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表向きは夫婦一緒に雇われたという形になっていて、二人は城の宿舎の離れの一角に部屋を与えられていた。情報交換のため、定期的に顔をあわせるのに不都合のない形、ということらしい。確かに、見知らぬ他人のふりという芸当がガウリイに可能かどうか。これはリナにとっても悩みの種であった。仮にそれが何とかなっても、二人でこっそり会っているところを誰かに見咎められぬとも限らず、その場合ガウリイ一人のときに口を滑らしたりはしないか。不安の種は尽きなかったのだ。皇女襲撃に当たって、内通者がいる可能性が高い以上、用心にこしたことはなかった。 もちろん、他にも何組かそんな夫婦がいて不自然ではないからこそとれた手段である。そうでなければ、ガウリイはともかくリナは、夫婦のふりなど恥ずかしくてできない。 こう表現するとなんだか官能的だが、二人が夫婦になって最初の夜のこと。思いがけない訪問者があった。 「アレス皇子」 「こんばんわ、リナさん」 「あ、どうぞ。狭いところですが。っていうか、こんなところに来られると困るんですが?」 急いで皇子を中に招きいれたリナが、困った顔でアレスを見た。 「え、ええ、わかってはいるんですが・・・あの、ちゃんと用心はして来ました」 「そうしてもらわないと困ります」 「ははは、はっきり言いますね。えっと、ガウリイさんは?」 「夜警です」 「ああ、なるほど。では昼間はリナさんが?」 「ええ、交替で」 「そうですか」 「失礼ですが、何かお話がおありなんでしょう?あたしも忙しいんです、手短にお願いできませんか」 手早くお茶の用意をしながら簡素な椅子を勧めた。 「あ、はあ・・・」 弟だから甘やかされて育ったせいなのか。リナの目に、アレスは随分おどおどしているように映った。 「アレス皇子?」 リナが促す。 「犯人を、捕まえるんですよね?」 「ええ」 リナがいささか堅い声で答えたのにはワケがある。まるで捕まえて欲しくないようなアレスの態度だったからだ。 即答に、アレスは瞑目した。そして瞳を開いた時、リナはアレスへの評価を改めたのだった。 「あなたは今回の一件、どうお考えですか?」 リナは真っ直ぐ見つめてくるアレスの視線を受け止めた。 気弱、おどおどしている、これらはアレスの心理状態がそうさせていたのだろう。彼は何らかの不安を抱えている。不安、いや、悩みなのか?そしてそれを振り切ろうと、乗り越えようとしているようだった。それが果たして事件にどう影響するのか。リナにはまだ見当がつかなかったが。 「どう、とは?抽象的過ぎますね」 「すみません。犯人は、捕まらなければならない。そうですよね?」 「そう思います。あなたは違うんですか?」 アレスは返答を避けた。 「事件の動機をどうお思いですか?」 「ばっかばかしい」 リナが本気で呆れ返っている様子だったので、アレスはつい笑ってしまった。悪戯っぽい笑顔を浮かべる。 「馬鹿馬鹿しいですか?」 「あったり前でしょう?男は女より優れている。それなのに皇子ではなく皇女の生誕を祝うなど言語道断ですって?まったく。馬鹿言うにも限度ってモンを考えて欲しいわ」 リナのあっけらかんとした口調は重苦しい心の闇を吹き飛ばしてくれるようで、アレスはもっと聞きたいと思い始めていた。 「あなたは女性ですが、魔道士としては天才ですもんね」 茶化した言葉だったが、リナは真面目に受け取った。 「そ、あたしは天才。でもね、男だからとか女だからっていうのは、その人の生まれ持った性質でしょ?そんなモンで人を判断するところが狭量なのよ。あたしは天才だけど、ちゃんと努力もした。だけど、努力したからって性別は変わるもんじゃない。そんなところで人を判断するような奴ら、このあたしが呪文で派手に吹っ飛ばしてやるわ!!」 「…あのお、城も一緒にふっとばすのはやめてくださいね」 嬉しそうに瞳を輝かせるリナを懸念したアレスは、釘を刺さずにいられなかった。 「や、やだなあ、つまりそれだけやる気満々ってことですよ〜〜〜」 本心だろうか?アレスの疑いはもっともである。だがあえてそこには触れなかったのは、次の瞬間、リナの瞳が射るようにアレスを見つめたからだ。 「もちろん先ほどの意見は‘男性至上主義団体’とやらの脅迫を頭から信じ込むならば、ですが」 「真意は別にあると仰りたいのですか?」 「その可能性もあるだろうということです」 しばらく考え込む素振りを見せ、アレスは口を開いた。 「‘男性至上主義団体’というのは実際のところどういった組織なんでしょう」 「さあ、あたしも直接は知りません。でも噂だけなら」 アレスが黙っているのでリナは話を続けた。 「まあ名称そのまんまの組織らしいですが、数年前壊滅したはずなんですよね。だからその残党が組織を再建したのか、それとも全然かかわりない人間が新たに組織を立ち上げたのか。あるいは誰かが名前をかたったか。それはわかりませんが」 「組織が壊滅したというのは初耳です」 「ん〜?まあ、事情が事情ですから」 「は?」 不思議そうなアレスに、リナはなぜか怯えたような表情で答えた。 「世の中、知らなきゃよかったなんてことは山ほどあるんですよ。ふ、ふふふふふ」 虚ろな瞳で笑うリナの様子から、アレスも君子危うきに近寄らずの心で真実の解明は諦めることにした。「そ、そうですね」と、こくこく頷いて。 ところが。 「それで?あなたは一体何を畏れているの?アレス皇子」 気の緩んだところにこの一撃である。アレスは顔を強張らせた。 「あなたはやはり危険な人だ」 「褒め言葉として受け取っておくわ」 リナが不敵に微笑んだ。 |