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「哀しいのか。」 そう尋ねたのは、今までそこにいなかった者。性別が全く分からない、抽象的な体格に、顔立ち。そし て、その口調。それはどことなく、星に似ているようで、全く異なっている者だった。そのまま、しゃれ にもならない、やみをまとった死神。伝承による、破壊神というのは、おそらくこんなんだろう。 突然あらわれた者に、その場にいた者は警戒をあらわにした。そんな周囲には目もくれず、その者はた だ、戦神だけに、声をかける。 「哀しいのか?」 周りのものが動けずにいる中、戦神は星を抱きしめたまま、顔を上げ、そう言ってきた者を睨みつけ る。 「誰だ。何が言いたい?」 その反応を気にも留めずに、三度、同じ事を尋ねる。 「哀しいのか?」 戦神はうなずく、感情がほとぼしり出したかのように、怒鳴りつける。 「ああ、哀しい。おれはどんな事があってもこいつだけは生きていて欲しかった。たとえおれが死んだと しても。それなのに、こいつはもはや死んでしまった。おれが、おれが殺すはめになったようなもので。 こいつのいない世界など、滅んでしまえばいい。」 その激しさは、他の者たちをたじろがせるのに十分なものだった。にもかかわらず、その者は悠然と し、たずねる。 「この世界を滅ぼす事を望むか?」 戦神はうなずく。何の躊躇もなく。 「ああ。こいつのいない世界など、何の意味もない。こいつの存在しない以上、この世界の存在理由もな い。おれだって、もはや生きていたくはない。」 「世界を滅ぼすのかどうかはもうちょっと考えて物言いなさい、ウェイル。いや、ウェイルとよばれてい るものよ。」 更に新しい声。こちらは、女性。肩よりも長い髪。しっかりと見つめる瞳。特筆すべきは、おそらく、 つえを持っていた事。つくためのではなく、何か呪術的なもの。 「このものにとって世界を滅ぼす事など、とても簡単なのだから。一時の感情で、世界を滅ぼしてしまっ てもいいのかを。考えなさい。そして決定はあなたが下しなさい。」 戦神は、星を抱きしめる。いや、星であった物体を。まわりのものは何も言わない。言えないのだ。問 われているのは戦神ただ一人、他のものが答える事は許されてない。そう、発言は、許されていない。 「おれは感情のままに言っているのだろう。だが、これはおれの本心だ。おれはおれの地位にいなくては ならないため、最も愛しているものを失った。戦神と呼ばれていようが、それはおれの後悔だ。このおれ の最愛の者を失った今、どうしておれが、この世界にいる理由がある?世界が滅びなければ、いつまで も、おれはこの地位に囚われ続ける。それがおれの義務だから。おれはこの地位にいなければならない。 他のものに対しての、義務。だが、世界が滅んでしまえば、おれはこいつのもとへいける。それが、自殺 では、ないからだ。」 顔を上げて、言い放つ。 「おれは、この世界の滅びを、望む。」 周りの者は何も言えず、彼女はため息をついたようだった。そして、最初にあらわれたもの、破壊神は 軽く笑ったように見えた。 「ならば、この世界を滅ぼす。」 次に起こった事が分かるものが、どれだけいるのか。彼女と破壊神をその場においたまま、世界は収縮 する。静かに、片手でもてるほどの球になり、破壊神の手の中に、おさまる。 「破壊と、虚無と、どちらを望むのか、聞くべきだったかもね。」 そう言って笑顔を見せる彼女に、破壊神は、手の中の物を見せながら、言う。 「破壊できない。この世界は、これだけではない筈だ。他にあるから、破壊する事ができない。」 彼女は思考停止し、それから、手を打つ。 「ああ、そうか、あの子の夢だったっけ、これ。あの子が破壊されるのを望まないと、だめなんだ。」 破壊神は顔をしかめた。 「さっさと、それをもぎ取ってこい。」 彼女はごまかし笑いを浮かべて、消える。その姿が見えなくなったところで、破壊神は穏やかな笑みを 浮かべ、手の中の球を見る。真っ黒な、吸い込まれそうな、漆黒の固まりを。 「あなたの夢、譲ってもらえませんか?」 声をかけてきたのは、見知らぬ女性。年齢ははっきりとは分からない。外見はえらく大人びているの に、動作が、どことなく彼女を子供っぽく見せている。 「夢?」 私はふしんげな声を出した。夢がどの夢をさしているのかは、何故か分かっていた。ただ、何故それを この人が欲しがるのかが、分からない。 「あなたは、だれ?」 私のその疑問に、彼女はゆっくりと笑顔を見せてから、答えた。 「夢使い。夢とは人を癒すもの。今までの自分をふりかえさせるもの。