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「眠れないのかえ?」 穏やかに問い掛ける声に、ほっとして素直にうなずき、怪しげな香や水晶球、火のついた小さなかまど にかかってる小さななべを間において、おばばと呼ばれたステイルの部族の術者の前に座り込む。ちょう どよかった。ききたいことがあった。 「ここって、私の夢の中でしょ。なのに、寝たり、食事したり......おかしなかんじで..... 今までね、ちゃんと眠いなあって思って寝たりもしたんだよね....」 「おんや。何か納得がいかないようだねえ。」 私はうなずく。おかしな感じがする。 「この世界は、本当に私の夢なの?」 「どうしてそう思うんじゃえ?」 何をやっているのか、私には見当もつかない。小さななべになにかを入れて、かき回したりとか、そん なことをしながら、おばばは、穏やかに、問い掛ける。私は一瞬ためらって、思い返しながら、答える。 「さっきもいったように、夢の中で眠たいって思うこと。何度も、お腹がすいたし、満腹感も感じたし、 はっきりと味もあったし、夢の中でも、つかれたりもしたし、痛みまで感じたし...普通はね、夢かど うかを確かめるためには、ほっぺをつねってみるといいって言われてて、いたいかったら、それは夢じゃ ないって........」 いちいちうなずきながら聞いてくれるおばばに安心感を覚える。 「それに、夢の中で、自分が全く知らないものや、分からないものが出てくるし、夢にしては筋道がはっ きりし過ぎてるし、夢だって認識してるのに、覚めないし.........」 「...それはまた、難しいねえ。」 ちっとも難しいかんじをみせず、相変わらず穏やかにおばばは答える。 「ねえ...私は今、おばばと話しているでしょ。でも、私の夢だというなら、結局自分自身と話してい るってことになる?」 「おやおや。」 私のその言葉に、なにかを感じたのか、下を向いて、あいかわらずおなべをいじりながら、おばばは尋 ねてくる。 「それで、夢見人はどう思うんじゃえ?」 うーん。 「よく分からないけど、...実際今まで見た夢の中でも、いろんな人と色々な話をしてたし...教訓 ももらったこともあるから.........私の夢の中の人って言えなくもないだろうけど。」 「では、夢見人の夢なんじゃろうな。」 穏やかにゆっくりとそういってから、下を向いていたおばばは、顔を上げて私を見る。穏やかな笑顔そ のままで、あやすように言葉をくれた。 「無理に結論をだす必要はないんじゃよ。これが夢見人の作り出した夢にしろ、どっかにある世界を夢見 人がみているにしろ、わしらは存在しているのじゃし、夢見人が夢としてみてるという事はかわらないの じゃからな。」 「でも、私が、自分の夢の中に入り込んでしまったのか、それとも他の世界に来てしまったのかっていう のは私が現実に戻るに必要じゃない?」 どこか早口になりがちな私の言葉に、なべの中身とか、火加減とかを確認しながら、ゆっくりと、おば ばは答えをくれる。 「夢見人が、夢としてみていることにはかわらないんじゃよ。夢見人の目が覚めれば、夢見人は現実に戻 れるじゃろう。」 私の反応を見て、おばばは説明を加えてくれた。 「誰がつくった世界にしろ、それをそなたが夢としてみている事実には、変わらないじゃろ。」 そっか。でも、この世界を作っているのが、私の夢以外というならば......... 「じゃあ、私が見ていない時には、この世界は存在していないっていう話は?」 「事実かもしれないが、そうでないかもしれないの。夢見人はどう思うんじゃ?」 こっちにかえってくる。さっきもそうだったっけ。おばばは手を休めず、また、視線を手元に戻してい る。袋に入っていた粉を取り出して、なべの中に少し入れて... 「.........わからない。けど、信じられない。」 「何が信じられないんじゃ?」 「この世界は私が見ていないと存在しないっていうことが。私が夢でつくったにしてはこの世界は私とは かけ離れているから。私の夢だとしても、知らないものが多いの。最初に連れて行かれた部屋だって、な んなのかわからなくて、いろいろと説明受けたし、街とかみたことのない風景だったし。こういった草原 の風景だって、見慣れてないどころか、全く見た事が無くて、本当に関わりが無いところだ し......」 「それで、夢見人はどう思ったんじゃ?」 穏やかな問い。それに、私は今まで考えてきた結論をこたえる。 「この世界は、私の夢じゃあない。この世界はただ、それだけで存在している世界で、私は夢という形 で、この世界を見ているだけ。だから、この世界は私が夢としてみていなくても、存在している。」 私は気がつかない。そう私が言いきったとたんに、世界が一度脈うつ様に揺れ、何事もないかのように 静まった。おばばはその瞬間に一度手を止めただけで、何事も無かったかのようになべの中身をおたまで かき回し続ける。そして、私の問いに顔も上げず、答える。 「夢見人がそう思うのなら、そうなんじゃろうな。」 私は苛立つ。欲しいのは正しい答え。 「本当は、どうなの?おばばなら知ってるんでしょ。」 おばばは顔をあげ、私を見た。変わらぬ、穏やかな笑みで、言葉をくれる。 「人が知ることができるのはの、かぎられておるんじゃ。正しい答えを知る人間など、存在はしないん じゃよ。まあ、どうしても正しい答えを知りたければな、沙魅世か、ミシナという娘を探せば、知ること ができるかもしれないがの。」 「誰?どんな人?どこにいるの?」 「さあのう......