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――虹の根元には、宝物が埋まっているという――。 声を潜めて、しかし得意そうにエレノアさんが言う。 「これは『虹の素』といって、いつでもどんな所でもちょちょいと撒けばあら不思議!! あっという間に虹ができるという薬らしいの。だけど……」 「全く価値がわからない、と…?」 「そうそう、そうなの。困ったものだわねえ」 小首をかしげてくすくす笑う彼女は、十二歳と十歳、二人の子を持つ母親には見えない。下手をすれば独身でも通りそうである。 「ねえ、リナさん。『虹の素』って……なんだか調味料の名前に似てると思わない?」 リストに『虹の素』と書き加えながら、あたしは、思いっきし脱力感を感じていた。 二週間ほど前、とある町の魔法道具屋で、あたしはこの人にスカウトされたのだ。 曰く、 「マジック・アイテムの鑑定、してくれません?」 聞けば、魔道士だったお祖父さんが亡くなって、ガラクタだか貴重だかよく判らない道具類が沢山あって困っているという。親戚には魔道士がおらず、必要ないから売ろうとしているのである。それなら、道具屋に鑑定してもらえばよさそうなもんだけど、まとめて二束三文で買い叩かれるかも……と、主婦の直感が働いたとか。 あたしと道具屋の主人との値段交渉を見て気に入った、とも言われた。 値段交渉――売るモノは出来るだけ高く、買うモノは銅貨一枚でも安く、とゆーのは、商売人の娘であるあたしにとっては、鉄則である。 エレノアさんが口にした依頼料は、それほど高くなかった。しかし、住む人のいなくなったお祖父さんの家に寝泊りできて宿代はタダだし、食事は彼女が作ってくれるワケだし――。 そう、あたしは依頼を引き受けたのだ。おまけに、好きなアイテムを一つ貰うという条件で。 さて、『虹の素』である。 木製の小さな箱の中の、皮袋の中に入っているなんの変哲もない丸薬である。『虹の素』だといわれなければ、そうとは思えない。胃薬とか、頭痛薬とか……飲んだら、とてつもなく苦そーな黒い粒である。しかし、薬ならばあるはずの、薬草臭い匂いがしない。 価値不明――羊皮紙にペンを走らせる。 「これって、ホントに…」 虹なんてできるんだろーか。ちょっと試してみたい気がしないでもない。 ペンを止め、居間の窓から灰色の空を眺める。 ほとんど机の上の仕事で関係ないとはいえ、三日続けて雨降りでは気が滅入ってしまう。部屋の空気もなんだかジメジメして湿っぽいし。 「ね。リナさん」 ティーポットとカップを机の端に置き、エレノアさんがにっこりと邪気のない微笑みを浮かべる。 「彼氏はどうしたの?」 ぶっ あたしは、飲みかけていた香茶を吹き出した。 「あらあら」 「か、彼氏って、そんなんじゃ…」 慌てて、こぼれた香茶を布巾でおさえる。きっと、隠しようがない――顔、赤いだろう。 「あら。だって『彼女』じゃないでしょ? 綺麗な顔立ちしてるけども、どう見ても男じゃないの。 私はねえ、ガウリイさんもお茶に誘ってあげたら、と思っただけよ?」 すまして言う、彼女。 ――もしかして、からかわれてるのかもしんない……。 あたしが『男』と二人だけで家にいるのは心配だとか言う彼女に、一応、関係を説明したのだが、それをどうやら自分の好きなように勝手に解釈したようだ。 ガウリイは、屋根裏部屋にいる。 一人分の香茶とクラッカーを乗せたお盆を持って、あたしは狭い階段を上がった。純粋な親切心でやっているのではない。雁首そろえてお茶なんか飲んだ日には、彼女にからかわれそうだったからである。 普通、魔道士がこっそり研究したりするのは、家の地下か屋根裏と相場が決まっているのだが、彼女のお祖父さんは屋根裏で研究していたようだ。床が抜けるんじゃないかってくらいぎっしりと道具類が転がっているのを見た時、あたしは、立ちくらみを起こしそーになった。 暗いし、狭いし、かび臭い! 下手に動くと物を踏みそうだしっ! 迷わず、作業を居間でする事に決め、アイテムが見分けられないガウリイには、屋根裏に転がっている物を全部、階下へ下ろす役割を振り当てたのである。 「二人で仕事してるから、依頼料二人分よね♪」 と言ったら、エレノアさんが心なしか引きつったような笑顔を見せていたけど。 しかし、単純作業だろーとなんだろーと、仕事は仕事である。(きっぱり) 屋根裏部屋は、この二週間で埃が取り払われ、物がすっかりなくなり、見違えるようになっていた。 書き物机と椅子、そして壁一面の本棚だけが残っている。 ガウリイは換気用の小さな窓を押し開けて、外を眺めていた。 ひんやりとした風が、鼻先をくすぐる。 小さな窓の形に切り取られた、灰色の空。 間断なく落ちてくる、霧のような細い雨。 世界は、静けさに満ちていた。 「よく降るなぁ……」 感心したように、しかし、小さくガウリイが呟く。 