陰陽師・土御門有輝

第49話:悲恋の歌姫


作:千菊丸さん
それは、3年前の夏のこと。
伊豆の邸に、京に勤める貴族が、避暑のために訪れていた。
貴族には、娘がいた。
名は、由嘉里(ゆかり)。
箏と琵琶の名手で、透き通るような歌声を持っていた。
そして美女であり、巷の男達は、由嘉里の心を誰が落とすか、賭をしていた。

由嘉里にアプローチを駈けたのは、賭に加わっていた貴族だった。その貴族は、伊豆の漁村を治めていた。
貴族は、由嘉里に文を書き、熱心にアタックを繰り返していた。
由嘉里は心を動かされ、2人は深い仲となっていった。関係を持つのも、時間の問題だった。
だが、貴族には妻子があった。正妻は天皇家の血筋を組む者であった。一方の由嘉里は、父親が貴族で京で勤めているものの、宮廷内ではあまり権力を持っていなかった。

野心家な貴族はそのことを知ると、由嘉里のことに見向きもしなかった。
由嘉里はやがて、貴族の子を妊娠した。
だが、貴族が自分を落とせるかどうかの賭をしていたことを知ると、由嘉里は貴族の館に乗り込み、正妻と幼い3人の子をメッタ刺しにして殺し、村の井戸の傍で自らの腹を裂いて子を取り出した後、その身を井戸に投げた。

清らかな心を持った歌姫は、一瞬にして夜叉と変わり、死した後も貴族を呪い、井戸で貴族に復讐する機会を待っていた。
井戸の水が濁ったのは、弄ばれ夜叉となり、非業の死を遂げた由嘉里の思いだったのだ。

有輝は由嘉里の残留思念から、彼女の悲恋を聞いた。

「あなたは苦しんだ・・人を殺めたけれども、あなたはここで苦しまなくてもいい・・安らかに、成仏しなさい。」
有輝はそう言うと、井戸に向かって呪文を唱えた。
すると井戸の中から、白い光をまとった、女が出てきた。
由嘉里だ。
『わたくしは・・本気だったのに・・』
無念の涙を流す由嘉里。
有輝は、貴族の館に向かった。

「井戸はどうだ?あれからどうなっておる?」
「失礼ですが、由嘉里という娘をご存知ですか?」
貴族の顔が青ざめた。
「彼女は、あなたに言いたいことがあるようです。」
有輝がそう言うと同時に、由嘉里が現れた。

「ゆ、由嘉里・・お前は死んだはず・・」
由嘉里は手に太刀を持っていた。
「許してくれ・・許してくれぇ!」
『許さぬ・・よくも弄んでくれたな・・』
館に、悲鳴が響いた。
有輝は館を振り向かずに、去っていった。

あれから数日経ち、井戸の水は元通りになった。
貴族は館で、腹を裂かれ殺されていたという。

有輝はまた、過酷な労働に耐えていた。
夜、眠っていると、枕元に人の気配がした。
有輝が起きると、そこには由嘉里が立っていた。

由嘉里は優しい笑みを浮かばせていた。
『お礼を、言いに参りました。』
そう言った由嘉里の表情は穏やかだった。
「礼などいいのですよ。私はあなたをあの井戸から解放したかったのです。苦しかったでしょう・・」
『私の苦しみは終わりました。ようやく成仏できます。あなた様のお陰です。』
「来世で、幸せになりなさい。」
『ありがとうございます、ありがとうございます・・』
由嘉里は何度も有輝に礼を言うと、消えていった。

井戸の件で、有輝は一躍、その名が村で有名となった。
「あれだよ、あれが土御門有匡の嫡子だよ。」
「あの土御門有匡の・・何故こんな辺鄙なところに?」
「それがな・・」

有輝が有匡の嫡子であることと、伊豆の辺鄙な村に来たいきさつが、たちまち村中に広がっていった。
有輝はそんなことも知らなかった。








非業の死を遂げた歌姫・由嘉里。
悲しい出来事ですね。
身勝手な男に振り回されてた女の末路・・由嘉里は自分を弄んだ男を殺して成仏しましたが。

有輝君のことが村の噂となる。
宮中に戻る日は、間近かもしれません。

Novel&Message by 千菊丸さん


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