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街に入る前から、浮かれた雰囲気は漂っていた。 街道に商人の姿が多い。行き交う人が多い。何かあるのだろうかと、二人は期待混じりの疑問を持った。みなの顔は一様に晴れやかで、きっと楽しいことがあるに違いない。自然と足取りは軽くなっていた。 それと同時に湧き上がったのは宿泊への不安。案の定どの宿も満杯で、ようやく見つけたのは急に空きの出たダブルの部屋。シングルでなかっただけ随分ましだと納得し、リナはそこに宿泊を決めた。 それにしても、一体なぜこれほどの賑わいを見せているのか。このさして大きくもない国の、いくら首都とはいえ。どこの宿も予約で一杯だなんて不思議でならない。 「ねえ、随分賑やかだけど、なにかあるの?」 チェックインの手続を済ませ、従業員に声をかける。 「あら、ご存じなかったんですか?もうすぐ‘皇女生誕祭’なんですよ。最近ではこの国で一番盛大なお祭りなんです」 「ふうん。あ、ありがと」 忙しそうな彼女に礼を言って、二人はあてがわれた部屋に入った。 「なあ」 「なに?」 この男がこんな風に声をかけてくるときはどうせろくな質問じゃない。リナは経験上悟っていたため、返答も自然と素っ気無いものになる。 「コウジョセイタンサイってなんだ?」 心の準備が出来ていた分、ダメージは少なかった。 「あ〜、つまりね。今日はお姫様が生まれた日だよ、おめでたいね、みんなでお祝いしよう、って日よ」 「ふ〜〜〜ん、なんか珍しい気がするな。皇族なのに、男の子じゃなくて女の子が生まれたのを喜ぶなんて」 「…おおっ、ガウリイがなんだかまともだわ!!」 反応が遅れてしまったのは、純粋に驚きすぎたためである。 「なんだかまともって、ニュアンスが微妙にいやだ」 「そう?あたしは気にしないけど」 「や、そういう問題じゃないだろ」 「さて。片付け終わりっと。そっちは?」 「お?おう。ちょっと待ってくれ、もう少しだ」 「んー、じゃああたし、先に食堂行ってる。注文して待ってるからね」 「すまんな、頼む」 このときまでは、リナは普段通りのリナだったと。後々、ガウリイは記憶を掘り起こしてそう思った。 ガウリイが食堂に降りると、リナは隅っこのテーブルにつき、ちょこんと腰をかけていた。気のせいかその横顔が寂しそうに見えた。 「リナ」 「あ、早いわよ、ガウリイ。もっと遅ければあたしがご飯独り占めにしたのに」 悪戯っぽく微笑むリナはいつものリナで、先ほどのあれは気のせいだったかと、ガウリイは安心してしまったのだ。 もりもりと夕食を済ませ、ふくれた腹を抱えながら二人は香茶を啜っていた。食事時と違って静かだ。 壁の日めくりカレンダーに何気なく目をやったガウリイは、あれ?と首をかしげた。今日は何かあったような気がする。そう思い、しばし考え、そして思いつき。 「ああっ!」 納得顔で彼は声を上げていた。 ゲホッ。 彼の向かいから、苦しそうに咳き込む気配。 ゲホンッ、ケホッ。 「もうっ、いきなり素っ頓狂な声出さないでよ。咽たじゃないのっ」 「いやあ、悪い悪い」 へらへらと頭を掻く彼に、リナは手近のナイフを投げつけた。 「うわっ」 体をずらしてそれを避けた彼に向かって一言。 「お返し」 にっこりと微笑む姿はまるで悪の権化のよう。そうは思ってもさすがの彼も口には出さない。 リナはおかわりした香茶を一口すすって、大人しく座っている彼に問い掛ける。 「それで?」 「……へ?」 「なんで急に叫んだのかって聞いてるのよ」 「あ、いや別に…大したことじゃないんだ、うん」 決まり悪そうに頬を指で掻くガウリイをちらりと見やって呟く。 「あっそ。つまり‘大したことない’ことのせいで、あたしを咳き込ませたわけね」 言葉の刺に、彼の背中を冷や汗が伝った。 「あ、そういえばさっ、リナの誕生日って、いつなんだ?」 突拍子がないわけではない。彼の奇声の原因と程近いところに、質問の根拠はあった。 よくよく考えて、リナは予想を打ち立てた。 「もしかして、あんた今日が誕生日だなんて言わないわよね?しかもカレンダーを見るまでそのこと忘れてたんじゃ?」 ガウリイの笑顔が引き攣った。 「やっぱり。クラゲだクラゲだと思ってたけど、まさかここまでとはねえ」 はふうっと大袈裟に溜息をつき、リナは香茶を啜った。 ガウリイは目を伏せ「なんでばれたんだ??」とブツブツぼやいていた。 「わかるわよそのくらい。長い付き合いなんだから」 「ふ〜〜〜ん」 リナの答えが嬉しくて、ガウリイはにこにことさらに問いかけた。 「で、いつなんだ?」 「いつでもいいでしょ」 らしくない。強張った表情、硬い声音が、リナらしくなかった。お祝いに何かくれとたかられるのを覚悟で、彼は問うたのに。 「リナ?」 不信感が表情にあらわれていた。はっとした様子で、慌ててリナは席を立った。どこか気まずい態度で。 「ご馳走様。先に部屋に戻るわ」 「あ、おいっ」 追求を逃れようとしているのは明らかで、それを無理に聞き出そうとするのは気が咎めた。触れて欲しくなさそうだったから。 少し考えて戻った部屋で、ガウリイは書置きを発見する。 『お風呂に行ってくる』 避けられているのを感じながら、ガウリイも風呂へと向かったのだった。 |