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| ― 遥かときを超えて ― |
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「わっ!どーしたんだ」 ガウリイがドアを開けるなり相手に向けた言葉がそれだった。 ずぶ濡れのランツが深刻そうな顔で、立っていたのだから驚かない でというのは無理な話だろう。まして、そのずぶ濡れの相手がいつも おき楽なランツであれば尚のこと。 「気がついたらさ・・・ここ、着てた」 ガウリイにシャワーと着替えを借り、落ち着いたところでランツがいつに なく抑えたトーンでしゃべり始めた。 「どうしたんだ?」 いつもはどんなに鬱陶しがってもガウリイはランツが決して嫌いなわけではない。 むしろ、手の掛かる弟のように思っていた。そんな幼馴染みが今まで見せたことも ない風体で現れたのだ。気にならない筈はない。 ふぅ。 短く溜息をつくとランツは首を横に振った。 「分らない筈ないだろう?」 ガウリイは珈琲を勧めながら続ける。 「何が遭った?」 ちらり、ランツはガウリイを見て苦笑した。 「ダメだよな。俺」 その仕草が妙にらしくなくて・・・更に心配になる。これがもし、あの、ゼルガディスなら然程気にもしなかったのだが・・・・・あまりの反応にガウリイは続く言葉を失う。 沈黙が重く流れる。その沈黙を破ったのはランツだった。 「今日。あの子が店に着たんだ。独り」 「あの子って例のメニュー表でお前を張り倒した?」 ランツはゆっくりと頷く。 「良かったじゃないか」 「良くないよ。ちっとも・・・」 ランツは渡された珈琲をただ見詰め続ける。 「泣くんだよ。声も立てないで・・・泣くんだ」 「泣くって・・・何かしたのか?」 ランツが何もしないと分りつつ、ガウリイは言葉を繋ぐ為に訊ねた。 「何も・・・・・・・・何もしない。ただ―――」 「ただ?」 「俺の顔見て・・・いきなり泣き出したんだ。今から思うと・・・前に会った時も具合が悪かったんじゃなくて・・・泣きたかったんじゃないのかなって・・・」 そう言ってランツはガウリイを見た。 「いつもだよな?いつもタイミング悪いんだ俺。分かってるんだ向こうがさ、気がないのは。だけど・・・・ただ、話しくらい対等にしたいじゃないか。 でもさー・・・なんで泣くんだよ?笑顔見たいじゃないか。どーせならさ」 ガウリイの口から溜息が漏れた。 「お前・・・惚れたな。その子に」 そう呟いて立ち上がりくしゃり、ランツの頭を掻き混ぜた。 「あっ・・・そっか・・・気がつかなかった」 「ばぁ-----------か。鈍いんだよお前は」 そう言いながら、ガウリイはまた懐かしい記憶の中の少女のことを思い出していた。 すぱぱぱぱぱぱぁぁぁ--------ん 「こんのくらげぇぇぇ!!」 スリッパを握りつぶしながら肩で息をする興奮気味のリナ。 「あ?」 「あ?じゃないわよぉぉぉっ!!聞いてなかったでしょ、また」 「何を?」 わざとすっ呆けた顔をすると、再びスリッパ打ちされる。 すぱ------------ん 「痛いなぁーもー・・・ぽこぽこ殴んなよ。俺が物忘れするの半分はお前のせいだぞ。絶対」 からかうのが楽しくて構いたくていつも・・・・呆けてた。むきになる姿が愛しくていつも――― 「ど、喧しいっ!!あんたのは元からなのっ!天然スライムなの!!人の所為にしないでちょうだい」 今、何処に居る?リナ―――・・・ 「気持ちはちゃんと伝えろよ」 伝えられないまま失ってしまった、少女を想いながら細く呟いた。まさか、その人が幼馴染みの想い人とも知らずに・・・・・ 「で、なんで泣いたりしたの?」 「分んない。ただ・・・・・」 「ただ?」 落ち着いた穏やかなミリーナの問いかけにリナは、軽く吐息を漏らす。いつもだ、いつもこうして優しく問い掛けてくる。