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― 遥かときを超えて ―
14


作:萌黄さん



「どうしたんだ?」
 携帯を握り締めたまま固まったゼルガディスに歩み寄り、その肩を掴んだ瞬間――・・・

 カツ――ン

 冷たいスタジオの床に何かが落ちた。ガウリイはゆっくりとそれを見・・・
「おい・・・落としたぞ・・・・」
 拾い上げようと身をかがめる。その頭上に恐ろしいほどの低い声が響いた。
「触るな・・・」
「え?」
 後、指先数ミリというところに伸びた手が止まり、顔を上げる。

 ドンッ


 弾かれた身体。よろめき、尻餅をつく。そしてガウリイは今までに一度も眼にしたことのない、親友の蒼白な顔を見た―――


「―――・・・」

 バンッ


 乱暴にスタジオを出て行く後姿。ゼルガディスはそれを拾い上げるとき勢いあまって、中身を床に落としていった。


 それは・・・・小さな真珠のリング。昨日散々、迷いに迷って選んだもの。ガウリイは慌ててそれを取り後を追う。嫌な記憶が蘇る。



 それは大切な仲間を失った記憶。


 ―――アメリアはどうしたんだ?

 そう声をかけるしか出来なかった自分。明らかに物言わぬ人となった少女を強く抱きしめた姿に。

 ―――・・しょ・・・嘘でしょおおおおっ。

 リナの悲痛な声。転がるように駆け寄ろうとするその腕を必死で掴み。抱き寄せた。

 せめて―――二人だけの別れをさせてやりたくて・・・・・


「冗談じゃないっ!」
 ポロリと零れ落ちる無意識の独り言。

 この半年。とても穏やかで幸せで・・・・・・あの、リナが居てかつてよりの仲間の二人の笑顔があった。やっと、やっと望みがかなうというこの時に。何かがあってたまるものか!大通りの人ごみを掻き分け、走った。誰一人、欠けていいものはいなかった。






 今度こそ。そう思っていたのに・・・・

 脳裏に蘇るのは震える携帯からの声。

 ――― もう――・・・会えません・・・・・―――

 突然の別れの言葉。

 ――― 訳を聞きたい。

 ――― ごめん・・・なさ・・・い ―――

 そして、一方的に切れた通話。

 納得が出来なかった。何もかもが突然すぎた。ほんの二日前に会ったときには別れの予感など微塵も感じなかった。すべてが急過ぎる。ゼルガディスはスクランブル交差点のど真ん中で立ち止まり、手にした宝石箱を開けた。

「・・・・」

 スタジオで落としたことを知らない彼はそれを見て、愕然となった。近いうちにアメリアに渡すつもりだった。それさえも、もう手中にはない。
「ゼル」
 肩を掴まれ振り返ると汗だくのガウリイが白い息を吐いていた。
「・・・・」
「こ・・れ」
 渡されたのは箱の中に納まっているはずのもの。
「大事なものだろ?」
 息を切らせながらガウリイは手渡す。無言でそれを受け取りながら笑おうとしたゼルガディスの瞳に、巨大スクリーンの中の速報記事が飛び込んだ。
「・・・・な・・・」
 その視線を追ってガウリイも固まった。流れるのは、セイルーン王家の皇太子の婚約の速報。そして、スクリーンの映像も時待たずして変わった。映像の中には、多くの護衛に囲まれマスコミに曝された小さな姿。見紛うはずもない、愛しいアメリアの制服姿だった。

「おい・・・ゼル・・・お前、知ってたのか?」
 ガウリイの声が段々遠退いてゆく。



 切ないほどに揺れる瞳。失ったはずの優しい面差しと、声。
 アメリアは其処に確かに存在した。


 ――― あなたを待っててもいいですか?

 交わされた約束は未来。

 ――― 必ず、お前を迎えに行く!

 迷うことなく零れる決意。

 嬉しそうに驚いた少女の表情。瞬間愛しさがあふれ出す。



 あの約束があればこそ、今まで生きてこられた。アメリア・・・・あんたは確かに「はい!」と返してくれたよな?


