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| ― 遥かときを超えて ― |
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さやさやさや・・・ 木漏れ日の日差しの中、足元の落ち葉が擦れる。酷く殺風景な雑木林の中。その墓標は沈黙し存在した。 「・・・・」 そこに静かに眠る少女の生前の姿を思い出し、あまりに寂しいと・・・ゼルガディスは思った。 そして、失ったことを認めるのを恐れ、その人を独りにしてしまったことを後悔した。 「アメリア」 アメリア―――・・・真っ直ぐな明るい少女。セイルーン王家に生まれたにもかかわらず、身分をひけらかすことなど一度たりともなかった。 「アメリア」 もう一度、その名を口にして・・・口元を覆った。何年経っても枯れることはないのかもしれない。誰にも見せることのない涙が柔らかな頬を伝い落ちた。ゼルガディスは初めて訪れた其処であまりに寂しい、再会に膝を折った。 何故、今、ここに来たのだろう。一年もの間、避け続けてきたここに・・・あるのは救いのない喪失感しかないのに。ゼルガディスは少女が最も好きだった白い花の種を墓標の周りに埋め。名前さえ刻まれていなかった石の墓標の埃を払った。 「長い間、独りにさせたな・・・・」 まるでそのささやきに反応したように風が流れた。 「長い夢を見ていた気がする・・・本当にあんたはもう居ないんだな」 逃げ切れなかったその現実に苦笑がもれた。 「今朝、夢を見たよ」 そう呟くと、ゼルガディスは深い吐息を落とした。 皮肉なもんだ。夢の中でさえ、俺はあんたを生かすことが出来なかった。 鮮明に思い出す。夢の中での記憶。夢であるはずなのにあまりにリアルに蘇る記憶。得られそうで得られなかった少女。その命を奪ったのは他の誰でもない、自分だった。それでも幸福だったのかもしれない。業火の中、愛しい少女を腕に抱き、自らの命を終えることが出来たのだから・・・ 「なんだろうな。もう一度あんたが戻ってくる気がするんだ」 あり得ない願望に過ぎない。それでも拭い切れない。もしも、もう一度得られるのならば、キメラの姿に戻ってもいいとさえ思う。 くすりと笑みが漏れた。答が見えた気がした。ゼルガディスは腰に下げていたアミュレットを左手首に入れ立ち上がった。 「あのねぇ、ガウリイ・・・聞いてくれる?」 リナは不機嫌そうに眉を引き攣らせる。 「峠を越えて行ったらね、今日中には・・・着く訳。あんたの言うように海岸沿いの街道を行くと、二日、二日もね・・・・余分に歩くことになるのよ」如何に自分が正論であるかと言わんばかりに続けた。 「あんたにしては珍しく、意見を言ってきたと思うの。それはね、あたしもたまのことだし?聞いてあげたいわよ?でも・・・無駄だと思うの。日数がかかるってことは、それだけのね、旅費も加算するってこと。いくら、くらげ頭でも分かるわよね?」 「分かってるよ」 ガウリイは穏やかに食後のハーブティを啜り・・・ 「よろしい。じゃ、峠超えってことで」 リナはガウリイがやっと、納得したと思ったのだが・・・ 「いや、海岸沿いを行く」 ガウリイはカップを静かに置きそう言い切った。リナは少し目を丸くした。記憶が確かなら、ガウリイがここまで我を張ったのはこれが初めてだ。 「何か・・・・・・理由・・・・・あるの?」 眉間を顰めた。 ガウリイは眉を下げて・・・ 「たまにだろ?いいじゃないか。な?」 と、いつもの穏やかに笑う。 「このところさ、いろいろあっただろ?お前さんも俺も・・・のんびりしようぜ」 席を立ち、リナの頭をポンポンと軽くたたき、 「それとも・・・・・・リナ〜?里心付いたのかぁ?家族にそんなに、会いたいのぉ?お前さんは」 身を屈めてリナの顔を覗き込む。 「ちっ・・・・違うわよ」 顔を赤くして立ち上がる。 「そーかぁぁぁ・・・そんなに、早く母ちゃんに会いたかったのか。リナは。いいぞ。それなら峠で」 そう笑いながら二階の客室に上がろうとする後姿に、近くにあったメニュー表を投げつけ。 「違うって言ってるでしょーが!」 避けられるはずのそれをまともに頭に受けガウリイは振り返る。 「痛いじゃないか」 床に落ちたメニュー表を拾う。 「・・・・海岸沿い。行くわよ。海岸沿い」 と、むすっとガウリイの脇を過ぎ階段を駆け上がった。ガウリイはほっとした顔で見送った。その目は少しも笑っていなかった。ガウリイにも分からなかった。ただ、峠を越えることに不安を覚えたのだ。本当は今日、ここを発つことさえ、避けたいと思っていたが、理由もなく、それを告げてもリナが納得しないと思い、あえて海岸沿いの道と言ったのだった。 ほぅ ガウリイは短く吐息を漏らした。何処から来るのかさえ分からぬ不安。今までどんな窮地に立っていて出さえ、リナの隣にいれば落ち着いていられたのに今はそれが不安でならない。胸の辺りがきゅっと締まった感じがした。 ―――おい。よく、恥ずかしげもなく言えるよな。