それも、自分がどうしようもなく寂しい時に・・・・普段は人のことなど気にもとめていない様子なのに。応えが詰まったときには必ず、こうして彼女が問い掛けてくる。自分さえも気付かない応えを自然に引き出してくれるように――・・・ 「・・・・・・・分んないよ。なんで、寂しくなったのか・・・・大切なものが、さ。取られたって思ったの。変だよね?こーゆーの」 リナは恥ずかしげに笑った。ミリーナはそれにただ、微笑を返して次の言葉を待つ。 心地よい沈黙が流れる。そして、 「好きだったのかな・・・・」 少し照れたように、罰かせ悪そうに、リナはミリーナにはにかんで見せた。 こんな恋もあるのかもしれない。出会っても居ない。声さえも知らないその人に惹かれる。今まではアイドルやタレントの追っかけなどしている友達をただバカにしてみてきた。軽いと思った。 でも、本当は―――・・・ 「そのハンカチの持ち主。きっと、気にしてるわ」 何処までも優しいミリーナの声。 「うん」 そう言えばあの人には、いつも変なところばっかり見られてたな。 「たまに素直になるのもいいものだわ」 弾かれたようにリナはミリーナを見た。彼女は窓の遠くを見つめて何か想っているように見えた。 ―――ミリーナ?――― 風が流れる。会いたいと望む人は確かに近くに居る。公園のベンチに腰掛けてゼルガディスは溜息を漏らす。 「まさか、この俺がひと目ぼれするとはな・・・」 自分でもらしくなくて苦笑が漏れる。捜し続けてもう、二週間。季節はもう直ぐ秋へと移り変わろうとしていた。ただ、会いたくて暇さえ見つけてはここに通う。 思い出すのは笑顔の少女。ただ一瞬であっただけのはずなのに、声も性格さえも容易に想像が出来る気がした。もしかしたら、それは、ただの自分の思い込みに過ぎないのかもしれない。が、自分の中に湧き出でるイメージをどうしても崩すことが出来ない。もしかしたら、ただそれを確認したくて捜しているのかもしれないと――・・ 「見つけましたよ?ゼルガディスさん」 その声を聞いくだけで眉間に小皺が寄った。顔を上げなくても誰だか直ぐに分る。 「何の用だ」 返す声が自然に刺々しくなる。 「ご挨拶ですね。僕、嫌われてるんですか?」 お茶らけた声。 「あ・・・」 アメリアが立ち止まる。 「何?何か在るの?」 マルチナがその視線の先を追う。ベンチの前に2人の青年。ブルーグレーの眼つきの悪い青年と日本人形よろしく髪をキレイに切りそろえた人の良さそうな顔つきの青年が居た。 「あの人・・・・・」 あたし、知ってる気がする。とーさんの仕事関係の人だったかな? アメリアは遠くからその2人を見つめた。 「何?あんた、あんなのが好みなの?で、どっち?」 「うん・・・・あのクールそうな人・・・・って、違いますよ!!しっし・・・知ってる人かなーって・・・思っただけですっ!!」 ぐいっ。マルチナの手を掴んで歩き出す。 「行きましょう!マルチナさん、バイトに遅れますよ!!」 「で、なんであんたがあたしのバイトに着いてくんのよ!」 「いーから、いーから。行きますよ?」 「で、何の用だ。ゼロス」 「・・・」 ゼロスは背中の向こうで少女たちの微かな声が遠退くのを感じ、含み笑いをした。 「おい」 目の前には不機嫌なゼルガディスの顔。 気の毒に・・・もう少しだけ待ってくださいよ?今、あなた方に出会われては面白くないんですよ。 「あれぇぇぇ?なんだったかなー?すみません。忘れちゃいました♪」 と、ゼロスは舌をちょろり出して肩を竦めた。 ミリーナ・・・・ 風に乗ってそんなささやき声がした。そんな気がして・・・・ミリーナは振り返った。切なくて涙が零れ落ちた。 ―――誰?――― 初めて愛しい人が自分の声に反応した。 「ミリーナ!聞こえるのか?おいっ!!」 思わず傍に駈け寄り叫ぶ。 頼む!声をくれ!それだけでいい・・・声を! ルークの一瞬の期待は脆くも崩れる。 「ミリー!」 