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| ― 遥かときを超えて ― |
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「おぉ、ここじゃ」 公園の木陰のベンチでゴツイ顔が上がった。 「父さん」 アメリアはそれを見つけて嬉しそうに手を振った。父は愛娘の真っ白いノースリーブのワンピース姿を遠巻きに見て目を細める。会う度に亡き妻の面差しに似てくると思いながら・・・ 「悪かったのう。急に呼び出して・・・」 豪快な笑みにアメリアも頬を緩ませる。 「嬉しかったです。元気でしたか?」 「おぉ、ワシならこの通りじゃ」 と、腕に力瘤を作って見せる。久しぶりの父の仕草にアメリアの顔がほころぶ。その娘の顔を見て、 「だんだん似てくるの。母さんに・・・キレイになった」 思い深げに呟き、眉間に皺を寄せ缶珈琲を啜る。 「?」 誉め言葉にも関わらず渋い顔の父に彼女は首を傾げる。何か言いたそうで言えない、そんな感じで。 「どうかしたんですか?」 「ん・・・・んんん〜〜〜〜っっっ。あのな実はな、アメリア」 困ったような顔をした父の次の言葉にアメリアは言葉を失う。 「ねぇ、リナさん」 「何?」 「間違っても、恋愛ものだけは辞めましょうね」 と、立ち止まったミリーナを振り返る。 「なんで?」 「なんでって、リナさんはあんなもの観て平気なんですか?」 リナはミリーナに歩み寄って手を引き歩き出す。 「いいじゃん。たまには」 くすくすくす 「リナさんってば!」 今日、暇だから映画にでもと、誘ったのはミリーナだった。リナは今、上映されているもののほとんどが純愛ものだということを知っていた。自分より、そういった雑誌を見ているミリーナがそれを知らないはずはないのだ。 自分が観たくて誘ったくせに・・・・ 自分も極度の照れ屋ではあるが、彼女ほどではないとリナ自身、自負するところもある。アメリアには「そんなに変わりませんよ」と言われるが・・・だから、こんな素直でない一面を発見すると嬉しくて仕方ない。 「あたしが、観たいの。ね?つきあてって?」 リナがそれを言ったとき、ちょうど目の前の公園の入り口からアメリアが真っ赤な顔で飛び出してきた。今日は朝から「父さんとデートなんですぅぅ♪」と上機嫌だったアメリアが今まで見たことがない、不機嫌な顔。偶然それを目撃することになった 二人は顔を見合わせた。 「どうしたんだろ?」 「ええ」 あまりの豹変ぶりに二人、顔を見合わせ――走り去るアメリアを見送る。すっかり、毒気を抜かれた二人は・・・・アメリアが出てきた公園を覗いた。そして、もう一度、走り去った先を見た。既にアメリアの姿は何処にもなく・・・・ ―――実はな、アメリア。お前に見合いの話がきとるんじゃ――― 「・・・・」 それを聞いて直ぐ公園を飛び出してきてしまった。 はぁっ アメリアは立ち止まり後ろを振り返る。自分の後を追う姿は何処にもない。寂しさが込み上げて気持ちが重く沈む。月に一度、父に会う日を一週間以上も前から心待ちにしてきた。それが思いがけず三日も早まって嬉しかったのに・・・・すべてが台無しだ。 父さんはあたしの年を知らないんですか?あたしはまだ、17なんですよ。 それとも・・・・ 「あたしがいると邪魔だから?」 自分の呟きに涙が溢れそうになる。アメリアは母親の顔を知らない。それを記憶する前に他界してしまった。時々、鏡を見て似ているといわれる母を想像することもあるが思い出のない彼女には、それは不可能に近いものだ。もしかすると父には再婚でもしたい相手がいるのかもしれない。そう思うと余計に切なくなった。 アメリアはゆっくりと歩き始める。 窓のないスタジオを出てゼルガディスは溜息をついた。このところ毎日のようにあの小うるさい叔父から電話がかかってくる。多分それは自分が例の見合いを承諾するまで続くだろう。うんざりを通り越し憂鬱だった。いっそのこと、するだけして断ってしまうか、相手に事情を話して相手から断ってもらうか・・・とも思うが、それも出来ない。不思議にそれを考える時、あの一瞬視野を霞めた少女の横顔を思い出すのだ。二度と会うこともないかもしれない少女の横顔は日を追うごとに鮮明に蘇る。聞いたこともない声を想像できるとさえ思えるほどに―――― ふっ 苦笑が漏れる。廊下の窓枠に手をつき、目の前に広がる空を仰ぐ。 どうかしているな・・・俺も。これじゃまるで、ひと目ぼれでもしているみたいじゃないか。 くつくつと肩を揺らせて笑いが込み上げてくる。 「今日も下界は暑そうだなー」 ガウリイだった。直ぐ隣で窓の下を覗き込み呟く。 「それりゃー、夏だからな」 「ここは特に熱く感じるな。見てみろよ。ごみごみして・・・見てると気分が悪くなる」 ガウリイは下の人ごみを見ながら呟く。 「ははは・・・気分が悪くなるのなら、見るなよ」 ゼルガディスは笑う。 「そうだな」 視線は下の人ごみから逸らず・・・ 「でもさ、この中にもしかしたら自分の捜し求めてきたものがあるんじゃないか?そんなことを考えたことないか?これだけ人がいるんだぜ」 ガウリイは思い深げに下を眺める。イメージでしかない漠然とした相手を求めて・・・・ 「居たとして、お前に分るのか?こんなに離れてて」 「分る」 ガウリイは言い切る。 