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あれから。 何度か、庭の奥へと姿を消すガウリイを見た。 注意深く探っていれば、すぐに分かった。 夜だけではない。早朝や、時には昼間だって姿を消すことがある。僅かな時間の合間を縫っては、その小道を通っていることは想像に難くなかった。 別に、ガウリイが何をしようとも、あたしには関係ない。関係はないのだが―― ガウリイが以前、『何もないから』と急き立てるようにあたしを遠ざけたあの場所が、あたしにはずっと、気になっていた。 「ガウリイ!」 思い切って彼に声をかけたのは、ガウリイの行動に気付いてから、三日程経った後だった。程良い気温と、爽やかな風の吹く午後のことである。 「リナ」 ガウリイは、今当に庭へと踏み出そうとしていた足を止め、吃驚したようにあたしを振り返った。 「どうしたんだ。ゼルと一緒だったんじゃ――」 「ちょっと気が変わったのよ。それとも、邪魔?」 にっこりと笑ってやる。答えが分かりきっていたからだ。 「いや――。なら、行こうか」 予想通り、ガウリイは柔らかな笑みと共にあたしを庭へと誘った。 「ねえ。あたしとガウリイは、一緒に旅をしていたんでしょ? いつから一緒だったの?」 中庭は、花の盛りを迎えていた。 甘い香りの満ちた庭を、そぞろ歩きながら。頃合を見計らって尋ねると、ガウリイは吃驚したような顔をした。 「どうしたんだ、急に」 「アメリアに聞いたの。ガウリイとあたし、何年も一緒に旅してたって聞いたわ。 ねえ、教えてよ。いつから一緒だったの?」 「……さあ、どうだったかな。よく覚えてないんだ」 苦笑に近い笑みを浮かべて、ガウリイは空を見上げた。 ガウリイはゆっくりと歩く。あたしの歩くペースよりも、もっとゆっくりと。 おそらくは、あたしを気遣ってのことなのだろう。分かっているから、あたしも彼のペースに合わせる。 「このセイルーンでも、何か事件を解決したって聞いたわ。 王宮から依頼を受けるなんて、凄いのね。ガウリイ、そんなに剣の腕が良いんだ?」 「いや、あれはオレじゃなくて、リナが――」 「あたし?」 聞き返すと、ガウリイはふっと黙ってしまった。 「……いや、何でもない。大したことじゃない」 言ったきり、口を閉ざす。 やはり、とあたしは落胆した。ガウリイは過去を話さない。まるで、あたしをそこから遠ざけようとするかのように。 何故だか、それが重苦しかった。少し前までは、過去に拘らない彼の傍が、あれほど心地よかったというのに。 あたしはそれ以上の詮索を諦めて、庭を見渡した。 木々の茂った庭は、迷路のようだ。手入れはされているが、道を外れると迷いそうなほど入り組んでいる。 今、二人で辿っている道は、あたしも通い慣れた場所だった。ここを曲がれば、噴水が見えてくる。そして、噴水の先を右へと逸れれば。 「リナ」 迷わずそちらへ向かおうとしたあたしを、ガウリイが止めた。 「こっちだ。ここから左へ行く方が、お前さんの部屋に近い」 自然な仕草で言う彼に、あたしは微笑みかける。 「どうして? まだいいじゃない。天気も良いし、風だってこんなに気持ち良いのに」 「しかし――」 「身体に障るから? それとも」 言葉を切って、木々に隠された小道を指す。 「あの道の向こうに、行かせたくないから?」 ガウリイが、小さく息を呑んだ。その表情を見ただけで、分かってしまった。 「……そうなんだね」 ざあっと、風が草木を薙いだ。 分かってしまった。 この道の先に、何かがあるのだ。ガウリイにとって触れて欲しくない、過去のあたしとの何かが。 そして今、ガウリイはあたしを、その場所から必死に遠ざけようとしている。 「ガウリイは、あたしに何を隠してるの?」 「…………」 ガウリイは答えない。いつものように、柔らかな視線でこちらを見ることもない。 「あたし、前に言ったよね。 ガウリイの傍は居心地が良いって。ガウリイは、昔のことが何も分からないあたしを見て、悲しそうな顔をしないからって」 『オレで良かったら』 ガウリイは言った。自分で良ければ、いくらでも付き合うから、と。 それはガウリイの優しさなのだと、あたしは信じていた。 けれど。 「ガウリイがあたしに優しいのは、記憶の有る無しなんて関係なく、今のあたしを見てくれてるからだと思ってた。 けど、違ったんだね。ガウリイは、あたしに何も思い出してほしくなかっただけなんだ」 「リナ!」 ガウリイが、初めて顔を上げた。 「リナ、それは違う! オレは――」 「もういい!」 伸ばされかけた手を、振り払う。 「もう、いいよ……何も聞きたくない」 思い出したい、と。 あの夢の人がガウリイなのかを知りたいと、今までは思っていた。けれど。 例えそうだったとしても、何になると言うのだろう? 当のガウリイが、その過去を消したがっているというのに。 あたしはガウリイに背を向ける。そのまま足を、噴水の左手に続く道へと向けた。 そこに留まったまま動かないガウリイに、告げる。 「安心して。あんたが何を思い出してほしくないのか知らないけど……今のところ、何も思い出したりできそうにないから。 あたしも、もう思い出したいとも思わないし」 今度こそ、あたしはガウリイに背を向けた。ガウリイが追ってくる気配は、とうとうなかった。 『ねえ、ちょっと。どこへ連れて行くの?』 手を引かれて、歩く。 あたしを導く人の顔は逆光で見えない。ざわざわと左右を通り過ぎていく木々。枝にはまだ蕾のままの花がついている。 『いいから。こっち』 『もう、何なのよ』 笑みを含んだ会話がこそばゆい。 足元のレンガの道は、木々の奥へと続いている。辿っていく内に、唐突に視界が開けた。 真っ白な光に包まれて、一瞬目が眩み―― 『本当に見たいの?』 不意に、景色が消えた。代わりに、白い闇の中、問う声だけが響く。例の少女のものだ。 彼女はくすくす笑いを納めないまま、あたしに告げる。 『見たら戻れないのに』 『――誰なの? あんた』 初めて、あたしは彼女に尋ねた。 すると、笑う声は一層大きくなる。 『私は私。貴方の望みを叶える者。 ――だって、私は貴方だから』 初めて、闇が晴れた。 まるで霧が引くように、視界がクリアになる。相手の姿が、あたしの眼前に晒された。 声の主と相対して、あたしは悲鳴を飲み込む。 年に似合わぬ笑みを浮かべたその少女に、あたしは見覚えがあったから。 |