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――ヒトそれぞれ、似合うモノと似合わないモノがある。 単に、趣味が悪い――と言えばそれまでだが、中には理屈ではなく体が拒否反応を示すモノも、ある。 例えば……フィルさんの白馬の王子様スタイルとか――革表紙の分厚い本を広げるガウリイ、とか――。 「ど、どーしたのよ、それ!?」 魔法道具屋でちょっとした商取引をすませたあたしは、似合わない事をするガウリイを目撃してしまった。自分の目で見たモノが、にわかには信じがたい。 彼は、退屈だからとか言って外で待っていたのだが…拾い食いならぬ、拾い読みをしてたなんて! 拾い食いならわかるけど! って、ちょっと言い過ぎ! ん? とガウリイが顔を上げ、あたしを見る。 「どうした?」 声はのんびり。フツーの調子である。 「どうしたって、あの、だから。それ、どうしたのかって聞いてるんだけど?」 「通り掛かりの女の子に貰ったんだ。願い事が叶う本だってさ」 と、にこやかに言い放つ。 「…………よ、よかったわね、ガウリイ。じゃあ、とりあえず…宿に戻りましょうか」 「……お前さん、本気にしてないだろ……」 「そんな事ないわよ。うん。だいじょーぶ」 我ながら、なにが大丈夫なのかわかんないけど。 「そーか。それなら…」 言って、ペン――それは細い革紐で本と繋がっていた――を持ち、なにやら書き付ける。どーやら、それに書いた事が叶うらしい。ありがちで、安直な発想のアイテムである。考えたヤツは、奇抜でオリジナルな発想ができない人間らしい。 しかしまあ……ガウリイがなにか書いてる姿なんて、珍しい。しばらくぶりに見る姿である。 最初――アトラス・シティへの旅の途中には、宿帳にこの男が名前を書いていたけど。 いつからだろう。あたしが二人分の名前を書くのが自然になったのは。 「これで、よし。宿に帰ろうぜ、リナ」 「え? なに書いたの、ガウリイ?」 「それは――そうだな。すぐ、わかる」 にっと笑って、本を閉じる。それを小脇に抱えると、スタスタと歩き出した。 ……うーみゅ。願い事が叶う、なんて本気で信じないけど。なにを書いたのかは、やっぱし気になる! 荷物を置いた宿に戻ると、無人の丸テーブル四つに、はみ出しそうなくらい乗った料理が出迎えてくれた。 「なによ、これ?」 誰にともなく、呟く。 なんだか、さっきからわけがわからず聞いてばかりいるような気がする。 対してガウリイは、上機嫌である。 「おっ。やっぱりな」 「やっぱりって、まさか」 「すぐわかるっていっただろ?」 彼の願い事って――これ? だとしたら、これ以上ないほど、らしいってゆーか、単純ってゆーか……。 「おかえりなさい」 宿の女将さんが厨房から出てくる。 にっこり微笑んでいるが、少し疲れた、そして途方にくれた笑顔である。 「この料理…ね。片づけてくれる人、いないかしらねえ」 「え?」 「毎年この日には――」 女将さんが、どこか遠くを見るような目つきになる。 「リビレア神学校の生徒さん達が巡礼の旅の途中、ここに一泊するのよ」 「はあ」 その神学校の名前もどこにあるかも知らないけど、一応相槌を打っておく。 「こうやって用意して待ってたのに、道中で崖が崩れて到着が遅れるって……今さら連絡入ってもねえ……。 ご近所さんを呼んでこようかしら。それにしても……損害は避けられないけれど……。お客さん達も料理片づけてくださいね。腐らせてもいけないから」 力なく肩を落とし、入り口から出て行く女将さん。ご近所さんを呼んでくるようである。 「なんか……気の毒よね」 傍らを見上げる。しかし、そこにいた筈のガウリイはさっさと席に着いていた。 「あんたねー」 「残したり腐らせたりする方が気の毒だろ」 「うーん。そりゃ…そうだけど。一体、なんて書いたのよ」 席に着いてフォークを取るところを、あたしは本を取り上げ、ページを繰る。 ぱりぱりの粗悪な紙で、繰っても繰っても灰色っぽく染まっているばかりで文字はなかなか見あたらない。 やっと最後の方になって、かろうじて『食べ放題』の文字だけが読みとれた。 願いが叶ったと言っても、偶然の要素が強い。この宿に泊まらなければ、余った大量の料理とは遭遇しなかっただろうし。それとも、他の宿だったら違う形で叶うんだろーか。 考える目の前で、書かれた文字が消える。 しかし、これくらいで驚いては笑いのタネになる。時間が経つと消えるインク、或いは消える紙。どちらにしても、大した細工ではない。 こほん。ガウリイが咳を一つする。 「食べないのか、リナ?」 なによ、その驚いた顔は? 「お客さんっ。全部半額にしますから、しっかり食べてくださいね!」 戻ってきた女将さんが、開き直った様子であたしの肩をぽんっと叩いた。 目的を果たす為なら、手段は関係ない。 ま、アイテムに人の情やら、立場やらを慮れと言っても、どだい無理な話である。 ガウリイが考えなしに書くのを阻止するのに、本はあたしが預かった。書くだけで願いが叶うなんて、まるっきり信じている訳ではないけど、念の為である。 しかし。 