「アメリアは・・・・・・・あいつだけは、他の奴に渡さない・・・・・・」
 それを呟いた瞬間――・・・・ゼルガディスの意識は身体から剥離された。







 シャラン

『お前の望みはなんですか?ゼルガディス』
 其処に現れたのは叔父ではなく、あの忌々しい赤法師。彼はすべて、見透かした笑みをたたえゼルガディスを見下ろす。

「望み――・・・」
 ゼルガディスは口を歪め・・・・笑みを浮かべた。そして、昔したようにそれを望んだ。


 ――― 強くなりたい ―――









 自室で書類に目を通していたレゾの手が止また。ゆっくりと顔を上げ、メガネを外す。
「やっと・・・・・素直になりましたか。それでいいんですよ」
 
 ゆっくりと立ち上がり手を振り上げる。光の粒子が掌に集い始め・・・・・
「ここでの使命はもう直ぐ終わる・・・・」
 手中に現れたそれを振り下ろした。

 シャラン


 ――― あんた、何者だ。

 ルークのはレゾの傍に立ち呟く。

「私ですか?私はあなたでない、あなたですよ」
 レゾはゆっくりと、ルークに振り返った。

 ――― 俺が・・・・見えているのか・・・

 その驚愕の声に彼は応える。
「そんなに不思議ですか?我々はもとは一つだったではありませんか?」

 そして・・・・・掴める筈のない、腕を取り・・・・・

 グイッ

 引き寄せた。
「私の眼を見れば分かるでしょう?」
 赤と赤の視線が重なる。

 ――― 何をする・・気だ。

「邪魔なんかできませんよ?あなたには」
 レゾは満面の笑みを浮かべた。ルークはその瞳の奥に達成感を感じた。事はすでに始まってしまったことを直感した。もう、誰にも止められないことを・・・・あの時の自分をリナたちが止められなかったように。ルークはレゾの腕を外そうとしたが、触れることも叶わなかった。レゾの醜く歪んだ唇が笑う。

「あなたと私は違う」
 レゾは笑みをたたえルークを更に目前と引き寄せた。
「言わば・・・・・・勝者と敗北者ですよ」

 ――― 何・・・

 ルークはただ――睨み返すしか出来なかった。完全な敗北が其処に存在した。
 そして、レゾは続ける。
「私の望みは叶った。私はこうして世界を見ることが出来る。あなたは愛しい娘の傍でただ指をくわえて漂うだけです。むろん、心を通わすことも――言葉を交わすことさえも出来ずにね」
 
 悔しさに震えた。しかし、それだけだ。何も出来ない。

「そうですよ?あなたは私に触れることも、許されない。ただの意識体。私はこうして存在し、あなたにこーゆーこともできるんです」
 レゾは、まるで人形を振り回すように、片手でルークを引き離し放り投げた。文字通りルークの体は簡単に空間に飛んだ。

「いいんですか?こんなところで私となど悠長に、話などしていて」

 まるでこれから何が起こるのかすべてを知り尽くしたように・・・・

「あなたの愛しい娘が巻き添えになっても。私には関係はありませんがね?」

 ――― 何をした。

 そのルークの押し殺した声にレゾは応えない。ただ、意地の悪い含み笑いを見せただけだった。


 ――― チッ!

 舌打ちとともに消えたそれを見届けると、再びレゾは手にしたそれを振り下ろした。

 シャラン







 そして―――数時間後、悲劇は最悪な形で繰り返される。







「ぜっ!ゼルっっ!!」
 交差点の真ん中で突然。親友の姿が掻き消えた。ガウリイはその消える一瞬に昔のゼルガディスのそれを見た。その瞳は忘れたくても忘れられなかった、ミリーナを失ったときのルークの瞳と同じ暗さを漂わせていた。

「・・・・・」

 ――― リナ! ―――

 弾かれたように浮かんだ大切な人の名前。その彼女の傍にあの、ゼロスが居ると、瞬間、悟る。
張り詰めていた運命の糸がゼロスによって今、切られようとしていた。





***






「ゼロス」
 リナはその姿を見た瞬間。違和感なく、その名を口にした。
「お久しぶりですね。リナさん」
 虚空に浮かぶゼロスは懐かしげに語りかけてくる。

「なっ、なになにっっっ、なんでこいつ、宙に浮いてるのよ!!」
 マルチナの驚愕の声。ゆっくりと立ち上がり、マルチナの方を取るミリーナの口からもれ出た言葉は・・・
「魔族」

 それに反応して。

「はい」
 笑みを返す。

「何しに来たのよ」
 睨みすえた緋色の瞳。
「やだなぁ、お迎えにあがったんじゃないですかぁ〜・・・リナさん」

 ゼロスは一見、懐っこい表情を見せ、冷たい瑠璃の瞳を開眼させた。








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