ふたりとも、言い伝えでしかないからのお。」 「どんな?」 「.........あまりはっきりしたものは伝わってないんじゃよ。ただ、ミシナという人は、全て を知ることができるもの。沙魅世は全てを知っている存在。何処にいるのかなぞは、分からないがの。」 私の表情を見て、おばばは笑う。 「あくまで言い伝えじゃよ。何処にいるのかもわからぬ。この地におるやもしれぬし、わしらや夢見人が 全くいくことのできぬところに、おるやもしれぬしな。」 言い伝え、か。私もそれで呼ばれたんじゃないのかなあ。 私は溜息をつく。 「じゃあ、結局、この世界が何かっていうのは、分からないんだ。」 「全ては夢見人次第、という言い伝えもあるんじゃがね。」 うんざりする。 「それがあるから戦神は私をこの世界に引きずり込んだんでしょ。」 「...まあ、そうじゃろうな。」 おばばが軽く同意を示す。 「元の世界には帰られるようにしてさし上げるからの。これをのんでぐっすり、眠られるんじゃな。」 そういっておばばはなべの中身をコップに移す。あたたかそうな飲み物がコップに半分ほど入って、私 に差し出される。 私はそれを受け取った。ホットチョコレートみたいだなと思って、思いきって、飲んでみる。甘いけ ど、少しおかしな味。...でも、悪くはなかった。 「ありがとう。」 「おやすみ、夢見人。これからもいい夢が見れるといいんじゃかな...」 話は終わったってことなんだろうな。 おばばの言葉に、私は笑って臥所に戻る。ゆっくりと眠気が私を包み、意識は沈んでいった。 ――そして、意識だけが全てを知る。 星の意識。この人は、こんな事を考えてたんだ。私を塔から連れ出してくれたこの人は。 星。その呼び名を言われると腹が立つが、その相手にいちいちけんかを売っていられなかった。それで この呼び名が定着してしまったのが更に腹立たしい。この呼び名を、あいつに呼ばれることは嬉しい。だ から、あいつ以外の奴に呼ばれると腹が立つのだろう。...口惜しい事に。 とにかく、あいつは約束通り将軍を解放してくれた。これであの人は国に、家族の元に帰れるのだろ う。 なんとなく、ほっとする。あいつはおれを縛り付ける為だけに、将軍を使おうとした。おれが逃げ出し たら、将軍に責任を負わせる。要するに、殺すのだ、彼を。将軍は、おれにとっての人質。本当にあいつ は、どうしてここまで、こんな事をまでして、おれを捕えようとしているんだ? それでも、おれはしばらくはあいつのとこにいる。出て行くのはもうちょっとしてからでもいい。あい つのほっとした表情を見ていられるのは実は嬉しいのだから。そんな顔が見られるなら、傍にいてもいい とも思う。 だが、そうもいっていられなくなったら出て行く、そう決めていた。妻という、堅苦しい思いをさせら れるのは嫌だから。相手があいつでも、縛り付けられることだけは、どうしても嫌だ。そして、普段目を 逸らしていることを直視させられるのも。 そう思っていたのに、厄介ごとがおれの身に降りかかった。まあ、首を突っ込んだというのが正しい。 そういう事を見逃していられないから。それがどういう結果になるのか、分かってやったわけではない。 それでも、何度この状況になってもおそらく、また、同じ決断を下してしまうのだろう。 最初はちょっとした噂話だった。西の塔に女性が一人閉じ込められている、という。最初にそれを聞い た時、おれは思わず爆笑した。信じれなかったからだ。それが真実だと知った時は、素直に驚いた。だ が、それでもある意味ほっとした事も事実。どうしょうもなくおれに執着しているあいつが、他に目をむ けるだけの余裕ができたのかと。 おれ以外の奴を大事にできるなら、それに超した事はないと思った。おれは誰の傍にもいられないか ら。おれの感情など、どうでもよかった。そう思っていたのに。 それが、しばらくするととんでもない噂が伝わってきた。塔に閉じ込められている女性は、夢見人であ り、この世界を存続させるだけの力があると。 あくまで、宮殿内でしか広まってない噂だとはいえ、驚いてあいつに聞いてみても、あいつは口を濁し て答えようとしない。それを更に問い詰めて、おれは答えを引き出した。 「そうだ。あの伝承が事実だったってことだ。あの女性が眠りにつき、この世界を夢見ていられれば、こ の世界は存在できる。」 伝承。いや、もはや御伽噺の世界だ。創造主がこの世界を創った時、彼女はこの世界の神をつくらな かった。だからこの世界は実はとても不安定で、誰かの見ている夢に過ぎない。その者が眠りについて、 この世界を夢としてみるから、存在できるのだと。だから、この世界を存在させるためには...... 「その者を夢の世界に閉じ込めてしまえばいいと、そう思っているのか?」 おれは激昂し、思わずあいつを殴り付けた。 「いいかげんにしろ、おれといい、この間の将軍といい、今度といい。誰もかも閉じ込めて自由を奪って しまえばいいと思っているのか?」 あいつはおれのその様子に多少引いたが、それでも、彼女を解放するとは言わなかった。 これで、決裂。もしくはおれの一方的な破棄。決して、おれだってあいつの事を嫌いなわけではない。 ただ、あいつに対する想い以上に、優先させられる感情が存在するという事。その程度の想いかといわれ てしまいそうでも、事実、そうなのだから。 許せない、我慢できない。誰かに閉じ込められ、自由を奪われる事。心はもはや囚われてしまったの に、それを信じないで、体まで閉じ込めてしまおうという考えは許せない。だが、おれが事を起こした理 由は、それだけだったのか? そして星は私を塔から連れ出す。 |