生まれた理由 生きる理由

-5-

作:しようさん


 それは丁度、テーブルの上のティーカップを片付けようとした時だった。
「ただいま」
「あ、お帰り、ガウリイ」
 徹夜明けとはいえ、ガウリイから疲れた様子は見受けられない。
「誰か来てたのか?」
「ええ夕べね。ちょっと待って、すぐご飯の用意するから」
「ああ。で、誰が何しに来たんだ?」
「アレス皇子」
「って、どっちだっけ、上?下?」
「弟の方。昨日自己紹介してくれたじゃない」
「そうだったそうだった。で、何が気に入らないんだ?」
「へ?」
 リナは本当に、言われた意味がわからなかったのだ。
「機嫌悪いだろ」
 そうなのだろうかと考え、そうなのかと納得する。
「顔に出てる?」
「ん〜、何となく、な」
「ちょっと、ね。機嫌が悪いてーか、気に入らないってーかふに落ちないって言うか」
「そっか」
「あれ?もしかしてあんたも機嫌悪い?」
「あ、いや、その…。アリエルってさ、可愛い子だよな」
「は?」
「だから。あんな可愛い子を傷つけようとするなんて許せないな、なんて」
「へ〜〜〜ガウリイってそういう趣味だったんだ」
「は?ちょっと待て、オレは別に一般論としてだなあ」
「何ムキになってんのよ。そっちのほうが妖しいわよ?」
「え!?」
「わかってるってば。アリエルはいい子だわ。連中のやり方に腹を立ててるのはあたしも同じよ」
「リナ…」
「さ、はやいとこご飯にしましょ。遅れちゃうわ。それと、一日の様子を報告してちょーだい」
 朝から夜まではリナが皇女付きの侍女として、夕方から明け方まではガウリイが親衛隊の夜番として皇女の護衛に当たる。朝はとりあえず二人揃っての休憩であり、この時間に報告しあうことにしていた。
「なにか気になる人とか様子はなかった?」
「うーん、特には。親衛隊の連中はみんな人が良さそうだったぞ。アリエルのこと本当に心配してるみたいで。そっちはどうなんだ?」
「ん〜?少なくとも皇女付きの侍女の中には怪しい人物は見当たらないわね。今のところ」
「ふーん」
「皇族の割に、素直で愛らしくて、あれは万人に愛されるタイプだわね。…羨ましいわ」
「リナ?」
 最後に呟かれた台詞は、ひどく寂しそうで、聞き間違えたかとガウリイはリナの顔をマジマジと見つめた。
「何よ」
「あ、いや、その…」
 聞き返してくるリナは相変わらず気丈な素振りを見せていたが、気になって何か言いたくて口を開こうとしたが。
「それより、油断しないでね。確かにこれまでの手口を聞いた限りじゃ、内部犯がいるわ。そして、魔道士とはいえなくても、魔法をかじった人間が関わっていると思う」
 リナが表情を厳しくするのをみて、ガウリイも気を引き締めた。
「わかった」
「でもま、あんたはとりあえずゆっくり休みなさい」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「ちゃんと夕方には起きるのよ?」
「はいはい。なあ、なんか本当の夫婦みたいな会話だよあ」
「ば、馬鹿なこと言ってないで早く寝ろーーーっ」
 真っ赤になったリナが皿を手にとって振り上げたので、ガウリイはおどけて席を立った。
「わかったわかった。じゃあな、リナ。おやすみ。お前さんも気をつけろよ」
「全くもう」
 やり場なく下ろした手の指には、銀色の指輪が嵌まっていた。

 皇族とは退屈な仕事らしい。今日も今日とてアリエルは、リナに旅の話をせがんでいた。それは午後の勉強が終わってのことであった。
 リナの話は面白く楽しい。経験が豊富で、またアリエルのために、わかりやすく興味のひきそうなネタばかりをリナが話して聞かせるからだ。それは大人が聞いても引き込まれるもので、リナは自然、人気者になっていた。ちなみに話題としてのぼるのは食べ物が多いことから、すでにリナが結構な食いしん坊であることは、早々に知れ渡っていた。だからこの日も。
「そうだわリナ。いいものがあるの」
 アリエルが悪戯っぽく微笑み傍らの侍女に目配せした。
「なんですか?」
「ふふ、何だと思う?」
 そう言って、アリエルは綺麗に包装された箱をリナに渡した。
 重量はそれほどない。ファンシーな包み紙である。大きさから、リナは見当をつけた。
「お菓子、でしょうか?」
「その通り、リナ大当たりよ!!ちゃんと当てたから、それはご褒美。リナにあげるわね」
「え、いいんですかっ!!」
 キラキラと輝く瞳をみて、アリエルと侍女たちもくすくす笑った。
「リナったら、普通こういった場合は、遠慮するものですよ」
 侍女頭のエスターが笑いを噛み堪えて諭す。
「え、そうなんですかあ〜〜〜」
 人生の終わりのように悲壮な顔つきをするリナを、これまた周囲が楽しそうに見つめる。
「いいのよリナ。エスターはちょっとからかっただけ。ね?」
「あら、そんなことありませんわ、アリエル様。
 だってそれは先日、隣国の大使がいま流行っているのだとお土産に下さった、大人気すぎて非常に入手困難なお菓子でしょう?ですから、独り占めなんていけませんわ。
 というわけでリナ、そろそろお茶の用意をして」
 茶目っ気たっぷりのエスターの台詞に、リナも素直に従った。
「はい」
 そう言って席を立ったリナがしばらく経って戻ってくると、なぜか手ぶらである。
「あのお、エスターさんちょっと」
 おずおずといった様子に、みなが首を傾げる中、エスターも席を立った。
 やがて、リナとエスターが中庭のテラスに運んできたのは、香茶だけであった。
「あら、どうしたの?」
「リナったらドジなんですのよ。せっかくのお菓子、運ぶ途中で落っことしちゃって全滅。まったく。まあ一番楽しみにしていた本人がダメにしちゃったんですから、仕方ないですわね」
「まあ、リナったら」
 それで先ほど小さくなってエスターを呼びに来たのかと、アリエル達は納得した。
「うう、すみませ〜〜〜ん」
「いいのよ、だって一番ガッカリしてるのはリナですもの」
「うっ」
 表面上は微笑ましくお茶の時間は過ぎ、一日は何事もなく過ぎたかに思えた。
 だが、事態は水面下で動いていたのである。







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