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「あたし、ガウリイってよく分かんないわ」 「はあ?」 ぽつりと漏らした言葉に、アメリアは首を傾げた。 今日のお茶の時間を、このテラスで過ごすと決めたアメリアの判断は間違っていなかった。庭に面したテラスは南側を向いていて、最高に日当たりが良い。気分転換には当に打って付けの場所だ。 アメリアは、まずあたしのカップに、それから自分のカップに香茶を継ぎ足す。そうして、おしゃべりできる時間をしっかり確保してから、改めて尋ねてきた。 「よく分からない……って、どの辺がですか」 「ん〜〜、どの辺ってもんでもないんだけど」 熱い香茶を啜りながら、あたしは溜息一つ。 「何考えてるか分からないとゆーか、何したいのか分からないとゆーか」 実際、ガウリイの行動は予測できない。 『記憶なんて無理に思い出さなくていい』なんて放任主義なことを言う割に、やれ『走るな』だの 『暴れるな』だの、煩いくらいに過保護で心配性で。 正直、あたしは彼との距離を測りかねている。 都合がいいことに、今、この場にはアメリアしかいない。ゼルガディスはお茶を一杯飲んだだけで書庫に戻ってしまったし、ガウリイはビスケットのおかわりを厨房まで取りに行っている最中。暫くは戻ってこないだろう。 アメリアはう〜ん、と考え込んで、 「まあ、元々が本能と勘だけで行動してる方ですから、分かろうとする方が難しいのかもしれませんけど」 あんまりなことを言う。 「何かあったんですか、ガウリイさんと」 「何かって?」 「何か言われた、とか。記憶をなくす以前のこととか……」 「ああ、そーゆーのはないわ。彼、昔の話を口にしたこと、一度も無いもの」 ぱたぱたと手を左右に振って、言う。 実際、おかしな話だと思うのだ。普通、知り合いが記憶をなくしたら、忘れられた当人は、それを思い出させようとするもんじゃないだろうか? まして、聞いたところによれば、ガウリイはあたしの旅の相棒だったという。それなのに彼は、昔の話も、自分のことすら詳しく話そうとしない。彼と旅していたことだって、アメリアから聞いて知ったのだ。アメリアやゼルガディスとずっと旅をしていた、と言われた方がよっぽど納得できただろう。それくらい、ガウリイは過去に対して淡白だった。 一度、ガウリイに聞いてみたことがある。昔のことを何も話そうとしないのは、何故なのかと。 すると、ガウリイは事も無げに言った。 『だって、昔のことなんて関係ないだろ?』 にこやかに笑って。 『リナはリナなんだから』 その時は、ガウリイの言葉が嬉しかった。記憶の無いあたしでも、ちゃんと認めてくれるんだと思ったから。 体よく誤魔化されたのかもしれない、と思いついたのは、暫く後のことだった。 「あの人、思い出してほしくないんじゃないかな」 「え!?」 「そうじゃなかったら、あたしのことに興味ないとか」 思い付きを言ったら、アメリアが眉を顰めた。 「そんなことはありません! ガウリイさんは、いつだってリナさんのことを一番に考えてるんですから!」 「そう? そんな風には見えないんだけど。 まあ、えらく身体のことを心配してくれてるってのは分かるけどさ〜」 「リナさん!」 へらへらと笑ったら、今度は本気で叱られた。あたしは面白くなくて、唇を尖らせる。 「だって、本当に何も言ってくれないのよ、あの人。仕方ないじゃない? ねえ教えてよ。ガウリイって、あたしが記憶を失くす前はどんなだった? やっぱりあんなに過保護だった? それに、どうしてあんなに身体のこと心配するの。急に倒れたって言うし――あたしって病弱だったりした?」 興味津々で尋ねたが。 「リナさんが、ガウリイさんのことを思い出して下されば分かります」 アメリアはきっぱりと言った。 いつもこうだ。 ゼルガディスもアメリアも、こうやって肝心なことを尋ねる時、返してくる答えは決まって一つ。 『思い出せば分かる』 それだけだった。 「ねえ、リナさん」 アメリアはティーカップを置き真っ直ぐにあたしを見つめてきた。陶器のカップがかちゃり、と小さく音を立てる。 「私達のことはいいんです。ガウリイさんを……ガウリイさんのことを、早く思い出してあげて下さい」 「あんたも、ゼルと同じことを言うのね」 「それは、ゼルガディスさんが私と同じ気持ちだからだと思います」 瞳を伏せ、アメリアは続ける。 「私達が協力しているのは、勿論、リナさんが私達にとって大切な仲間だからですけど。 それ以上に、ガウリイさんとリナさんに、元の通りになって欲しいからなんです。それが、お二人にとって一番の幸せだと思うから」 「…………」 「幸せになって欲しいんです。お二人には」 『ねえ、幸せ?』 ああ、まただ。 またあの夢。水鏡を通したような不鮮明な音声と、柔らかな光が渦巻く。 『ああ。お前さんは?』 迷いなく返ってきた答えとは裏腹に、次の声は逡巡を含んでいた。 『……どうかな』 『おいおい〜』 『ふふ、冗談よ。 幸せよ、あたしも。幸せ過ぎて……怖いくらい』 声の主の言葉は本当だった。不思議に、彼女の気持ちが分かった。 夢の中、本当に誰かに包まれているような温もりを感じた。一人じゃない。それだけで、幸せ過ぎて涙が零れた。 ずっとこのまま、こうしていられたら。 他に何もいらないと思った。この温もりに溺れて、二度と目覚めなくていいとさえも。 なのに。 『また来ちゃったの?』 別の、今までよりはずっと鮮明な声が、突然割り込んできた。同時に、それまでの夢が急に遠ざかる。 『これ以上は、ダメ』 するん、と誰かが目の前を横切った。鮮やかな栗色の髪が、その後を追って消えた。 「――――あ」 目を開けると、視界が霞んでいた。 目元に手を当てて、自分が本当に涙を流していたことに気付く。 もう一度目を閉じてしまいたかった。あの温もりに包まれて、ずっと眠っていたかった。 また、同じ夢を見ていたのだ。分かったのはそれだけだった。 どうもあの夢は、自分の気分を沈ませる。夢を見ている間はもっとその中にいたいと思わせるのに、目が覚めた途端にやるせない気分になるのだ。今日の夢は、特に。 ベッドに横たわったまま、また溢れそうになる涙を必死に堪え。 やがてガウリイがあたしを起こしに来るまで、あたしは切ないまどろみを味わっていた。 |