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昨日の堂々巡りな質問攻めにあったらどうしよう。ちょっぴり憂鬱な心構えで仕事に臨んだリナだったが懸念だった。 子供にありがちな気まぐれだったらしく、それにアリエルとて皇族の立場はわかっているということだろう。昨日とは全く違う話題で、午後のひとときを過ごしていた。 「それでは私は一旦下がらせていただきます」 同時に、警備の数が増えたことを、アリエルは知らない。 うららかな午後。 ‘ドンッ’と控えめな、それでいて異様な音が響き、その後一瞬遅れて建物に振動が走った。 城の一部がかすかに揺れたか揺れなかったかくらいのそれは、しかしことの重大性を推し量るのには十分過ぎるほどで、同時に、人々には衝撃が走った。 異変に誰もが動き出そうとしたとき、濃厚な霧が城の一角、つまり異変に襲われたと思しき周辺を覆った。 その不自然さは誰の目にも明らかで、動揺と混乱が入り混じった事態に陥りかけた。 しかし。 『ディム=ウィン』 一人の魔道士が唱えた呪文が霧を打ち払ったのだ。 時間にすれば本当に短い間に起こったことだった。 アリエルがここ最近必ず午後のひとときを過ごす一室に背を向けて、中庭を横切り走りぬけようとした人物の足がぎくりと止まり、前方から声がかかった。 「やっぱりあなただったのね」 唇の震えを押さえ、男は口を開いた。 「リナ、インバース」 ゆっくりと紡がれた自分の名を最後まで聞きながら、男の手にした宝珠に目を遣る。 「それの欠点は、遠隔操作ができない点。そして呪文発動までの時間を操作できない点。その間たったの三秒。だからそこに攻撃呪文が封じられていれば、発動後すぐ、手放さなければ自分の身が危ない。 ちなみに今あなたが持っているそれは‘スァイトフラング(幻霧招散)’の呪文で、先ほどの霧を発生させたのはあなた。すなわち、あの爆発の犯人はあなた。おそらく‘ファイヤーボール(火炎球)’の封じられている宝珠をアリエルの私室に投げ込んだ。 違うかしら?アラン皇子」 「なぜお前がここに。いや、罠だったのか?」 間接的な自白だった。 「そうね」 律儀に答えてしまっているのはなぜだろうとリナは頭の隅で考えながら、ああそうかと思い至る。 哀れなのだ。どうしようもなく哀れに見えるから、だから優しくできるのかもしれなかった。 「なぜわかった」 「え?」 「なぜ私が犯人だと」 「ワケは知らない。でも、あなただと思った。 まさかと思うから、誰もあなたを疑いはしなかったけど、調べるといつもあなたは犯行の可能な立場にあった」 「それはアレスも同じだったはずだ」 「ええそう。でも、あなたとアレス皇子とでは決定的な違いがある。 あなた、セイルーンに留学していたそうじゃない。そしてそこでひそかに魔法を習った」 「なんだと?」 「ツテがあるのよ、あそこには。調べてもらったわ。あなたはその事実を隠そうとしていたのよね?皇族にあるまじき振る舞いだから内緒にしててくれって、教えてくれた魔道士に頼んだんでしょう?」 「それだけで?」 「それに」 「それに?」 「アレス皇子はあなたが犯人であることに薄々気づいていた。あなたはそれを知ってたんじゃないの?」 大きく溜息をつき、アランは歪んだ顔で笑みを浮かべた。 「なるほど、大した洞察力だ。しかし決定的ではない。決定的な証拠はない。 例えばこの宝珠、私が以前無くしたもので、駆けつけた際にここで拾ったと証言すればどうだ?城の者は、私とお前、どちらの言葉を信じると思う?」 「そう。たしかに、あなたを信じるかもしれないわね。だから」 リナは言葉を区切ってマントの裏に手を入れた。 「これが何か、あなたなら知ってるんじゃない?」 リナが出したそれを呆然と眺める。 「レグ、ル、ス、盤」 愕然としたのが、表情にも声にも表れていた。 「そしてこの片割れが誰の手元にあるのかも、あなたなら見当つくでしょう?」 その問いに、アランは答えなかった。かわりに。 「アリエルは?」 「当然無事よ」 「だろうな」 アランが嘲笑めいたそれを浮かべた。破滅を悟った者が浮かべる笑み。 「もう一度聞いてもいいか?」 「何?」 「なぜ、私だと」 「さっきも言ったようにただの状況証拠と、あとは勘ね」 「勘?勘だと!?そんなもので」 激昂するアランとは対照的に、リナは淡々としていた。 「たしかにこんなことをしても、あなたは得なんかしない。でも、人は利益のためだけに罪を犯すわけじゃない。極端な話、人を殺すのが、世間を騒がせるのが好きだからって理由で犯罪に走る人間もいる。そして、憎悪から人を傷つけようとする人間も多い」 憎悪と言う言葉に、アランは激しく反応した。 「そうだ、私はアリエルが憎い。憎かった。どうして、どうしてあいつなんだ。人々の愛情も、期待も、全て私の物でなければならないのに、あいつが全部奪ってしまった。ただ女だというだけで、何の努力もしない、ただ笑っているだけの子供が、なぜ私から全てを奪う!!こんなこと、許せるはずがない」 アランのその叫びはおそらく、声にして出されたのは初めてではなかっただろうか。 肩で息をつき、リナを睨む瞳は煮えたぎっていた。 「いけません、アリエルさま」 その声にリナが驚き、体を声の方向に向ける。 エスターの静止を振り切ってアリエルが走ってきた。アランめがけて。 アリエルは遠ざけておいたはずだと言うのに、彼女なりに異変を察していたということだろうか。その様子は、すべてを聞いていたようだった。 すぐにかけつけたガウリイがアリエルを抱きとめると、その腕にしがみつき、涙に濡れた瞳でアランを見つめた。 「アランお兄様。嘘、でしょう?」 「お前さえ生まれてこなければ」 小さく呟いたアランの台詞は、誰の耳にも届いた。もちろんアリエルにも。 「エスターさん」 ガウリイがアリエルを託し、彼女をこの場から遠ざけた。 その間も油断なくガウリイはアランに気を配っていた。もっとも、アランはすでに放心した様子で、去り行くアリエルを目で追うだけだった。 その結果、憎悪が別の方向に向かったことを、ガウリイは知った。 「お前さえ、お前さえいなければ」 「リナッ」 短剣を抜いたアランがリナに飛び掛る。普段なら十分にかわせるその攻撃を、リナはただ眺めているだけのようだった。まるで他人事のように。 その瞳がひどく傷ついた色を宿しているのに気づいて、ガウリイは駆け出した。 「よけろ!!」 声が届かない。 間に合わないと踏んで、ガウリイは礫を放った。 短剣を落としたアランの足が止まる。その間に、ガウリイは二人の間に割って入っていた。 「どうして避けなかったんだ」 リナを背中に庇ったまま、ガウリイが問う。返事を促そうとリナを横目で見やって、ガウリイは言葉を失った。そこには、この場には不釣合いなほど優しげな、幸せそうな笑みが浮かんでいたから。この状況でのそれは、なぜか痛ましさをガウリイに運んだ。 「あんたは、助けてくれると思ったのよ」 それは、ずっと塞ぎ込んでいた彼女が、ようやく出した答え。後におぼろげながらもその事実を悟って、ガウリイは自分が行動を誤ってなかったことに安堵したのだった。 |