リンク
― 遥かときを超えて ―
20


作:萌黄さん





「なぁ・・・」
「ん?」
 焚き火の炎の傍で緋色の瞳が自分を映す。


 とくり


 胸が鳴る。
「何?」
「んーんっっ・・・・・・」
 ぽりぽりと指で頬を掻き・・・視線を逸らす。
「何ぃ?」
 リナは娘らしく微笑んだ。
「もっと、火の傍に寄らなくていいのか?」
 ガウリイは火から遠くで震えながらマントに包まってるリナを見た。
「いいの。寒くないし」
「はいはい、寒くないねぇ」
 と、少し呆れ気味。
「な・・何よ」


 ガウリイはすっと立ち上がり、リナを見た。リナはそれを見て驚いた顔をした。それを無視して、ひょいとその体を担ぎ火の傍に移動。どかっと膝に抱えて座ると、明らかに狼狽した顔。声も出ない様子・・・・


「俺が寒いからここに居ろ」
 と、そのまま毛布に包まる。
「ちょ・・」
 間を置いて振り返ると・・・・目を閉じて眠る体制のガウリイの顔。
「・・・・あの・・・」
 火に向き直って俯く。
「ん」
「足」
「足が?」
 間近の頭上で響く声。
「おろして・・・あたし・・・・その、重いから・・・しびれても知らないわよ」
「温いからやだね。ほら、寝るぞ」
「あたしが嫌なんだっては!」
 思わず声をあげて振り返る。
「んー?なんでー?」
 と、お日様の笑顔。
「・・・・も、いい」
 気まずくて目を逸らす。リナは小さく溜息をついた。
「リナ・・・・」
「は・・はい」
 返事が上擦った。
「ゆっくり・・・行こうな。自然でいいから」
「・・・・うん」
「おう」
 うれしそうに笑う気配に満足した。ガウリイに凭れる。
「ね?ほんとに重くない?」
「いや」
「そっか・・・へへへ」
「重いなんて多分、死ぬまで思わないだろうな」
「ま、同然ね。この、あたしが唯一、頼れる相手になるんですからね」
「唯一か?」
「そーよ」


 くすくすくす


「あんたってさー、勝手よね」
「そーかぁー?」
「そーだよぉー・・いっぺん、頭ん中、見てみたいわ」
 軽く肩が揺れ笑ってた。
「ね、いつから・・・?・・・・その・・・」
 
 あたしのこと、好きだったの?ひょっとして最初から?そんなわけないよね。いくらなんでも・・・


「ね?やっぱり、おろして」
 もう一度振り返ると、小さな寝息が聞こえた。
「・・・・」


 寝てるし・・・この状況でよくこうも瞬時に眠れるわよね。流石はガウリイだわ。


 火の粉が舞い上がる。リナはそのしばらく様子を見つめた。暖かな腕の中。微かに響く心臓の鼓動。
「・・・・おやすみ」
 と、小さく囁いて目を閉じる。不思議と眠るのに時間はかからなかった。





 
「お前さんは最初から、特別だったさ」
 ガウリイは穏やかに真実を告げた。穏やかな寝息を立てるリナをゆっりと横たえる。安心しきった顔に苦笑がもれる。
「散々、俺を意識してた癖に・・・呆気なく寝るな」


 くすくすくす


 ま、意識されるのも、悪くはなかったけどな・・・・あのままだと襲っちまいそうだったからな。


 昼間に気持ちを伝えた後のことを思い出して苦笑した。あの場所から一時間も進んでいない。本当ならとっくに次の里についている筈なのにと・・・・


「あんまり、こっちの調子を狂わすなよ?お嬢さん」
 そう呟き柔らかな頬に唇を寄せた。


「・・・・」

 リナの寝顔はあどけなくて・・・笑みと一緒に熱い何かが込み上げてきた。それはずっと、隠していたもの。長寿だった曾祖母が他界したその日から、長く心の奥に仕舞い込んでいたもの。この目前の少女に出会うまでは微塵も思い出すことのなかったそれ・・・ようやく、ずっと張り詰めていた肩の荷が下りたような気がした。


―――あんたはおじいちゃんにそっくりさ。その髪の癖も・・・悪気のないところも。
 よくそう曾祖母は笑った。ガウリイはその曽祖父の顔を知らない。


―――ガウリイ・・・お前は好きな子ができたなら、絶対にその子を置いて逝ったりしてはいけませんよ。
 それは曾祖母のメリルーンの口癖だった。

 
 