『言』と『動』が一致しない――なーんてのはよくある話で。 鍵をかけて閉じこもった部屋の中で、ページを繰る。 まさかと言う思いと、一抹の――ほんの僅かな期待を込め、あまり害のなさそうな願い事を書き付けて、ぱたり、と閉じる。 「こんなので願いが叶うなんて、ある訳ないわよ」 独り呟いて、服のままベッドに寝そべる。 背伸びをして、天井を見上げる。 木の天井の隅の白っぽく見える箇所は、雨漏りして乾いた後だろうか。 壁を隔てた向こう側――ガウリイのいる部屋にも、そんな跡がついているのかもしれない。 じっと耳をそばだてて、隣の物音を聞く。 あまり動いていないのか、それとも思ったより壁が厚く防音効果が高いのか、動く音がしない。夕方の買い物でちょっぴし待たせ過ぎて疲れてたみたいだから、もう眠ってるのかもしんない。 弾みをつけ、起き上がる。 バンダナを締め直し、ショート・ソードを腰に、闇色のマントを纏い、ショルダー・ガードを肩に――。 定位置に装備する事で、体と心が引き締まり、気合いが入る。 そして、いつもならこそこそと出て行くところを、堂々と窓枠を乗り越え、飛び降りる。 これは、ちょっとした実験なのである。 もしも書いた願いが叶うなら、盗賊いぢめに付いて来ない筈なのである。しかし、別にバレても構わない。今日、どうしても出かけたかった訳ではないし。 着地した裏庭の地面から、ガウリイの部屋の窓を見上げる。 あまりにも静かだったから眠っているのかと思ったのに、窓は開け放たれ、光が漏れていた。明かりをつけたまま眠ってるんだろーか? ……ま、いっか。 肩を軽くすくめて、高速飛行の呪文を唱える。 見上げる夜空は暗い。雲が厚く、星が見えない。月が朧に顔を出すのみ……。 程なく呪文が完成し、あたしの周りで風が渦巻く。 もう一度、念の為に光の漏れる窓を見上げると、そこには黒い影が佇んでいた。 やっぱ、駄目だった…か。別に期待してなかったけど。 術を浮遊に切り替え、ゆっくりと部屋の窓の前に移動する。 戻りますよ、と、言葉よりも態度で示したのである。 ガウリイも、無言である。しかし、何故か非難めいた視線も、呆れたような視線も感じない。 「おやすみなさい」 なにか一言、言わなければならないような気がして、窓枠に手をかけたまま声をかける。 それでも――黙っている。下手な皮肉も、ボケもなしである。 寝ぼけてる? あたしは、ぼんやりと立つガウリイの方へと移動した――。 夜のしじま――もとい、静謐な明け方の空気を邪魔しない程度に、静かに――雨のカーテンが降りている。 闇に乗じて広がった雲が、とうとう重さに耐え切れなくなったようである。 「大人になっても、知恵熱とか出るのね」 寝床から恨めしそうな目つきで見上げてくる、自称保護者さん。 見上げる事はあっても、見上げられる事は少ない。位置関係が逆になっただけで、なんとなくお姉さん的な気持ちになるのが不思議である。 「ねえ、ガウリイ。鬼の霍乱って言葉、知ってる?」 返事の代わりに、ごほごほと咳をする。額に置いた濡れタオルが少しずれた。 思い返してみれば、昨日の夕食前にも咳はしていた。本人も気づいてなかったようだが、既に、風邪に感染していたらしい。 「普段は病原菌とか、ほんっと寄りつかないのにねー」 ちなみに、面白がってる訳ではない。いくらなんでも、病人に鞭打つよーなマネはしない。 看病がてら、ほんのちょっぴしからかっているだけである。 「……リナ」 少し掠れた声で言う。喉が痛そうである。 あたしは、彼の口元に耳を寄せた。 「…あれに、なにか、書いたのか?」 「今夜出かけるのに、あんたが付いて来ないといいな…って」 偶然に、そして突然に寝込まれたもんだから、あたしも出かけられなかったけど。でも、これって願いが叶った内に入るんだろーか。 微妙なところである。 「あたしは信じないけど、風邪が早く治るようにって、書いてもいいわよ?」 「ああ、そうだな」 半分、冗談で言ったのに。 普段、寝込まない人間がこうなると気弱になる、とゆーのは本当らしい。夜の間に上がっていた熱は随分下がったのだが。 急いで部屋に戻り、革表紙の本を持って枕元に戻る。 言った通りに書き付けて顔を上げると、ガウリイと目が合った。 「…あ。自分で書いた方がよかった? いつもあたしが宿帳書くから、なんか癖みたいになってんのよね」 最初は、別々に書いてたのだ。いつからか――いつだったか『書いてくれ』と頼まれた……。 「いや。リナが書いた方が、効く」 「こんなのに魔力なんて関係ないわよ」 「魔力…じゃなくて、魅力だな」 「……なに言ってんの?」 これじゃ、鬼の霍乱じゃなくて、錯乱である。熱が上がったのかもしんない。 顔色を窺いながら額に伸ばした手を、掴まれ引っ張られる。 抗う間もなく、横になっている胸に顔を埋める格好になる。 少し高い体温と、動悸と。汗の匂いがする。 でも、それは――全く不快には感じられなかった。 「惚れてるって言ってるんだぞ…」 掠れた声が言う。 いつからか――二人分の名前を書き出した頃からだったか――この言葉を待っていたような気がする。 「……うん」 あたしは、自然に頷く事ができたのだった。
おわり |