Promise you

-7-

作:翠さん


『病める時も、健やかなる時も、か』
 ぽつりと呟く、声。
『嘘っぽいわね、何だか。
 永遠なんて、誰にも約束出来ないのに』
 告げる調子は明るい。しかし、裏側に皮肉めいた響きも含んでいた。
『あたしは、そんな不確かな約束、出来ないわ……』
『別にいいんじゃないか? 不確かでも』
 女の声に、男が答える。
『先のことなんて誰にも分からないんだし。
 約束って、そんなもんだろう? 何があるか分からない先の時間を、どうにか相手に差し出したいと思って、約束するんだ。
 大事なのは、その時の気持ちだよ。その約束を何が何でも叶えてやろう、っていう気持ち』
 応える声に、迷いはなかった。
『オレは、お前さんとの約束だったら、どんなことでも叶えたいって思ってるぞ?
 だから。
 約束してくれ、リナ――ずっと、永遠にオレと一緒にいるって』




『――いるんでしょう? 出てきて』
 あたしの呼びかけに、彼女はあっさりと応じた。白い靄に覆われた世界に、鮮やかな色彩の少女が現れる。
 彼女は微かに微笑んだ。その眼差しには、あたしへの哀れみが含まれている。
『まだ、引き返せるわ』
 彼女は言う。
『また、自由を返してあげる。
 あの人のことを忘れたら、貴方は望みどおり、自由になれるんだから。
 全部忘れて、自由になって』
『勝手なこと言わないで』
 返す言葉の怒気は抑えず。あたしは少女を睨みすえた。
『あんたなのね? あたしの記憶を奪ったのは』
 少女は何も答えなかった。しかし、否定もしない。それを返答と受け取って、あたしは声を荒らげる。
『答えて! それを望んだのは、誰なの。ガウリイなの?
 ガウリイがそう望んだから、あんたが――』
『それは、貴方』
 少女はさらりと栗色の髪を揺らした。
『彼でも、私でもない。貴方が望んだの』
『でも……だって!』
 あたしは絶叫していた。目の前の、あたしに良く似た少女に向かって。
『あんたは、あたしじゃないの――!』
 少女はふわりと笑っただけだった。











