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― 遥かときを超えて ―
9


作:萌黄さん


 なんで?

 頬を切る風の音が耳についた。

 あたし、走ってるの?

 一瞬見えた蒼の瞳。とても懐かしくて心が壊れそうだった。

―――秘密ですけど・・・・婚約指輪なんです―――

「・・・」

 リナは胸元の服を掴んだ。胸が痛い。

「リナ!」
 名前を叫ばれて、全身が泡立つ。一瞬振り返り、追って来るその人を見た。

「な・・んで―――?」
 追っかけてくるの?誰に名前を聞いたの?




 なんで、俺を見て逃げるんだよ。

 説明のつかない苛立ちに前を走る栗色の髪を睨んだ。やっと巡り会えたその人。いつも、何かの傍に在りたくて何かが足りなくて・・・・捜し続けた。やっと、やっと、見付けたその人は自分を見て逃げた。

 そう、逃げた。

 ギリリッ
 腹立たしさに歯を食いしばる。
「逃げる、な」
 叫んだつもりが掠れる。




―――ねぇ、あんたさぁ。
 不意に耳に蘇る自分の声。
―――いつまであたしの保護者してるつもり?


 何か、とても大切な何かが霞めた瞬間、
「こっちです」
 通路脇から腕を引っ張られる。
「え」
 誰かに引き寄せられる感覚。
「リナさん。目を閉じてください」
 とても馴染みのある声。人の良さそうな響きの中に含みを感じる。

 ―――ゼロス―――

 何故その名が浮かぶのか。
 一瞬確認したすみれ色の双眼。

 逃れられるのならばと、視界を閉ざす。



 追っていた目標――リナの気配が突然消える。
「何」
 其処に居た気配さえ何も残らない。
「・・・・」
 やっとたどり着いた愛しい存在を見失った。
「なん・・・・っ・・・・で・・・・だ。リナ」
 いつもあんなに近くに居たじゃないか!



***



「アメリア」
 自分でも可笑しいくらい声が震えた。
「はい」
 明るく返事を返す少女。


 ―――約束してください。ちゃんとした護身術を―――

 永遠となった約束。失ってしまった懐かしい温もり。叶った望みとその代償―――
・・・

 それは・・・・初めての口づけと永遠の別離。

 今、蘇る忌まわしくも愛しい記憶。かつて、自分に課せられた足枷と様々な出会い。そして――あまりにも過酷な試練。

 ―――アメリア!!―――

 最愛の女性が今、目の前に。


 ―――ゼルガディスさん―――

 もう一度、あの声で名前を呼ばれたい。

『あたしが・・・・あなたを待ってるの。怒りませんか?』
 幻ともとれる約束。


「あの・・・」
 不思議そうに自分を見つめる。
「いや・・・あまりにもあんたが・・・知った奴に、似てたから」
「・・・・そうですか」
 きょとんとした瞳。俺のことなど記憶にない。そんな顔。 


 ふっ

 仕方ないことだ。前世の記憶など、そうそう誰もが持てるものではない。だが―――
「アメリア・・・・一人?」

「え?」
 一瞬困惑した顔を見せ――次に明るく頷いた。昔と変わらない元気な仕草で。
「一人なんです。良かったら・・・ここ、座りませんか?」

 何故だろう?とても違和感があるのに、心が騒ぐ。懐かしくて・・・何かが溢れる。初めて会った人なのに。

「いいのか?」
「はい」
 今は、彼女の傍に。ただ、傍に居られるだけでいい。今度こそ、俺が護るんだ。



***



「も、いいですよ」
 その声に従い瞳を開ける。

 四つの赤い輝きが空間に浮かぶ。

「こ、これは!!」

「ようやく、思い出しましたか?これはあなたが噛み砕いたもの」
 声が告げる。

 そう。それはあたしが、あいつを護る為、あれを倒す為、噛み砕いたもの―――そして、あたしはとても大切なものを失った証。

「なんでよ!なんで、これがここにあんのよ!」
 込み上げてくる憤り。
「相変わらずですね。僕としても、その方が嬉しいですよ」
 現れるその人。一番、会いたくなかった奴。
「ゼロス、あんた!」

 あたしはあの時見た。崩れる崖を虚空から見下ろすこいつを!