***



「奥さん、そりゃーおなかの空いた子にゃー、母乳じゃないかい?」
 呆れたように食堂の店主がナーガを見た。
「そ、そう・・・そうよね?」
 半ば放心したように立ち上がると子供を抱き、注文していた大量の料理にも一口も口をつけないままに、店を出た。

 ナーガは突然子持ちになってしまった。それも、誰かの子供を預かったとか攫ったとかというのではなく、正真正銘の実子を。子供の出来るようなことをした覚えも、その相手もとんと検討もつかない。
「・・・・」

 お前、ほんとにあたしの子?というか・・・・母乳ってどう出せばいいのよ。

 ナーガはぼんやり、腕に抱いた子を見た。髪は綺麗なストレートで黒髪で・・・自分の自慢の髪艶に似ているといえば似ている気もするが・・・・・確かに陣痛も人並みにはあったらしい。(出血を見て記憶を飛ばしてしまったので、ほとんどと言っていいほど覚えていないが・・)何がなんだか分からないうちに妊娠して、お腹に生き物が居る。と、確認してからまだ、一週間と経っていないのに・・・気がつけば生まれて腕の中に居る。

「いつ、生んだっけ?お前、なんか食べた?」
 返事が返ってくるはずもないのに・・・独り言。確か生まれたのは三日前くらいのはず・・・よくは覚えては居ないが、そのくらいから腕に抱いていたように思う。思うのだが、何かを食べさせた記憶も排泄の処理をした記憶も・・・・・・・・・・・・全くないのだ。

「・・・・気持ち悪」

「おやぁ〜、可愛い子ねぇ・・・」
「え」
 道すがら通りかかった老人が足を止めた。
「あんたの子かい?」
「あ、はい(多分)」
「可愛い女の子じゃないかい。お母さんに似たんだねぇ」

 え?可愛い・・・?あたしに似た?ふん。当然よねぇ。あたしが生んだ子が可愛くないはずないじゃないの。そう・・・この子、女だったのね。

「どこに行くの?」
「決めてないけど・・・」
「ご亭主は?」
「さぁ、居ないけど・・・・(こっちが聞きたいわよ)」
「独りで育ててるのかい?」
 
 そーなるのかしら?

 こくり

「分かった。うちにおいでよ。あたしゃ、独り暮らしだし・・・こんな小さな赤ん坊連れて着る服もない生活しながら、放浪してたらその内、親子でのたれ死んじまうよ」


何言ってるのよ、このおばさん。失礼ね。服ならちゃんと着ているじゃないの。


「安心していいからね」
「・・・・」

 すっかり、同情モードの老人は、そう勝手に決めてナーガの腕を掴んで歩き出した。突然、出来てしまった子供に戸惑っていたナーガはそのままその老人の家に居ついてしまうことになる。それは迎えが来るまでの数年間の話。老人の住む家はなんと、帰りたくはなかったし、帰れなかった祖国。セイルーンとは目と鼻の先の村だったのだ。



「・・・・・」
 虚空からその親子の様子を見ていた二人。
「まぁ、あの人間はあの、セイルーンの・・・」
 と、ゼラスを見た。満足げに笑みを浮かべ・・・
「ま、保険だな。記憶と力を封印したといってもいつ、覚醒するやもしれないだろ?あれは、このあたしの創作で一番の出来なのだからな。あの町に隠せばあれの能力も目覚めることはあるまい」
「・・・・可哀想なゼロス。さぞ、窮屈でしょうね」
 
 二人のくすくすと言う笑い声が虚空に響き渡った。

 窮屈になるのは、果たしてゼロスだけだろうか?ナーガは後にグレイシアとして父、フィリオネルの後継者となるのだ。つまり、正当なセイルーンの王位継承者と―――・・・着の身着のままなお気楽な生活を送ってきた彼女に果たして、それが勤まるか?

 けれど、意外にも国民から愛される名君として名を残すことになる。彼女は母親ほどではなかったが、意外と短命だったという。まぁ、国民に惜しまれ崩御するまでには、まだまだ数十年先の話になる。








つづく


19章へ戻る / 貰いモノは嬉し!へ戻る