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ふ、と意識が浮上する。 目覚めは今までのように不快なものではなかった。カーテン越しの陽光は白く、床に落ちる影は小さい。昼にも近い時間なのだろう。随分とよく眠ってしまったようだ。 首だけを動かして隣を見る。そちらは、まだ夢の中の住人だ。静かで深い呼吸を繰り返している。 この顔を、こんなに間近で見るのは久しぶりだった。そして、こんなに安らいだ表情でいるのも。 自然、笑みが零れる。顔を隠す前髪を払ってやると、彼は小さく声を漏らした。 「……リナ?」 「ごめん、起こしちゃった?」 「いや……」 しょぼしょぼと目をこするガウリイを、見つめながら。 「あのね、ガウリイ」 あたしは、用意していた言葉を囁く。 「あたしも考えたんだけど。何度プロポーズされても、あんたへの答えは同じみたい」 「へ?」 きょとんとするガウリイに、あたしは苦笑する。 「けど、あんたもワンパターンよね。 初めてプロポーズされた時も、結婚式の前の晩に言われた台詞も、夕べのアレも。三回のプロポーズ全部が全部、『ずっと一緒にいてくれ』なんだもの。 今度言う時は、もちょっとバリエーション考えてよね」 あたしの台詞に、ようやく気がついたらしい。ガウリイは、ゆっくりと目を見張った。 「思い出した……のか?」 「まだ疑うの?」 おどけて両腕を広げてみせたら、ガウリイも笑ってあたしを抱き寄せた。 「ねえ」 「ん〜?」 礼拝堂の階段に、並んで腰掛けながら。 あたしとガウリイは、見事に晴れ渡った空を、ぼんやりと眺めていた。 「あたしの記憶がなかった間、よくこの礼拝堂に来てたでしょ。どうして?」 背中の礼拝堂を目で指しながら問うと、ガウリイは驚いたようにあたしを振り返った。 「知ってたのか」 「知らないとでも?」 にやりと笑ってやると、ガウリイは困ったような顔をした。ゆらゆらと、視線が逃げるように空に向かう。 「う〜ん……何て言うかなぁ。ここに来ると、落ち着いて色んなことを考えられたから」 「考える? ガウリイが!?」 「あのなぁ」 いつも通りの茶々に、ガウリイは苦笑した。 「考えることが沢山あったからな、あの時は。 これからどうしたらいいのか、とか、子供のことをどう言ったらいいのか、とか――色々。そういうことが四六時中、頭の中で回ってた。 だけど、ここに来ると、自然と落ち着くんだ。何があってもオレはリナの傍にいようって、ここに来ると思えた」 ガウリイは遠くを見るような目をする。あたしも、酷く穏やかな気持ちでガウリイを見つめた。 と、そこへ。 「リナさん、ガウリイさん! そろそろ時間が――って、あ〜〜〜〜っ!」 ひょい、と礼拝堂の中から顔を覗かせたアメリアが、派手な悲鳴を上げる。 「またそんな所に座って! ドレスが汚れたらどうするんですか!」 「あはは。ごめんごめん」 笑って誤魔化しながら、あたしは立ち上がってドレスの裾を払う。真っ白なそれは、汚れなど微塵も見せずにふんわりと広がった。 あの日――あたし達が結婚する筈だったあの日を思い出させるような、良い天気。けれど、あの時のあたしには、この空を見る余裕があっただろうか? 「さあ、ガウリイさんは先に入って下さい。新婦を迎える準備をしなきゃ」 「分かった」 呼びかけに頷いて、ガウリイも立ち上がる。忙しなく中へと消えたアメリアを追って、歩き出す彼に。 「ガウリイ」 後ろから、声をかける。振り返る彼に、キスを。 「今度は、ちゃんと約束するわ。 一生、あんたの面倒を見ることを誓いますってね」 「……ああ」 微笑んで、ガウリイは再度あたしを引き寄せた。 今度こそ。 誰でもない、彼に誓おう。 先の見えないこれからの時間を、彼と共に過ごすことを。 今まで起こったことも、これから起こることも、それに対する不安も恐怖も、全部を抱えたまま。それでもガウリイと歩いていくことを。 あたしは一人じゃない。守るべき家族も、大切にしたい人も、手の届く距離にいる。 それだけで、あたしは強くなれる。 だから。 あんたが安心して生まれてこられるように、今日はちゃんとガウリイに答えるからね。 今はあたしの中で眠る彼女に、心の中だけで語りかけ。 あたしは、礼拝堂の扉の内へと、新しい一歩を踏み出した。
End. |