| リンク |
|---|
| ― 遥かときを超えて ― |
|
くすくすくす・・・ 「なんだ?」 「坊やが戻ってきたようですわよ」 「ん・・」 目を閉じ頷く。 「どうされますの?」 やんわりと尋ねられて、眉間に皺がよる。 そして・・・ 「あれはあれで面白かったがな・・・」 「ええ。確かに」 同意し、柔らかな髪を指に絡ませて続ける。 「すっかり、ばれてないと思い込んでいるあたり・・・まだまだ」 「ガキだな」 ふっ、と、笑みが漏れる。 「ま、仕置きはしないとな」 「まぁ。何をなさいますの?」 楽しくて仕方ない様子で。 「魔をこれ以上、減らすわけにもいくまい」 「そうですわね」 「不出来でもな、困ったことに・・・あれはあれで可愛いものだからな」 「ま・・・ゼラスったら」 空間が揺らぎ虚空から二つの影が消えた―――・・・ 「かの君は言いました。すべては今始まると――・・・」 ゼロスは満足げに笑みを浮かべた。すべてが思いのままになって満足していた。自分の思うままに駒が動き、それなりに美味な感情を得てパワーが漲るのを覚えた。それなりに強くなった心持で・・・ 「んーーーーっ、久しぶりですね。この空気。やっぱり、この時代が一番です」 軽く伸びをし、 くっくっと肩を揺らせた。 空間を捻じ曲げ飛び込んできた金色の剣士の姿を思い出し、予測こそしてはいたがと。 「あまり、愉快ではなかったですね・・・あれは」 と、独り言。 時空流の中、緋色の少女はその剣士を求め・・・その名を呼び――・・・時間の流れの中、蘇った魔力で自分を弾き剣士の腕の中に戻った。時空間の中でそれをするとどうなるか、あの少女なら、知りえたはずだった。下手をすれば、別空間に飛ばされるか・・・下手をすれば空間そのものから拒絶され消滅の恐れさえ――・・・しかし、ゼロスはそれを阻止した。少女の存在をこの時代に戻すことが第一の希望だったのだ。 結果、剣士まで救ってしまうことになってしまった・・・・ むっ 眉間に皺がよる。 「ガウリイさんには消えてもらわなければ・・・」 何故、こうもあの剣士の存在が不愉快なのかが分からない。特に少女の隣に立つとき・・・・言い知れない感情が自分を支配する。それは、心地よくもあったのだが、自分の中に何か異質なものを棲まわれているようで・・・・ 「ま、とりあえずは・・・ばれないうちに・・・」 と、虚空に飛ぼうとした瞬間、見えない何かに阻まれ・・・弾かれ身構える。 無数の金の蜘蛛が糸を吐き・・・虚空に見えない巣を張った。 「!」 その蜘蛛が魔にも、神にも属さないものだということを瞬時、悟ったゼロスは自分が犯した罪を知った。 魔は時間を飛ぶことはできるが、時間を操れる幅を定められていること、今を犯すことは最大の・・・・・・・・・・・・ペナルティ。しかし、今回、自分のしたことは時間のリセット。しかも、各時空が一つに重なるほどの未来に自分は飛んだことになるのだ。それはかの金色の王への冒涜。 「・・・・」 この金の蜘蛛には魔力も神力も通じない。一筋の汗が頬を伝い落ちた。 「これは・・・・・・・僕としたことが・・・・・・」 蜘蛛は糸を吐き、ゼロスを絡め取ろう追う。 「うかつでしたね」 ゼロスは軽く、地を蹴り、高速移動で糸をかわす。空間移動は蜘蛛に阻まれできない。至る所に蜘蛛は現れ、追い詰める。 情けないことに高位魔族のゼロスは成す術もなくこの世から消えようとしている。こんなちっぽけな存在に。そう。指で潰せるくらいの存在に消されようとしている。幾多の神族との戦いにたった一人で立ち向かい勝利を得ていたその姿は――・・・今、微塵もない。 「何のために・・・僕は――・・・」 思い出すのはあの朝の楽しげな二人の姿。それは何度も目にしているものだったが・・・・剣士の眼差しがいつもと違っていた。 「そのお肉、あたしがもらうっっっっっ!!」 身を乗り出した少女に・・・ 「いただきぃぃぃ♪」 どんっと、テーブルを叩き皿から肉が跳ね上がる。剣士はそれを短剣で受け止め・・・・ 「ああぁぁぁぁーーーーーーっ」 悲鳴を上げる少女の口へ半分。 「食えよ。リナ」 と、笑ったのだ。その半分は程よく少女の口に無理なく入るサイズにカットされて・・・ 「ふぉりぐわと・・・」 と、少女は満足げに頬張り・・・ 「ほれ、これも、食え」 残りの肉も差し出す。満足げに笑いながら。肉を飲み下した少女は。 「え・・・いいよーぉ・・・ガウリイが食べなさいよぉぉぉ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 それを見ていて吐き気を覚え、それでも二人の後を虚空から見ていた。楽しげに会話を弾ませながら剣士に振り返る少女を見たとき、すべて、消し去るのを決意した。ただ・・・・同じ場所で、二人を消す気にはどうしてもなれず――・・・そう思う自分も不愉快で。 