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1513年、パリ近郊・ドルヴィエ邸。 7歳のアンヌは、父・フラン曽和の帰りを、今か今かと待っていた。 何度も窓を見ては、刺繍の手を止めるので、刺繍の先生を困らせていた。 「アンヌ様、落ち着きませんと、出来上がるものも出来上がりませんよ。」 「だってお父様、あたしにウサギの毛皮をプレゼントしてくださるんですもの。早く帰ってこないかしら。」 そう言ってアンヌは刺繍台を放り投げた。 「まぁ、嘆かわしいこと。」 そこへマリーが慌てた様子で部屋に入ってきた。 「マリー、お父様が帰ってきたの?」 「お嬢様・・あぁ、なんということ・・」 マリーはそう言ってアンヌを抱きしめた。 「マリー?」 乳母のただならぬ様子に、アンヌは悟った。 「旦那様が・・馬から落ちて・・」 アンヌは部屋を飛び出し、邸を出た。 外は、激しい雨が降っていた。 「お嬢様、いけません!」 「放してよ、お父様のところに行く!」 父は自分の手の届かない所へ行ってしまった。 「お父様−!」 父の死後、アンヌは叔父夫婦の元に引き取られた。叔父一家は、アンヌを腫れ物のように扱った。 アンヌはいつも独りだった。従兄弟達にはいじめられ、使用人達には疎まれた。 彼女を愛する者は、誰もいなかった。 家の中でアンヌに唯一優しくしてくれたのが、馬番のルイだった。アンヌの初恋だった。 だがルイはある日突然アンヌの前から姿を消した。アンヌはまた独りになった。 それからアンヌは情を捨て、権力に執着した。 そうするしか、生きられなかった。 いつか宮廷で揺るぎない地位を得て、自分を虐げた者達を見下してやる−アンヌは、ルイがいなくなった日にそう誓った。 そして、アンヌは宮廷で不動の地位にいる。 だが彼女は、どこか満たされないでいた。 全てをカリンに語った後、アンヌは言った。 「私はいままで独りで生きてきた。親もなく、恋人もなく、ずっと1人で・・私は情を捨て、人になんと言われようと己のためにどんなこともした。権力を手に入れ、満足なはずなのに、何かが足りないのよ。」 そう言ってアンヌは近くの石に腰掛けた。 雨はまだ、降り続いていた。 「きっと、寂しかったんじゃありませんか?」 カリンの言葉に、アンヌの眉がつり上がった。 「バカなことを言うのね。私はちっとも寂しくなんかないわ。世の中、独りで生き抜かなければ駄目なのよ。」 そう言ったアンヌの背中は、かすかに震えていた。 カリンはそっと、アンヌを抱きしめた。 「もう、あなたを独りにさせません。」 「ふん、勝手におし。」 そう言ったアンヌの表情は、暗くて見えなかったが、頬が少し赤く染まっていた。 雨が上がり、森に虹がかかった。 どこかでアンヌを呼ぶ声がする。 「行きましょう。」 カリンはそう言って、アンヌに手をさしのべた。 アンヌは微笑んで、カリンの手を取った。 アンヌの悲しい過去。 父の死を境に次々とアンヌを襲ういじめと虐待の嵐。 少女はやがて冷酷な悪女となる。 アンヌとカリンちゃんが急接近しましたね。 次回、ルイーゼの嫉妬がドロドロしてます。 Novel&Message by 千菊丸さん |