「おや嬉しいですね。僕の名前は覚えていてくれたんですか?」
 すみれの輝きが深くなる。
「忘れたりするもんですか!」
 そう。こいつ。この魔族だけは忘れない。最も身近で最も危険な存在。

 ゼロスはすっと人差し指を伸ばす。くるくると赤く輝きながら其処に集う。
「なんのつもり?」
 また、ガウリイを狙うつもり?あんたなんかにあの人を殺させたりしない!
「言ったでしょ?これはある、高貴な方から頂いたもの―――と」
「だから何よ」
 ゼロスが肩を竦め笑った。
「蘇生・・・・蘇生ですよ。失う訳にはいかないのでね。今から・・・あなたの中で」

 一つにまとまりつつある輝きを愛しげに眺め・・・・
「誤算でしたよ。あなたが、まさか、盾となるとはね。おかげで随分と待たされました」
 リナに振り返る。
「さて・・・これで一つ目の望みが叶う訳です」

「望み?」
「ええ、望みです。まぁ、これだけではすみませんがね」


「何を・・・」
 そのリナの呟きは続かなかった。見せられたのだ。
「そんな!」
 溢れる悔しさに激しい頭痛を覚えた。

「実に美味ですしたよ?彼は。極上の栄養源でした」
「悪魔!」
「やだなー・・・リナさん、僕はそんなものではありませんよ?あれは人間の作り出した虚像。僕はね・・・・魔族なんですよ?」
 愉快げに笑う。

 ダメだ。こいつのペースに呑まれては。
「で、今回はあたしに何をさせるつもり?」

 ニヤリと笑う。

「いやぁぁー・・・嬉しいですね。リナさんは勘が良くて♪でもね・・・・」
 人差し指が振られる。
「何もしないでください。思い出さなくていいです。その方が楽しいですから」
 と、くつくつと肩を揺らす。
「・・・・」
 こいつは何処までも―――・・・

「ただの、余興です」
 試させて頂きますよ?今回も。


 ―――ガウリイ!!―――


 笑みが。本当に楽しげな笑みが忌まわしい。
「要らぬ。恋慕は捨てて頂きます」

 その魔族は告げる。忘れろと。

 あたしは見据え、
「なら、教えてもいいでしょう?どうせ、忘れるんだから」
 言い放つ。
「いいえ。これは試練です。あなた方、人間への復讐――みたいなものですから」
「復讐?」
 何言ってるの?復讐なら、こっちがしたいわ。
「僕らを退屈させた。復讐なんですよ?リナさん」
「・・・・」
「なぁに、時間ならたっぷりと用意してあります。死んでも、また生まれてくればいいんですから」
 さらりと告げられる試練の重さ。

「言いなさい」
 低い声。これほど、おぞましいと感じたことなどない。
「それはね・・・・秘密です♪」



***



「気持ちは変わりませんか?」
 突然現れた叔父。ゼルガディスから笑みが消えた。

 なんでここに現れる。それも今。アメリアの居る前で!今生では邪魔はさせん!

「変わらん」
 冷たく言い放つ。
「おやおや・・・」
 レゾは穏やかに笑みを浮かべ、
「お嬢さん・・・悪いのですが・・・少し席を外していただけませんか?」
 アメリアを見る。
「あ、はい」
 立ち上がろうとするアメリア。その腕をゼルガディスが掴む。
「行くことはない!」
「え・・で、でも」
 困惑するアメリア。アメリアに向き直るゼルガディス。
「・・・・」

 アメリアの口元から吐息が零れ落ちた。再び腰を降ろす。
「すまん」
 小さく囁くゼルガディスに、アメリアはにっこり笑った。
「俺は今、彼女と話をしてる。帰ってくれ!」
「だめですよ?赤の他人が聞いても楽しい話題ではありません。ねぇ。お嬢さん?」
 レゾは冷たい視線をアメリアに向けた。








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