Promise you

-4-

作:翠さん


 ……はぁ。
 気持ち良いほど晴れ渡った空の下、しかしあたしは沈んでいた。
 いつもの庭の片隅、据えられたベンチの上で、あたしはごろりと横になる。瞼を閉じると、ぽかぽかのお日様が頬を暖めるのが感じられた。
 とうとう寝不足が身体に堪え始めたらしい。先程までいつも通り図書室にいたのだが、欠伸ばかりが出て、内容がちっとも頭に入らない。それで、息抜きに外へと出てきたのだ。
 ぴーちく、ぱーちく。頭の上を鳥が飛んでいく。
 その鳴き声を、何となく耳で追いながら、あたしは例の夢のことを考えていた。
 掠めるように過ぎていく、数々の光景。あれが何なのか、あたしには想像がついていた。
 あれはおそらく、あたしの見てきた過去。それが、断片的に夢に現れているのではないだろうか。
 だとしたら。
 あの温もりを――この上もなく温かな幸せをくれた人が、実在する――?
 思い出そうとしてみる。男の人だということくらいしか分からない。夢の中の声は、酷くくぐもって聞きづらかったから。姿も、ぼんやりと霞んで見えなかった。
 もっと映像を鮮明にしようと神経を研ぎ澄ますほど、その像は遠く、遠く――。

「リナ」

 唐突に声をかけられて、あたしはハッと目を開いた。
 目を閉じる前まで見えていた空を遮るように、あたしを覗き込む顔が一つ。ガウリイだ。
「ガウリイ。どうしたの、こんなとこで」
「そりゃこっちの台詞だ。女の子がこんなとこで寝て――風邪引くぞ」
「平気だってば」
 あたしは苦笑する。ガウリイは何も言わず、あたしの頭側に腰掛けた。
「……身体、辛いんじゃないのか。大丈夫か?」
「どうしてそう、あんたってあたしの身体ばっかり心配するのよ。あたし、どっちかって言うと、身体よりも頭の方が重症なんだけど?」
「うん……でもさ、この二・三日、あんまり調子良くなさそうだったから」
 ガウリイは言って、本当に心配そうな顔をしてあたしを見る。あたしは彼の過保護さに呆れながら、しかしどうにか安心させようと言葉を探した。
「大丈夫よ、本当に。ちょっと寝不足なだけなの。暫くこうしてたら、疲れも取れるわ」
「そっか」
 ガウリイはにっこりと笑った。それにつられて、あたしも笑う。
 起き上がろうとしたら、大きな手に止められた。
「いいから、寝ちまえ」
「女の子がこんなとこで寝てたらダメなんじゃなかったの?」
「いいよ、オレがここにいるんだから。風邪引く前に起こすさ」
「あ、そ。じゃあ頼むわ。も、本当に眠くて……」
 あふ、と大きな欠伸が出た。大人しく欲求に従って、目を閉じる。
 そうしてまた、鳥の囀りと葉ずれの音だけが耳に届くようになった頃。
 ふわり。
 遠くなりかけた意識に、触れてくるものがあった。
 ガウリイの手だ。目を閉じていても分かる。彼は、あたしの髪をくしゃりと掻き回す癖があった。今も、同じように髪を撫で付けているのだ。
 その手があんまり温かくて、あたしはほぅっと溜息をついた。
 ――ああ。
 蘇る。あの夢の温もり。
 そのまま眠ってしまうのが勿体無くて、あたしは夢と現の間を彷徨う。



 考えたことがなかったわけじゃない。
 ひょっとしたら、この人なんじゃないか、と。
 あたしにこの上もない安らぎを与えてくれていた、あの人。それはガウリイなんじゃないかって。
 ぼんやりとだけど、思っていた。
 ――そして、そうだったら、という希望も。



 やがてガウリイは、あたしをそうっと抱きかかえると、ゆったりとした足取りで歩き始めた。
 微かな振動が、一定のリズムであたしを揺する。ブーツが廊下を渡る音が遠く聞こえた。
 暫く、そのまま運ばれて。やがて振動が止まる。がちゃりとノブが回る金属音。
 下ろされた先は、柔らかなベッドの上だった。身体に廻されていた腕が離れていくのが分かって、思わず薄く目を開けた。
「……ガウ、リ……?」
 ぼやけた視界の先で、ガウリイが薄く笑った。慈しむような仕草で前髪を払われ、思わずまた目を閉じる。
 額に柔らかな感触が掠めたのは、その一瞬後のことだった。
「おやすみ、リナ」
 その声を最後に、あたしは本当に意識を手放した。

 思い出したい。
 彼が誰なのか。夢の人なのか、そうじゃないのか。

 ――そう、強く願いながら。











 夢の中には、やはりあの温かさが満ちていた。

『――何を、考えてる?』
『何も?』
『嘘つけ。何か悩んでますって、顔に書いてあるぞ』
『何でもお見通しね、あんたは』
『お前さんのことなら、大概はな。
 何を考えてるんだか知らんが、やめとけやめとけ。あんまり考え過ぎると、禿げるし眉間に皺寄るし、いいことないぞ』
『能天気なこと言ってくれちゃうわね!
 あたしがどんだけ真剣に悩んでるかなんて、知らないくせに』
『……知ってるよ』

 声は、一瞬の後に低くなった。

『知ってるよ。それくらい』




『ダメだって言ってるのに』
 また、声が掻き消えた。同時に、それまであたしを包んでいた温かさも消える。
 代わりに別の声が滑り込んでくる。高く細い、少女の声。
『私、貴方のために言ってるのよ?』
 ――あたしのため?
 だったら、返して。あたしに今の温もりを返して。
 一人でいることが寒くて、あたしは声に訴える。すると、彼女はくすりと笑みを漏らした。
『返して欲しいの? どうして?』
 あたしの夢を取り上げたまま、愉悦を滲ませる。
『自由になりたいって言ったのは、貴方じゃない』











 ぱち、と唐突に目が覚めた。
 周りが暗いことに、驚きを覚える。暗闇にやっと目が慣れてくると、そこが自分の部屋だと分かる。
 ちょっとお昼寝するつもりが、いつの間にか夜になってしまったようだ。本当に良く眠っていたのだろう。時間の感覚が狂っている。
 喉の渇きを思い出して、枕もとの水差しに手を伸ばした。グラス一杯を一気に飲み干し、二杯目を注ごうとして。
 自然と窓の外に目が行き、水を飲もうとしていた手が止まった。
 見慣れた金髪が、庭を横切って行くのが見えた。
 僅かな明かりだけが灯されたそこを、迷うことなく歩いていく。さほども進まない内に、その背中は木々の間に消えた。
 それは以前、ガウリイが何もないと言った、あの小道の向こうだった。






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