見知らぬ・・・いやよく知った声が2人の接近を阻んだ。 「あっ、ロン」 少女の口から漏れたのは・・・自分を呼ぶ声ではなく――・・ 「あれ?泣いてたの?」 「えっ?あぁ・・・やだほんとだ。目にゴミでも入ったのかしら?」 「ゴミ?大丈夫か?」 ミリーナの肩に触れる手。 ・・・・ ・・・・っ・・ ・・・なっ!・・・・ ミリーナに触れるなぁぁぁぁ!! ぶわっ 突然の突風に2人は目を閉じる。青年の持っていたプリントが風に舞い空中に四散する。 「わっ!やっべぇ!」 「きゃあ!ロンっっ」 2人で慌ててそれを追う姿にルークは・・・・寂しげに笑った。せめて、人間であるならば、愛しい人の傍を離れぬものを。今生もこの男が愛しい人を攫うのを見守るしかない自分が悲しくて・・・・ ―――お願い。人を嫌いにならないで。憎まないで――― 蘇る最期の言葉。 残されたのミリーナの想い。 もし、それを叶えてやることが出来たなら・・・・今の苦しみは別のものになったのかもしれない。 「なんでっ・・・なんでだよっ・・・なんで、俺独り・・・残して逝った・・・・あの時、お前さえ生きててくれたらぁ――っ」 その声はそよ風を呼び。風に舞ったプリントを二人の下に運ぶ。 「昨日はごめん」 ランツはすまなそうにガウリイにサンドイッチを差し出す。 「これは?」 ガウリイは苦笑しながらランツを見た。 「奢り、食べて」 照れくさそうに笑う。 「俺、ピザのが良かったな・・・」 「ええーっ・・・ごめん。聞いてから作ればよかったよな。作り直す」 間に受けて皿を引込めようとする手をガウリイは笑いながら掴み、 「嘘だよ。じょーたんだ。サンキュ。ランツ」 と、サンドイッチを手に取る。 「もー、意地悪だなー」 はははは・・・ 「奥、オーダー上がり。ランツ頼むわ」 ザングルスが珈琲とケーキを出す。 「あっ・・うん」 「上手そうなケーキだな。手作りか?」 ガウリイは運ばれて行くケーキを見ながら呟く。 「仕込み、3時間だ」 と、自慢するザングルス。 「ひょー・・・よくやるよぉぉ」 はぁーっ 溜息が漏れた。 「入り辛いな・・・」 リナは店の前で溜息をついた。 「入らないのか?入らないのなら、退いてくれ」 「お待ちどう様。アメリアちゃんだったよね?」 ランツはケーキセットを置きながら声を掛けた。 「はい」 元気な声が返ってくる。 「あの・・・待ち合わせかなにか?」 「違いますよ。ここのケーキが食べたくて、マルチナさんに着いて来たんです」 アメリアの返事にランツはがっくりと肩を落とした。 「あの・・・リナさんですか?」 「えっ・・・うん」 と、即答を返し慌てて訂正する。 「違うよ・・・」 あからさまに嘘丸出しでアメリアが噴き出す。 「今度、連れてきますね」 「えっほんと?わぁー・・ケーキ、もー一個、奢っちゃう♪」 「えぇー・・いいんですかぁ〜?」 「誰?この前の子?」 「ああ」 奥を見ながらガウリイが笑う。 なんだ。上手くやってるじゃないか。 その時、店の入り口のドアが鳴った。 「よう!ガウリイ」 ゼルガディスの声がしてゆっくり、振り返る。 「―――!」 ガウリイから笑みが消えた。重なった緋色と蒼の視線。周り全てが消え失せた。音さえも・・・ 倒れたイス。 逸らされた視線。 親友の声。 「り・・な・・・」 その少女を呼ぶ自分の声。 ドンッ 入り口でゼルガディスにぶつかり、 「なっ」 「すまん」 追いかける。 「ガウリイ!!」 セルガディスは後を追おうとして、店の中からの声に振り返る。 「どっ、どうしたんですか?」 ランツの傍に立つその人を―――・・・ 自分が捜し続けたその人の声は、想像したのと同じに響いた。 「あ・・・」 場違いな呆けたゼルガディスの声。 その様子を独り虚空で愉快そうに見下ろすゼロス。 くすくすくす 「後もう少しです。もう少し――」 それで僕とあの方の望みが叶う。 そう、ゼロスの念願が今、成就しようとしていた――― |