リナさん・・・あなたにもう一度・・・・ その感情は何であるのか、それを自覚しそうになるたび、自分が薄れ行く感覚に襲われ・・・・ 「どうせ、消えるのなら・・・・・・・リナさん、あなたを眺めていたかった・・・・です」 糸が絡む足。よろめき、それでも逃れようともがく。 「ふぅ・・・仕方ないな。おい、時間稼ぎ頼む」 「はい」 ゼラスは下界を見下ろす。暢気に棒飴を嘗めながら歩く人間の姿が目に留まった。見れば、そこそこの魔力の持ち主。 ふっ 軽く笑みを漏らす。 「あれがいい・・」 ペロッ 「んんーーーっ、暇ねぇ〜」 なんか、刺激足りないわねぇ・・・最近。あちこちでリナの馬鹿げた噂を聞くけど・・・・どこに居るのかしら? 「大体、ライバルのあたしを差し置いて、有名になろうなんて・・・100万年早いわよ」 ―――そんなに暇か? 不意に心に響く声。 「ええ・・・暇ね」 含み笑いをし、ペロリと飴を舐める。 ―――では、暇でなくしやろうか? ピタリ 足が止まった。 「あら、いいわねぇ〜」 ―――退屈はさせん。 惨めな終わり方だ。この僕が、こんなに簡単に消える・・・ ゼロスはついに観念し瑠璃の瞳を閉じた。魔族は人間ではない。寿命は気が遠くなるほど長い。短い命を生きる人間とは違い、一つの世界しか見ない。その世界が様変わりをするさまを。その間、人間は姿、名前、性別さえも変え、何度も転生し違った生き方をするのだ。世界の終わりも始まりも知ることはなく、ただ、幾度も生まれ変わりその時代を生きるのだ。魔族は、時にそれを羨ましいとさえ思う。変化にとんだ生き方が選べる人間に。 それ故、魔族は人間の心を翻弄する。弄ぶことで自らの生き様を満足させるのだ。それを神族は嫌う。邪魔をし彼らと立場同じにして対立するのは――・・・もしかすると・・・生き方の相違かもしれない。 「すみません。獣王様・・・・・・」 勝手なことをして、挙句、あなたの知らないところで僕は消滅する。許してください。お母様。 くすくすくす・・・ ―――本当に怒ってらしたわよ?坊や。 その優しい響きにゼロスはハッと、開眼させた。 ―――坊やはお仕置きされるわよ? 「え」 ―――嫌なんですって。他のものに自分の芸術品を壊されるのは・・・ただ、ゼロス?かなり、怒ってらしたから・・・覚悟はなさいな。 足に絡んだ糸が水によって弛む。それは・・・一瞬のこと・・・・ゼロスはそれを逃すことなくすり抜けた。 「海王様・・・」 くすくすくす ―――私は感謝してますわ。いい暇つぶしですもの。これからも楽しませていただきますからね。ゼロス。 声は空間に溶けた。けれど、それだけで・・・危機を脱したわけではなく――・・・蜘蛛は前にも増して数を増やし、糸を吐く。 「・・・・これをどう・・・逃げろというのですかぁぁぁ!!」 弱音を吐き再び逃げ出すゼロス。空間では、くすくすと楽しげな笑い声が響いていた。 「お母様ぁぁぁ、見ているのなら助けてくださいよぉぉぉぉ!!」 恐らくは・・・・誰にも言ったことのない、甘え。彼が唯一、恐れ慕う獣王ゼラスへの信頼があればこその・・・・もちろん、ゼラスとて、かの金色の王の下では自分同様、非力だ。が、・・・・・ パンッ 何かが弾ける音をゼロスは頭の中で聞いた。瞬間浮かんだのは獣王の顔。そして、数々の人間とのエピソード。愚かな自分の失態。それからが・・・すべて薄れてゆく・・・・最後に浮かんだのは・・・・先の戦いの記憶。それさえも薄れ・・・・声が響く。 「これからしばらく、その者の血縁として生きればよい。お前の記憶、能力は生成すしばしの間、私が預かる。人に紛れてほとぼりを冷ますがいい」 ええええええええっっっっ!!僕に人間に化けろと言うんですかぁぁぁ!!嫌ですよぉぉ・・・・ 「仕方あるまい。まぁ、魔族の記憶も力も封印するのだからな、適当に成りきって戻って来い。なぁーに、ほんの一瞬のことよ。その後、今回のことを仕置きさせてもらうからな。ゼロス」 ペロッ 「ん?」 さっきのはなんだったのかしら? 小首を傾げ、再び歩き出そうとして違和感を覚え立ち止まり違和感の先に視線を落とす。と――・・・あれよという間に膨らんでゆく腹部。 「・・・・・・・」 空を仰ぎ、再びそこへ。 「・・・・あら?」 あたりをきょろきょろと落ち着きなく見回し、また・・・・ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ぽんぽんと軽く叩くと・・・・中から蹴り返された。 「まぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・生きてるわ。これ」 風が流れる。豊かな黒髪が風に踊り・・・・ 「・・・・・・お・・・お・・・・おーーーーっほっほっほっほっほっほ・・・お・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 彼女のお得意の高笑いは続かなかった。 バタンッ 目を白くし後ろに倒れこむ。これがセイルーン第一皇女、グレイシアの波乱に満ちた、育児の始まりであった。 |