お前。 ―――恥ずかしい?バカかガウリイ。本心言うのに恥ずかしいもくそもあるかよ。俺は言わずに後悔はしたくないんだよ。 思い出したのは今は亡きルークとの何気ない会話。 「んんんっ・・・海風も気持ちいいもんねぇ」 そんな声にハッと我を取り戻す。数歩前を栗色の髪がいつものように揺れていた。 「なぁー?よかっただろー?」 なんとなくいつもの距離を縮めて隣に並ぶ。一瞬違和感を感じたのか・・・リナが意外そうに瞳を見開く。 「んー?どうした?」 「別に」 そう言って視線を逸らした。少女の頬が微かに染まったのを見て眉が下がった。小さな肩になんとなく手を置くと、 「・・・」 リナの瞳が大きく揺れた。慌てて、 「相変わらずいい位置だ」 と、笑うと。 パシッ 置いた手を弾かれ、小走りに距離を置かれる。 「も、並ばない」 そう呟いたリナを見て笑おうとした瞬間、海岸脇の絶壁から小石が落ちてくるのが見えた。何が起こったのか自分でも分からなかった。気が付いたらリナは腕の中にあった。ほぼ、同時に崖が崩れた。 ガラガラガラッ パラパラパラ・・・パラ コツン 足元に小石がぶつかり・・・・間を置いて。 「・・・・・・・・あ・・・・ぶねぇ・・・・」 それしか声にならなかった。 「ん」 リナの呆けた声が微かにした気がした。瞬間、何が不安だったのかを思い出し、腕の中の小さな体を強く抱きしめた。 今朝の目覚めは最悪だった。悪夢から覚めた後のあの不快さ。なのにどんな夢を見たのかさえも思い出せず・・・・こうも不意にその内容を思い出すものかと。その夢は自分がこの少女に護られる夢。自分がリナ=インバースという半身を失った瞬間の夢だった。 「痛い・・・」 躊躇いがちのその声に拍子抜けしたように腕の力を抜く。 「あ・・・ごめん」 「ううん。別に・・・・」 初めてリナを抱きしめたにも関わらず、何処かでこんなこともあったとも思う。とても不思議で。それなのに当たり前のような感覚。今までとは違う何かが静かに心の中を満たしてゆく・・・・まるで振り返り問いかけるように。 二人の間にあった崩れかけたバランスを整えたのは・・・リナの声だった。 「ガウリイ?」 「ん?」 「ありがと。庇ってくれて」 「保護者だからな・・・」 しばらく口にもしなかったセリフが自然に零れ出た。 保護者? リナの心にそのセリフは深く突き刺さった。 「お父ちゃんじゃないじゃない」 心なしか声に棘があるとリナは思った。 「ああ」 それでもガウリイの反応は変わらない。 「じゃあ、ガウリイは保護者なんかじゃないじゃない!」 思わず声を荒げて、振り返る。そんなリナを迎えたのはいつもより穏やかなガウリイの視線だった。ばつが悪くて俯くと。頭上から優しい声が降ってくる。 「いや。保護者だよ。俺はリナ。お前さんの保護者だ」 「いつまで・・・・?」 祈るような気持ちだった。 「ずっとだ」 「そ」 声が微かに震えた。いつからだろう? 特別な男性としてガウリイを見るようになったのは・・・俯いたままリナは呆然と考え、そして。 「だったら・・・・あたしはあんたにとって何?子供でもないし、人に護られ保護される年でもないわ」 悲鳴に近かった。 「そうだな」 それでもガウリイは変わらず穏やかだった。 なんで?そんなにいつもさらっと言うの?もう駄目だ。この人と一緒には居られない。 そう思って顔を上げようとした瞬間、頭の上に手を置かれ髪をわしわしと掻き回される。目尻が熱くなる。 「あたし・・・もう――・・・」 リナの声は蚊の鳴くように小さく掠れ・・・ 「リナもやっぱり、俺の保護者だろうなぁ〜」 「!」 え? 「リナは俺が護るから、俺はリナの保護者だし。リナも俺を護ってくれるだろ?だったら・・・」 「あたしがガウリイを?」 それは自分に問いかけるように響いた。その様子を見て、ガウリイは眉を顰める。 「ん〜?護ってはくれないのかぁ?」 ふるふるふる 声にならず、首を振ると。満面の笑み。 「なら、保護者だろ?」 「そ・・・そうね・・・」 もう呆けるしかなかった。 「うん。よし」 ガウリイはひたすら満足げに話を続けた。 「まぁ・・・いつまでも二人でっていう訳でもないし、頑張らないとな」 二人でじゃ駄目な訳? 「なんで?」 「あれ?リナぁぁぁ・・・・子供嫌いかぁぁぁ?」 「え?別に嫌いじゃ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「そりゃ、よかった」 笑みを返されて、リナは不機嫌になる。 「あんた、何言ってるのか・・・・・・・・・また、分かってないわね?」 赤くなる前に身構える。 「え?分かってるぞ?」 と、顔を覗き込んでふわり、柔らかな頬に唇を寄せた。 「こういう・・・・・こと♪」 かくん 見事に腰を砕いて座り込んだリナの真っ赤な顔を、嬉しそうに屈んで覗く。 「ばっ・・・ばっ・・・ばっ・・・」 「ん?『バカくらげ』ってか?おう。くらげでいいぞ。楽だし」 ガウリイにそう言われてリナは手に掴んだスリッパを、ぽとりと落とした。 |