生まれた理由 生きる理由

-7-

作:しようさん


 ワケもなくいやな気分になる。それは人である以上、あってもおかしくない状態だ。もっとも。ワケもなくなつもりでも、ちゃんとワケがあるというのも人の常である。ガウリイにしても同じことだった。
 警備隊詰め所を通りかかったときのことである。リナという名に反応してうっかり足を止めたのがいけなかったのかもしれない。
「随分若いし、男のロマン、幼妻ってやつだよな」
「その幼妻にアラン皇子がご執心って噂は本当か?」
「そりゃ初耳だ」
「穏やかじゃないな。まあ気持ちはわからんでもない。男心をくすぐる初々しさだからな、あれは」
「しかしただの噂だろう?」
「まあ、な。単に、休憩中の彼女と親しそうに話しこんでいる姿がよく見られるってだけだが」
「おいおい。皇子が特定の侍女と親しいってのがそもそも珍しいな。噂になるのも無理はないか」
 聞こえてくる無責任な会話に、隣を歩いていた同僚が気まずい顔を作った。
「あー、その、なんだ。噂は所詮噂だからな。
 ほれ、お前の奥さんアリエル様のお気に入りだって話だろ。だからじゃないのか」
 そう慰められたのは昨夜だった。
「なあに?浮かない顔して」
「へ?」
 声をかけられるまで、食事の手が止まっていることにガウリイは気づかなかった。
「あ、いや。なんでもない」
「ふーん。今日の料理、口に合わない?」
 リナは問いかけながら料理を口に運び、おいしいと思うけどな〜と呟いた。
「旨いって。そうじゃなくて」
「気になることでもあった?」
「え、あ、そういうわけでも」
 そう言ってガウリイは黙り込む。
 しばらくの沈黙を経て、ガウリイが口を開いた。
「なあ」
「ん?」
「アラン皇子って」
「うん?」
「…なんでもない」
 煮え切らないガウリイの態度を、この朝リナが責めることはなかった。
 そしてその夜、リナは魔道士協会に足を運んだ。セイルーンのアメリアと連絡を取り知りたい情報を得たものの、彼女の表情は冴えなかった。むしろ険しく、何かに耐えるような面持ちだった。
 ガウリイがその変化に気づかないはずもなく、問いただされて、リナは答えるかわりに同意を求めた。
「罠を仕掛けるわ。悪いけど、あんたには徹夜してもらう。いい?」
 首は縦に振られた。無言のままに。
 その思いつめた表情に、言葉をかけるのは躊躇われた。
 その朝リナを見送るガウリイは、自分の精一杯の一言だけ、彼女に渡した。
「辛いことがあっても、オレがいるからな」
 リナは振り返ることなく何事か呟いた。自分を納得させるように。
 短いそれがガウリイの耳に届くことはなかったが、とりあえずは十分だと彼は思った。
 侍女にも休憩時間というものが与えられる。リナの場合、だからといって本気で休憩するわけにもいかなかったので、実際は休憩するフリをして、こっそり護衛という形を取っていた。大抵、アリエルの私室の窓が見える中庭で日向ぼっこというのが多い。リナが休憩の際は、アリエルは必ず私室にこもることと、示し合わされていたのである。そこへ、件のアラン皇子が見計らったように訪れているわけである。
 今日も今日とて穏やかな笑みを浮かべたアランがリナの隣に腰を下ろした。最初のうちは隣に座っていいかと一々尋ねていたのだが、いつのまにかその会話が省略されるほどに、二人は親しく言葉を交わすようになっていた。
「あ、そうだ。あたし明日はちょっと外出しますので、この時間ここにはいませんからね」
「え?じゃあ仕事は?」
 仕事とは当然護衛のそれを指す。
「侍女が休憩時間に外に出るのはそれほど珍しいことでもないみたいですし、ちょっと魔道士協会に行きたいんです。仕事はその間、親衛隊に変わってもらいますから」
「そうですか。まあ、最近やけに静かですしね、ちょっとの間なら」
「ではあたしはこれで。そろそろ休憩終わりですから」
「はい、じゃあリナさん。また明後日にでも。お仕事頑張って下さいね」
 背中にアランの視線を受けながらリナがアリエルの元に戻ると、無邪気な質問が彼女を待っていた。
「ねえねえ。リナったら、アランお兄様のお気に入りなのね」
 絶句する。
「……へ?」
「だって、いつも休憩時間は楽しそうにおしゃべりして。いいなあ」
「あ、えっと」
「ね、アランお兄様のことどう思う?」
 絶句が止まらない。
「あ、え?」
 アリエルがアランをとても慕っている事は初対面から一目瞭然なくらいで、しょっちゅうその話題で顔をほころばせていたものだったが、これは流石にリナにとって厳しい状況と呼んであげても良いかもしれなかった。
「素敵でしょう?あ、そりゃまあリナが結婚してるのは知ってるけど、世の中、間違いはたくさんあるし。お兄様のこと、どう?」
「ど、どうもおっしゃられても…素敵な方だとは思いますが」
「でしょ?だったら」
 何が‘だったら’なのか。冷や汗掻きつつリナは言葉を探した。
 助けはない。面白そうに他の侍女たちも瞳を爛々と光らせている。
 好奇心むき出しなのがやけに怖い。
「いえあの、私とでは身分が違いますし。まあ、何と言いますか、私が仮に独身だとしても、ただ見てるだけの方ですわ」
「つまんな〜い。リナがアランお兄様と結婚してくれれば、ずっとここにいてもらえるのに」
 今日の仕事はきつかった。心底疲れ切った気分でリナはぼやいたものだった。そんなリナを、ガウリイが複雑な思いで眺めていたとも知らずに。
 ふと、リナはアレスが訪ねてきた夜を思い出していた。それ以来、彼との会話はない。







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