「絶対に俺には分る」 その横顔が真剣そのものでゼルガディスは息を飲んだ。 「顔も知らないのにか・・・・?」 呆然と呟く。横顔を見詰めながら。 ―――俺の相手の顔は見たことがない。が、それはまだ出会えていないだけだ。会えば直ぐに分る。だからその辺の女で妥協はしたくないんだ――― いつかのガウリイのセリフが脳裏に蘇る。 「分る。多分・・・いや、絶対に」 其処までどうして言い切れる?イメージでしかないその相手だと・・・・ 「羨ましい奴」 ぽつり呟くとガウリイが顔を上げ、 「そっかー?」 能天気な笑みを浮かべた。 「ああ」 そして続く言葉を口にしようとした時、スタジオの思いドアが開き、 「すみませーん。ガウリイさん」 と、スタッフに呼ばれガウリイは中に戻って行く。それを軽く見送ってゼルガディスは何気に下を覗いた。 「・・―――!」 飛び込んできた黒髪。 彼女だ! それを瞬間的に悟った。ゼルガディスは慌ててエレベーターに走る。 「ちっ」 当分は戻ってきうにないそれを捨て、直ぐ脇の階段を滑るように駆け下りる。 ―――居たとして、お前に分るのか?こんなに離れてて――― ―――分る。俺には絶対――― 脳裏に蘇るガウリイのセリフと、どうしても今、捕まえておきたい。その思いが彼に七階もの階段を駆けさせる。名前も何も知らない顔だって横顔しか知らないその人に・・・胸が高鳴る。頭の中に誰かの名前が浮かぶがよく分らない。何度も、足を運んだ公園前。何をするでもなく其処に長く立ち、目の前を過ぎ行く人を目で追った。 ただ会いたくて、一目会いたくて。 アメリア・・・ 直ぐ傍にいるはずの少女を追う。飛び出した其処で左右を見渡す。人、人、人の人ごみの中にその人の姿は既になく―――― はぁー 落胆し両膝を手で突き、荒い息を飲み再び顔を上げる。 「・・・・・」 その人は見当たらない。また捕まえ損ねた。せめてその人の名前でも知っていたなら今、ここで叫ぶことも出来たのに。それさえも出来ず・・・・頭を抱えて座り込む。その直ぐ近くで、 「なんか・・・映画って気分じゃなくなりましたね」 歩きながらぽつり囁かれる言葉。 「そうね・・・どうする?」 二人の少女の呟きがゼルガディスの頭上を過ぎてゆく――― 「えっ?」 ガウリイの声色が変わった。 「だからね・・・髪を切って頂きたいんですよ」 それはいつものスタッフではなく――今日初めて一緒に仕事をすることになった奴。一瞬、スタジオの中がシンとなる。 「もっとシャープになると思うんですよね。僕・・・」 終始、眉間に皺を寄せるガウリイに対し、その新人スタッフは人の良さそうな笑みを崩すことはなく・・・・ 「なんでしたら僕、カットしてあげられますよ?」 それに対してのガウリイの返事はない。 「今なら、お得です。特別に無料奉仕させて頂きますよ?」 仮にもモデルである以上、髪型にはそれなりの気配りをしなければならない。それを今日、仕事に加わったばかりの一スタッフがどうこう出来るはずもない。それを臆することもなくそいつは続ける。スタジオのどこかで「ゼルガディスさんは?」という声が聞こえる。誰もこの事態を止めようとするものは居なかった。2人の間に割ってはいるには二人とも、奇妙な迫力があった。無言のガウリイに対し、にこやかに続く一方的な会話。 「あれぇ?ガウリイさん?」 黙ったままスタジオを出ようとする背中を呼び止める。 「逃げるんですか?」 その声に振り返ったガウリイだけが見た。薄く開眼したすみれ色のそれを。 「―――・・・」 ガウリイは一瞬見せたそれに目を見開く。そして、未だ誰にも見せたことのない笑顔をそれに返し、 「そう思うならそう思え」 それだけを残しスタジオを出た。 つん 長い髪をよく引っ張られた。そしてその人は時に嬉しそうに笑いながら、また時には寂しそな哀しい目で・・・切なげに言う。口癖・・・ ―――ねぇ、あんたの髪ってほんと、キレイよね――― いろんな場面の彼女の姿が浮かぶ。今まで靄がかかっていたそれが鮮やかに――― それと同時にかつての自分が望んだ想い。 ―――こいつは俺が護る――― 命懸けで恋した。すべてを懸けて傍にいた。離れないよう。はぐれないように・・・・ ガウリイは屋上で空を仰ぐ。 『ねぇ――あんたいつまで一緒に居るつもり?』 『んー?一生かぁー?・・』 一生傍に居て護りたいと思っていた。それが命を縮める結果になろうとも。 ―――あんたの髪。お日様みたい。風にそよぐお日様の光みたいよ――― 髪を切ったりしたら・・・あいつに出会ったときにあいつが俺だと分り辛くなる。 だから、この髪は切らない。子供の頃、親が髪を切ろうとするたびに暴れて逃げた。 自分でも不思議なほど髪を切ることを嫌った。その理由を今、はっきりと自覚する。 どんなに女みたいだとからかわれようがこの髪だけは切らなかった理由。そして、自分が何故、モデルなんかの仕事をしていたか―――?たった一人の少女が自分を見つけられるように。それだけを願って―――― 「リナ・・・何処に居るんだよ」 今日初めて思い出した少女の名を声に乗せる。初めて呟いたその人の名前を耳にして想いが溢れ、頬を涙が伝い落ちた。 ふわり風が流れる。 「大丈夫だ・・・嬢ちゃんは直ぐ傍に居るから・・・」 それは、切なげな微かなささやき。 「誰だ!」 振り返りガウリイが見たものは・・・・・ |