 何度も味わった重苦しさと共に、あたしは目を開けた。
 柔らかな月の光。それに浮かび上がる白い天井、白い壁。明かりこそ乏しいが、初めて目覚めた時が再現されているように思えた。その時を思い出し、ゆっくりと首を巡らせる。と、やはり同じ場所に、彼がいた。
「……ガウリイ……」
 ガウリイは答えるように微笑んだ。
「心配しなくていい。身体は何ともないってことだから。
 ……気分は?」
 ゆるゆると首を振る。柔らかくあたしの髪を梳く彼の手に、頬を摺り寄せて。
「どうして、言ってくれなかったの? ……結婚のこと」
 尋ねると、ガウリイは僅かに反応した。髪を撫でていた手が止まる。
「思い出した……のか?」
「ううん。
 けど、見たの。礼拝堂にあった、聖書」
「ああ……アメリアの」
 こくん、と頷く。
「ガウリイ、あたしを礼拝堂に近づけないようにしてたよね。それは、あれを見られたくなかったからなの?」
 じっとガウリイを見つめて、問う。
「結婚のことを、思い出させたくなかったから――?」
「違う、リナ。そうじゃない」
「でも、さっきは――」
 『リナには昔のことを教える気もないし、教える必要もないと思ってる』――ガウリイは言った。これは、ガウリイ自身が、あたしに何も思い出させたくなかったからではないのだろうか?
 言葉を途切れさせたあたしに、ガウリイは申し訳なさそうな顔をした。
「すまん、不安にさせたな。オレの言い方が悪かった」
 頭を深く下げるガウリイ。
「アメリアにも叱られたよ。『あんな言い方酷すぎる』って。
 でも、オレが『記憶なんて関係ない』って言ったのは、リナのことがどうでもいいから、とか、記憶を取り戻させたくなかったから、とかいうわけじゃないんだ」
「じゃあ、どうして――?」
 思わず身を起こしかけたあたしを、しかしガウリイは止めなかった。代わりに、あたしの肩を支えるように手を廻してくれる。どきりと緊張を走らせたあたしを落ち着かせるように、彼はあたしの肩を撫でた。
「リナは、愛情って何処から来ると思う?」
「え……」
 唐突に問われて、あたしは言葉に詰まる。そんなあたしに、ガウリイは笑った。
「いきなり言われても困るよな。
 ――オレはさ、リナ。愛情ってのは時間の積み重ねだと思うんだよ」
「時間?」
「そう。一緒にいる時間が長ければ長いだけ、愛情ってのは深まるもんだと思ってる」
 言うガウリイの口調には、確固たる響きがあった。
「例えば、だ。オレが事故に遭って、顔が変わっちまったとするだろ? お前さん、どうする」
「どうって」
 話が見えない。あたしの困惑を見て取ったのか、ガウリイは更に加えた。
「だからさ、目が潰れて、鼻なんかひん曲がっちまって。二目と見られないような、酷い顔になっちまったらさ。お前さん、今と同じに話したり、こうして触れさせたりしてくれるか?」
「ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! あんたはあんたでしょ!? だったら何も――」
 変わらない、と言いかけて、ガウリイのあんまり嬉しそうな顔に気付いて、あたしは口を噤む。
「そうだよな。オレはオレだよな。
 じゃあ、事故のせいで性格まで変わっちまったら? 卑屈になって、部屋に閉じこもったきり出てこなくなったら。どうする」
「ンなの決まってるでしょ。外に引きずり出して、根性叩き直してやるわよ」
 即座に言ったら、ガウリイは吹き出した。
「お前さんらしいなぁ。
 まあでも、そうだよな。顔とか性格が変わったからって、いきなり嫌いになるなんてこと、ないよな? それってさ、オレと過ごしたこの何日かの間に、少しはオレのこと、好きになってくれたからだよな?」
「す、好きって」
「少なくとも嫌われてはいないと思ってるんだけど。違うか?」
 そう言われると否定できない。躊躇いながらも頷くと、わしわしと頭をかき回される。
「良かった。
 ……とまあ、例えが長くなったけどさ。相手の何かが変わっちまっても、一度好きになった相手のことは、やっぱり好きでいられるもんだと思わないか?
 顔が変わっても、性格が変わっても、……記憶がなくなっても」
 どきりとしてガウリイを仰ぐと、しかしガウリイは、いつもと変わらぬ笑みを浮かべていた。
「リナがオレのことを覚えてないって分かった時、思ったんだ。
 例えリナが覚えてなくても、オレがちゃんと覚えてる。リナと過ごした時間も、リナが通ってきた道も、何もかも。
 だから、リナの記憶がなくても構わない。オレは、オレがリナのことを好きだってことさえ分かってれば、それでいいって――」
 ――この人は。
 あたしは何も言えなくなって、ガウリイの胸に顔を埋めた。ガウリイは、そんなあたしを柔らかく包んでくれる。
 夢の中の温もりが、またあたしに返ってきたようだった。
「でも、それで却って不安にさせちまってたんだな。悪かったと思ってる」
 あたしの髪を撫でながら、ガウリイは囁く。
「あたしは……あたしは、ガウリイが、何もなかったことにしたいのかと思ってた。今まで一緒に旅したことも、結婚のことも」
「そうか」
「あたしはガウリイがどんな人で、どうしてあたしに優しくしてくれるのか知りたかったの。
 だけどガウリイが何も話してくれないから、不安になって、それで――」
 段々と小さくなる言葉を、ガウリイはちゃんと聞いていてくれた。抱き込んだあたしの頭に、ガウリイの額がこつん、と当たる。
「ごめんな。
 ただ――オレも迷ってたんだ。全部を思い出すことで、お前さんがまた苦しむんじゃないかと思ったから」
「あたしが……?」
「話すよ。オレが知ってることは、全部」
 ぽつり、ぽつりと。
 ガウリイは話し始めた。





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