくないからですか??ガウリイさんとの旅を」
 そういう気持ちも不本意ながらにある。
「……。ノーコメント」
 ちょっぴり頬が火照るのは如何ともしがたい。
 くすりと笑みをもらし、アレスは話題を変えた。
「アリエルがひどく落ち込んでるんです」
「でしょうね」
「ずっと自室にこもっています」
「そう」
 相槌を打つだけにとどめておく。責任のもてない行動はしたくない。
「城を発つ前に、一言でいいですから声をかけてやってくれませんか」
「気が向いたらね」
「僕ではダメなんです。でもあなたなら大丈夫だと思うんですけどね」
「何のことかしら」
 話は終わりだといわんばかりに背を向けたリナに、最後の声をかける。
「自室に、いますから」
 足取りが重かった。いや、心が重いのか。
 知らずに溜め込んでいた空気をゆっくりを吐き出す。肺が緊張から解き放たれ、少しだけ身軽になった気がした。
「どーしろってのよ」
 一人ごちて、リナはそっと頭を振った。

 面会を求めたのはアランが捕われたその夜、つまり先夜のことだった。
「私に何の用だ?」
 彼は牢屋ではなく城の一室に幽閉の身となっていた。
「ん、ちょっと確かめたい事があったのよ」
 椅子に座ってうなだれていたアランが顔をあげた。
 生気がない。どこかに心を置き忘れてきたように、彼の顔は感情を失っていた。濁ったような瞳は目の前のものを正しく映し出しているのかどうか、それすら定かではない。
「あなた、ありがとうって言ったわよね?」
 訝しげに、アランの瞳がようやくリナを映した。
「あの後。毒の混入騒ぎの後。あなた中庭であたしに、ありがとうって言ったじゃない」
 片頬だけが軽く上がり、口元に笑みを刷いた。
「そんなこともあった、か」
「あったのよ。あれ、本心よね?」
「なんだ?」
 戸惑いがアランを包む。
「あの時あなた、あたしに感謝したの。実は本心でしょ?」
「何を言っている」
 椅子を蹴倒し、アランが立ち上がる。
「ずっと気になっていたのよ。あなたは優秀な人。もし正気ならきっとあれほどに証拠は残さなかった。ついでに言うなら、あんな杜撰な手口ばかり繰り返さなかった。正気なら、もっと確実にアリエルを仕留めていたでしょうね」
「つまり私は正気ではないと言いに来たのか」
「まあそんなところかしらね」
 見張りの兵と同道した者達が眉を潜めるにも構わず、リナは言葉を続けた。
「アリエルが憎くもあり、愛しくもあったんだわ。
 正気じゃなかったから行動と感情に一貫性がなかったあなたはだから、自分の凶行を止めてくれたあたしに、あのとき確かに間違いなく感謝していた。あたしはそう思うんだけど、違う?」
「ばかなっ。そんなはず、ない。私はアリエルが憎い」
 言い捨てて、アランが乱暴に腰掛けた。
「どっちだっていいけどね。あなたの罪が消えるわけじゃないもの」
 リナが肩をすくめる。
「その通りだ」
 低く押し殺した声がリナの耳に届いた。
「邪魔、したわね」
 肩越しに振り返ったリナの視線の先で、アランは石畳を微動だにせず見つめていた。
 深夜、アランの服毒死の報がリナにも届いた。長い苦しみから解放された病人のように、その死に顔は安らかであったという。







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