そして何より、見る人が楽しむも の。夢によって、見た人が苦しむようでは、夢としての意味はありません。これは、両方の夢に言える事 ですけどね。」 そういって、私を見つめる。知らずに口から言葉をこぼしていた。 「両方の、夢?」 胡散臭いと思っていたのに、言葉をかえしてしまった自分に少々腹を立てた。 「はい。夢、という場合、二つのものを指しているでしょう。未来のヴィジョンと、寝てみるようなもの と。私は寝ているときに見る夢の、夢使い。もっとも、未来の'夢'使いは聞いた事がありませんけど ね。」 そういってにっこりと笑い掛けた。こちらの警戒心を解こうとするように。私は何も言わずにただ、見 つめた。私とこの人、どちらが年上なのだろうか。そんな馬鹿げた事を考えながら。 「どうなさいました?」 彼女はこちらを見て、首をかしげてみせた。不自然な沈黙が続きすぎたらしい。 「夢は、お譲り願えませんか?」 私は軽くため息をついた。話に応じる。女性だから、暴力沙汰や脅迫される事はないだろうとか、そん な事を考えていた。先ほどから感じている、違和感。これが何なのか。 「どの夢?」 彼女は困ったように笑ってみせた。 「おわかりになっていらっしゃるのに、そういう事をお聞きになるんですか?あなたが思っているとおり の夢ですよ。」 私は軽く首をかしげてみせた。ばかしあいじゃないんだから。そう思いながらもこんな態度をとってし まう。その理由としては先ほどからの違和感も入るのだろう。 「さあ、私は夢をよく見るから。あなたが欲しがっている夢は、もう覚えてないかも。」 彼女は軽く笑い声を立てた。 「分かっていらっしゃるのでしょう、今更、そのように聞き返さなくても。まあ、言ってしまってもいい んですけどね。あなたの心が、その名前を出しても痛くならないなら。」 あれ。つづいているのものとは異なる違和感。からかうような言葉の割に、彼女の表情は心配している ように見えた。 「何の話か、分からない。なんて名前?」 彼女は軽くため息をつく。そして、私を見つめながら名前を告げる。 「ウェイルと、ステイル。あなたには、星と戦神と言った方がわかりやすいと思いますけど。」 私はじっと彼女を見つめる。ばかしあいはもうする気はない。 「何故、あなたがその夢を知っているの?」 声は震えてないだろうか。彼女は笑った。嘲笑うではなく、素直な笑み。 「先ほど言ったではないですか、私は夢使いですよ。それくらいは分かります。」 「どうして、その夢を欲しがるの?」 「理由ですか。夢とはそも、つかの間の安らぎ。安らげない夢などいいものとはおもえません。悪夢は忘 れてしまうべきではありませんか。私は夢使い。悪夢を取り除くのが仕事ですから。」 はっきり言ってめちゃくちゃ胡散臭い。私は先ほどから感じていた違和感の理由に気がついた。それは 芝居がかっている言葉だけではない。言葉そのもの、言い方そのものが―――。 「うそ。」 私の一言に彼女は顔をしかめた。その表情に、ばれた、の言葉が混じっているように感じられるのに、 彼女の言葉はそれをあらわしていなかった。 「ウソじゃありませんよ。あなたは、あの夢で悲しんだ。辛かった。星と戦神。あんなにお互いが大事 だった二人なのに、最後は......。」 私は言葉に詰まった。彼女のその言葉にウソはない。それに、私が最後の夢を見て悲しんだのは、確 か。 「もう、忘れましょう。悲しすぎるでしょう。何もできずに、そのくせ、あの二人の仲たがいは自分のせ いではないかと思ってしまっていて。忘れてしまいなさい。」 私の瞳から、何かが滴り落ちた。...涙......? 「どうして、忘れてしまえって言えるの?あの二人は私の夢、私が夢を見たから存在していたのよ。私の 夢だもの。私が覚えていなければ、あの二人は......それに、夢だから、いくらでも...... あの夢はウソだったかもしれない。そのあと、戦神は幸せになれたかもしれない......」 感情のままに言い募っていた。 「あなたのみた夢は、あの世界の出来事、それは、真実。確かに、戦神は星を失った。失ってしまったの は、ウソではなく、真実。」 私は言葉を失っていた。そう、そんな事実を突き付けられたら、私は泣くしか、ない。 「そんな、だって、あたしが見た夢。私が存在して、そして、星が助けてくれて、星を、戦神が失ってし まって?そんな、だって、悲しすぎる。私が見たがために存在していた世界。二度と見てないのに、だっ て、そんな......」 「忘れてしまいなさい。悲しすぎるから。夢で、そんなにわずらわされる事は、ない。」 私は感情の勢いのまま、食って掛かっていた。 