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『降伏しろだと!』 ばんっと、机にこぶしを叩き付けたのは、壮年の男。がっしりとした体つきに、人を率いる威厳のある顔。立派なひげが、男をその威厳にふさわしい歳であることを示していた。 『閣下。』 静かに言葉を発したのは目の前にいた男だった。男とは対照的にまだ、若い。使者として将軍と向き合っていた。その歳にしては不思議なほどの落ち着きを見せながら。 『ああ、分かっている。もはや戦ってみたところで無駄に死者を増やすだけだ。それは分かっているが、せめて、戦神に対して、もう少し......。』 男の言葉に諦観が混じった。先程の激昂を押え込んで。 『よく戦ったほうです。戦神も閣下を誉めていらっしゃいました。』 『ああ、ありがとう。......それで、降伏の条件は?』 使者は言いにくそうに手元の書状を見てから、何も言わず、それを差し出した。男はいぶかしそうな様子を見せつつ、それを受け取った。そして、開いて、読む。 読み進めるうちに困惑は深まっていったようだった。書状を机の上において、静かに使者に尋ねた。 『......その......聞きにくいんだが......戦神は、何か、......その.........』 『閣下のおっしゃりたい事は分かります。』 使者ははっきりといった。 『ですが、その書状に書いてある事は、戦神の要望です。気が狂っている訳でも、冗談でもありません。』 『しかし...だが......』 『閣下の困惑はよく分かります。ですが、その書状に書いてある通り。戦神の望みはこの国の領土を奪う事でも、この国の力を奪う事でも、まして、閣下のお命でもございません。星、と呼ばれている者をいただきたい。』 男は書状に目を落しながら、読み上げるように呟いた。 『私が責任を持って、星を戦神に渡す事。その後も、星の行動に対して、私が責任をもつ事、か。』 そこで顔を上げて、男は使者に問い掛けた。 『戦神は星を手に入れられて、どうなさるおつもりだ?失礼ながら、大体、戦を起こさずとも手に入れる方法はあると思うが......』 使者ははっきりと苦笑した。 『それは私どもが関与する事ではございませんので。』 その使者をじっと見つめたまま、男は低い声で言った。 『だが、引き起こされた戦で死ぬのは、我が軍だけではなく、仕掛けた、戦神の配下のそなた達とて、死ぬ恐れは......』 笑った。おかしげに。今まで見せなかった表情で、使者は言う。 『どうして、あの方が戦神と呼ばれているか、御存じない訳ではないでしょう。あの方が戦をする以上、必ず、勝つ戦をなさる。そして何より優先される事は、部下を殺さないようにすること。戦死者は運が悪い者がなるものだ。』 男は圧倒される。その言葉に、その自信に。何より、戦神配下の者の、戦神に対するその信頼に。 『我が軍は、やはり、戦神には勝てないな。』 ポツリと呟くその言葉は聞こえなかったのか。使者はまじめな顔をしてきり出した。 『戦を終わらせるかわりに一人の人物を差し出せばいいのですよ。領土を削られる訳でもなく、国が滅びる訳でもない。重要な人物という訳でもない、ただ単なる一介の傭兵を差し出せば、平和が手にはいるんですよ。損のない条件だとは思いますが。』 しばらく、考える様子を見せてから、男は言った。 『しばらく、考える時間が欲しい。明日の朝、返答しよう。その間、戦場ゆえ何もないがここに滞在していただくことになるが、よろしいな。』 使者は恭しく頭を下げた。男は、人を呼び、使者を連れて行くよう命じた。使者がその場から去ると、さらに男は、人を呼び、誰かを連れてくるように命じた。 電話の音で、目を覚ます。時計を確かめる。7時30分。こんな時間にかかってくる電話はよく分かっている。受話器を取って、おはようございます、というと、予想通りの人からの電話。送れないように学校行きなね、という言葉に適当に返事をしつつ、受話器を戻し、また布団の上に寝転がった。 『おおい、星はいるかあ?』 その声にあげそうになった顔を、戻した。周りの人や、様々な人に星、と呼ばれているが、自分の名は星ではない。ない以上、反応する義務はない。 『ああ、星なら、あそこにいるあいつの事だ。』 ご丁寧にも、教えてくれている声がきこえる。あんのじょう、こちらへ近づいてくる足音が、傍で止まり、頭上から、男にしてはやや甲高い声が降ってきた。 『星とは、お前の事か?』 顔を上げて、そいつを見返した。不機嫌な声で返答する。 『おれは、星じゃない。あいつらが勝手にそう呼んでるだけだ。』 『......この軍で星と呼ばれているのは、お前だけだな?』 事実であるため、それには黙ってうなずいた。 『ならば、将軍様がお呼びだ。ついてこい。』 その言葉には渋々ながらついていく。訳が分からない、という訳でもない。心当たりが外れている事を祈りつつ、尋ねてみた。 『降伏するのか?』 前を歩いていた奴は、こっちをじろっと睨みつけてから、隠してもしょうがないと思ったのか、うなずいた。 『噂にでもなっているのか?』 『いや。まあ、これ以上やっても、こちらの損害が大きくなるだけだという事をこそこそと言っている奴等はいるね。』 『そうか。』 それっきり黙って歩いていくのに、素直に従った。このまま後ろを向いてとっとと去りたいのを我慢して。 目を開け、ぼうっとしながら、時計を見る。既に8時30分。 「うわ、1限語学。これ以上休めないのに。せっかく7時30分にいったん起きたんだから、そのまま起きてればいいのに。」 文句を言いつつ、慌てて着替え、必要な者をかばんに詰めて、家を飛び出した。ぎりぎり、間に合うかどうか。 「よかった。今日の午後授業なくて。」 家に着いて、問答無用で本を開く。これはもう習性みたいなものだ。時計を見てから、シャワーを浴びる準備と、洗濯物を入れてある籠を持って、お風呂場に行く。 シャワーを浴びると多少はさっぱりした。サークルは4時過ぎ。ゲーム機を取り出し、ゲームをはじめる。妙なものにはまったと思いつつ、半分惰性のように、ダンジョンに潜り、宝箱を開いていく。いつのまにか、今朝見た夢を思い出していた。 「珍しいよな、一回起きた後も同じ夢を見るなんて。」 今まで、そんな事はなかった。まるっきり違うものを見るか、どこか変質してしまうかだったのに。しかも、夢の中の人の中に入っていた。 「結局、どんな人だったんだろ。」 見たものは覚えているが、自分自身の姿は見ていない。実を言うと、性別さえもはっきりしないほど、あやふやなものだった。 サークルに行くぎりぎりの時間になって、ゲームを止め、部屋を飛び出した。帰りは何時になるのか、とりあえず、分からない。 帰ってきたら、昼すました洗濯物が、洗濯機の中に入れっぱなしだったことを思い出して、取りに行き、干す。明日までに乾いてくれると嬉しい。後は、テレビのチャンネルを適当に回して見たが、時計を見て、焦る。着替えて、布団の上に横になって、電気を消した。眠れるかどうか。自分でも寝付きはよくないと理解している。 |