生まれた理由 生きる理由

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作:しようさん


 前夜、ガウリイが風呂から上がると、リナは既にベッドにもぐりこんでいた。
 端っこに寄っている。空けた場所は彼のそれということだ。
 狸寝であることはわかっていたので「隣に入るぞ」と一言断って、体を滑り込ませた。リナが一瞬体を硬直させたのには気づかないふりで、ガウリイはすぐに寝入った。いつでもどんな時でもすぐに眠れる。眠れなければならない。その経験がこの夜は非常に役立った言えよう。

 ぎこちなさは自分だけが抱えているものなのかどうなのか、ガウリイには判断がつかなかった。
「あたし魔道士協会に行ってくるから、今日は別行動ね」
「わかった」
 魔道士協会へはリナ一人でいく。これは珍しいことではない。しかし、お祭りだったら楽しもうと、これは道中はっきりと言葉にしたわけではなかったが、お互いの暗黙の了解だったはずだ。用事があるわけでもない様子なのだから、祭りで賑わっているその日に、魔道士協会へというのは妙だ。ガウリイが口を開こうとしたそのとき。
「じゃあ行ってくるわね」
 まるでその気配を察したように、リナが席を立った。
「あ、ああ」
 後姿を眺め、ガウリイは不安を覚えずにはいられなかった。不安と言うよりは心配と言ってもいいかもしれない。理由はわからないが、今のリナは危うい感じがした。それは精神的に、だ。一人にして欲しそうだからといって、一人にして良いものかと悩むガウリイに、従業員の一人が声をかけた。
「お客さんは祭りに行かないんで?」
「あーいや、どうしようかと思って…」
「是非楽しんできてくださいよ。今年は皇女様の10歳のお誕生日だけあって、祭りも一層華やかですよ」
「へえ、その皇女様の誕生日がもうすぐあるのか」
「ええそうです。って、何もご存知ないんで?」
 多分昨日、ちらりと耳にはしたはずだが。
「いやあ」
 苦笑するガウリイに、従業員は嫌な顔せず説明してくれた。その内容が、前夜リナが聞いたのとほぼ同じであったことを、ガウリイが知る由もない。
「この国の皇族は男系で、皇女様ってのが滅多と生まれなかったんですよ。跡取の皇子様には不自由しなかったんだけど、その反面寂しいって言うかなんて言うか。ほら、華やかさがないでしょ。
 ところが10年前、ちょうど100年ぶりに皇女様がお生まれになったんです。周囲は大喜びで、その日を記念に国民の祝日として定めた。それが今日。もともとこの国には大きな祭りがなくってね、観光産業も停滞してたもんですから、城の一部を国民に開放したりして盛大に祝うことで国を潤そうってことになりまして。それが成功して、今じゃこの国の観光の目玉ですよ」
「へえ、そういういきさつだったのか」
「だからお兄さんも、せっかくなんだから楽しんできたらどうです」
「そうだな、そうするか」
 何か美味しいお土産でも、あるいはプレゼントでも買ってくれば、リナが喜んでくれるかもしれない。ガウリイは思い直して祭りの人込みに揉まれに行った。

 その頃魔道士協会では、リナが決断を迫られていた。
「リナさん、謝礼ははずみますからどうか」
 駆け引きでも何でもなく、リナは依頼を引き受けるのを渋っていた。
「でもせっかくの祭りだからあたしも楽しみたいし」
「本当に楽しみたいと思っている人は、今日ここには来ませんよ」
 正論だ。憂鬱な気分で、頭を巡らせ口実を探す。
「あたしみたいな流れ者が皇族の警護だなんて、そっちの方が危険でしょうに」
「あなたほどの知名度なら身元は保証されてるも同然ですよ」
「悪い噂ばかりでしょ」
「でも実力は確かだ」
「城の人間はあたしを歓迎しないはずだわ。特に親衛隊なんかは」
「この一件には魔道士も一枚噛んでいるかもしれません。恥ずかしながら、当協会内に実戦経験のある者はおりません。それならばまだあなたの方がましだと彼らも考えるでしょう」
「楽観的過ぎやしない?」
「そうかもしれませんね。だからこそ、その迷惑料も込みで謝礼をはずむと申し上げているのです」
「わからないわね。面子が大事ってだけで、あたしをもぐりこませるわけでもなさそうだもの。
 なぜあなたはそこまでするの?」
「実は、私は皇女様が幼い時、お側に仕えていたのです。それはもう可愛らしい方で、よく懐いてくださいました。ですからあの方の安全をはかるために、私はできる限り手を尽くしたいのです。そしてそれは私だけでなく、城中の人間の望みでもある。どうか、お願いします」
 相手は真剣で、しかも切羽詰っている。有効な回避手段は見当たらない。
「あたしは高いわよ?それに、もれなく相棒がついてくるわ。そいつも剣の腕は超一流だから、もちろん高い。それでもいいの?」
 最後の足掻きだと、リナは自嘲した。
「願ってもない。力強い味方なら大歓迎です」
「わかったわ。その依頼、受けましょう。でもその前に、相棒にも了承を貰わなければなりませんから、一旦宿に戻ります」
「わかりました。ではお待ちしております」
「ええ。昼食が終わってからまた伺います」
 協会を去るリナの足取りは重く、表情も暗かった。それでも、ガウリイの待つ宿に着いた時には普段の明るさが戻っていた。いや、無理やり戻していた。







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