「忘れろ?あの夢を?ひどい、ひどい、ひどい。どうしてよ。私が忘れてしまった ら.........」 いつのまにか、私は泣きじゃくっていた。彼女が大きく見える。ああ、自分が縮んだんだ。私はごく素 直に納得していた。幼い、感情をあらわに泣く子供。その私を彼女は静かに抱きしめていた。 「もう、あの世界はない。残っているのはあなたの悲しみだけ。だから、もう、あなたの悲しみになるの なら、私に下さい。全てを還すために。」 落ち着きを取り戻した私に、彼女はそう告げた。私はまだ、幼い子供のまま。 「全てを、還す?」 彼女はうなずいた。 「ウェイルがそう望んだから。あの夢はもう存在しない。残っているのは、悲しみのみ。」 私の?もう、あの夢はなく、ただ、この悲しみだけだというの?ならば...... 「私が忘れたら。もう誰も、あの夢を、あの人達を思い出しはしないのに?」 「それでも、悲しみと共に、思い出される事を、あなたは望む?」 私は首を振る。そんなくらいなら、忘れてしまっていて欲しい。...それを望んだの?ウェイル。あ まりはっきりと、話はできなかったけど...... 「いえ、ウェイルが望んだのは、ステイルがいない世界が存在しなくなることです。あの人にとって、ス テイルがすべてでしたから。」 彼女は私を心配そうに見つめ、言った。私は無意識にうなずいた。そう、おそらく、ウェイルなら、確 かにそのような結末を望むだろう。そして、私も、もう存在しないなら、それを忘れていて欲しいとも思 うから...... 「あなたに、あの夢を上げるから。還してあげて、あの人達が望んだとおりに。」 私の言葉に、彼女はかしこまりましたとでも言うように、一つ頭を下げて、それから、私を見つめ、つ えを振る。私の目の前に、きれいな玉があらわれた。彼女はそれを自分の中に仕舞いこんだ。 「ありがとうございます。確認ですが、ステイルとウェイルという方について、何かご存知ありません か?」 私のほうを涙が伝った。え、何で?なんで涙が出るの?全く聞き覚えないのに。彼女はその様子を見 て、問いを繰り返す。 「ウェイルとステイル。ご存知ですか?」 私は首を振る。言葉は、出せなかった。 彼女は全てを分かっているというような笑みを浮かべ、私を見た。 「夢使いの仕事は、悲しい夢を忘れさせること。ですが、あなたは忘れても、それでもどこかで覚えてい る。おやさしい方ですね。では、その夢を忘れるために、この夢を見てみませんか?それで、よろしけれ ば、譲って下さった夢の代りに、それを差し上げますよ。」 私は素直にその話にしたがった。何故か分からないけど、夢を、見たかった。 静かに、瞳を閉じる。少年の姿が見える。年の頃は、おそらく、13,4。まだ幼いといったら、きっ と本人は怒るのだろう。 旅人。荷物を背負い、マントをまとっている。擦り切れ掛けた靴。それらは旅の埃に汚れてはいたが、 こざっぱりとしている。どれくらいの旅を続けているのかは分からない。そして、腰には剣がぶら下がっ ていた。 少年は何かに気がついたように顔を上げる。目の前から、私が見た事のない獣が、少年に近づいてく る。牛の頭をした、人間。私の世界で、ケンタウロスとよばれている、想像上の化け物。それは肉体を持 つ化け物として、少年に向かって来ていた。少年は立ち止まる。私が思わず叫んだ声が聞こえてないの か、その場から動かない。見る間に、ケンタウロスは少年に近づいてきていた。 私は思わず、目を瞑る。あまりにも早すぎる、そう思った。また、失ってしまうのか、何も知らずに。 けれど、目を開けた後に見えたのは、倒れている化け物。少年は抜き身の剣を手にし、薄く笑って、そ れをさやに収めていた。そしてまた、歩き出す。少年の歩いている先には、城壁で囲まれた都市が見え た。 「わかりました。」 私は静かにそう告げた。夢使いと名乗った彼女はほっとしたように微笑み、私の前で、つえを一閃し、 消え去った。 そこでようやく、私はこの場が夢の中だという事に気がついた。 「とってきたよ。」 先ほどからどれだけの時が経ったのかは、破壊神にとってどうでもいい事だった。時間の流れは彼には 関係ないもの。先ほど消えた彼女がそこにいて、片手に、破壊神が持っている漆黒の珠と同じ大きさのき れいな色の珠を差し出していた。と、見る間にそれは一つになる。破壊神の手の上で。そして、破壊神が 力を加えると、それはバラバラに、砕け散った。破片が、とても細かい砂が、あたり一帯に飛び散る。き らきらと、存在しない光に反射して、光り輝く。 「破壊、ね。では、これを使って、新しい世界でも創るか。」 |