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「夕方、うちに何か用だったのかな?」 「ええ、奥様にパンを届けに・・」 「パン屋の娘とエドワード殿が言ったが、どこのパン屋だ?」 「ロンドンの下町にある『ジョーンズ』って看板がかかってるパン屋です。女将さんが毎朝大声で叫んでいるから、わかるはずです。」 アンドリューはカトリーヌに微笑んで、今度行ってみると言った。 「君は養女なのか?パン屋の主人に会ったが、全然似てないから。」 「ええ。私の両親は生まれてすぐに亡くなって、孤児院で育ちました。7歳の時に、パン屋に引き取られたんです。」 カトリーヌはそう言うと目を伏せた。 「私、パン屋ではこきつかわれて、休む暇がないんです。今夜のパーティーだって、私が行くことを女将さんが許してくれなくって・・奥様が女将さんを説得してくださって、やっと活けるようになったんです。」 「君の踊りは素晴らしかったよ。」 アンドリューはそう言って、カトリーヌに微笑んだ。 「奥様からバレエを習ってまだ半年しか経ってませんけど、暇なときには練習する時間を設けて・・」 「半年習っただけであの踊りは大したものだよ。スーザン殿が誇らしげに君を見ていたのがわかるよ。」 「そうですか?」 カトリーヌの顔がパッと輝いた。 料理を平らげたクレアは、夫の姿を探した。 「アンドリューはどこかしら?」 「さぁ、お先に失礼したんじゃないかしら。」 スーザンはそう言って夫とともに招待客の方へと行った。 クレアはポツンと1人、取り残された。 招待客の誰もが、自分を嘲笑っているような気がした。 ―いやねぇ、あの指輪・・ ―悪趣味ね。 ―体自体が悪趣味じゃなくて? 扇子を翻しながら陰口を叩く貴婦人達。 ―醜女が妻か・・アンドリュー様もお気の毒に・・ ―アイリーンの方がマシだったろう・・ ―私なら、自殺するな。あんな女と結婚するよりもマシだ。 通り過ぎるたびに陰口を叩いて笑う紳士達。 自分の居場所がない。 誰も自分を誉めてくれない。 クレアは扇子を握りつぶした。 その時、奥から笑い声が聞こえた。 クレアが行ってみると、そこにはいきいきとした顔の夫がいた。 (誰と話しているの?あの人のあんな顔、初めて見たわ。) だが、夫の話し相手を見てクレアは凍り付いた。 夫と話しているのは、カトリーヌ。 パン屋の娘に、私が負けた・・。 クレアの中で、何かが崩れ落ちていった・・。 Novel&Message by 千菊丸さん |