「そうね」 あたしも、小さく相槌を打つ。 「お茶の時間、だって」 持ってきたお盆を書き物机の上に乗せ、あたしは壁の棚に向かった。 アイテムの整理を先にしていて、魔道書の類はまだ手付かずで棚に残っている。 貰うのは、魔道書でもいいし……。 並んだ魔道書の背中を、指先で撫でていく。 「もうそんな時間か。どうりで腹が減ったと思った」 「……で、サボってた?」 「まあな」 あっさり、サボリを認める。 ……ま、いいけど。 ぽりぽりと、クラッカーを食べる音がする。 あたしは、目に付いた書物を次々と棚から下ろしていった。 虹の根元には、誰も見た事がないすばらしい宝物が埋まっている――。 空に、弧を描く七色の虹。そして、小さなスコップを持った子供達が駈けて行く。 いそげ、いそげ、いそげ! いそがないと、にじがきえちゃうよ! タカラモノのばしょがわからなくなるよ! 最後に手に取ったのは、子供向けの童話の絵本だった。 誰が読んでいたのか――エレノアさんかも――熱心に何度も読んでいたらしくボロボロになった本である。 「にじのねもとに…タカラモノ…だって?」 言って、ガウリイが肩越しに絵本を覗き込んでくる。 ……いきなし至近距離は、心臓に悪い。 「さっき『虹の素』って薬を見かけたから、ちょっと見てただけよ」 ぱんっ、といきおいよく絵本を閉じる。 ガウリイは、少し身を引いた。 「ニジノモト?」 「虹って、ほら、雨上がりとかに空にでてる、あの虹よ。あれが出来るんだって」 「へえー。そんな薬があるのか」 ……なんか、素直に信じてるし……。 「ホントに出来るかどうかは、わかんないわよ……」 絵本を床に下ろした書物の山の一番上に置く。 本棚には、日記と、なにかの実験の記録らしい物と、残りは、あまり珍しくもないありふれた魔道書だった。 絵本はこれ一冊しかない。 たまたま置いてあった物か、思い入れのある物なのか……エレノアさんに見せればわかるだろう。 手についた埃をはらい、彼女に服が汚れるからと強引に貸してくれたエプロンの埃もはたく。と、ポケットの中に、小さな黒い丸薬が紛れ込んでいるのに気がついた。 「これよ。今言ってた、『虹の素』」 手のひらに乗せて、転がしてみる。 ホントに、どこからどう見ても虹と関係ありそうにない。 ひょいと大きな手が伸びて、丸薬をさらっていく。 「こんなので虹ができるのか?」 言いながら、光にすかして見ている。 もちろん、そんな事でそれらしく虹色に光ったりはしない。 「だから、わかんないって言ってん……」 ガウリイの指が、なにかを、はじく。 窓の外に、黒い粒が姿を消した。 「おー、よく飛んだなー」 のん気に言う、ガウリイ。 「……って、なにしてんのよっ!」 貴重な物かもしれないのに! ガウリイを押しのけて、窓から顔を出す。 相変わらず、灰色の空の下。しかし、雨はいつしか止んでいた。 反射的に窓に飛びついたけど、たとえ晴れていたとしても飛んでいった方向すらよくわからない、あんな小さな薬の粒を探すなんて出来ない相談である。 ……バレたら、ガウリイに死ぬほど謝ってもらおう……。 「っとに、なに考えてんのよ、あんたは……」 突っ立ったままの彼を、軽くにらむ。 「もし、弁償なんて事になったら…」 「静かに」 口の動きだけでそう言い、あたしの口先に立てた人差し指を押し当てる。 緊張した真剣な横顔が、窓の外を見る。 …なに、か…あったんだろうか。 辺りの気配を探ってみる。 あたしには、階下にいるエレノアさんの気配しか、感じない。 彼にしか、わからない気配だとすれば……。 「リナ。窓の外、見てみろよ」 今までの真剣な顔はどこへやら。笑いながら、ガウリイが言う。 なにがなんだか、よくわからない。 あたしは言われるまま、また窓の外に顔を出した。 虹の根元には、誰も見た事がないすばらしい宝物が埋まっている……。 雨上がりの空に、雲を押しのけて太陽が顔を出す。 そして、空に弧を描く、七色の――。 「……う…そ……」 「行こう!」 手を引かれ、駆け出す。 一緒に狭い階段を駆け下りる。 「どこに行くつもりよ?!」 「どこって、虹の根元だろ?」 あれは、童話の話でしょーが! 心の中で突っ込む。 でも、走り出した足は、止まらない。 エレノアさんが、エプロンで手を拭きながら、見送ってくれる。 「食事までには帰ってくるんですよ」 雨に濡れた土の上を走り、水溜りを飛び越える。 『お母さんに見送られて、宝物探しに行く』なんて、まるっきり童話の世界じゃない? オトナがする事じゃないわよ。 晴れてきた空に、弧を描く七色の虹。 あの子供達は、どんな宝物を見つけたんだろうか。 あたしは……たぶん、見つけた……。 なにが起こっても、失いたくない、大切な……。 「宝物見つけたら、山分けだからねっ!」 「おうっ!」 虹の下に、あたし達の声が響いた。
おわり |