リンク
― 遥かときを超えて ―
3


作:萌黄さん

 初夏の湿った風が少女の銀髪を軽く揺らしていた。何度、こんな風に寝顔を覗き見たことだろう。決して聞かれることもない息を殺し黙したままで―――青年にはもう、それがどのくらいであるかさえ分からない。気の遠くなるような時をそうしてやり過ごしてきたのだ。自分とはもはや、交わることもない少女の時。苦しくない。切なさも感じない。そう言い切れればいい・・・・けれど―――目の前の少女が自分以外の誰かを愛し妻になり母になる時。それを見るとどうしても耐えがたい孤独が込み上げてくる。それでも、この彼女が幸せに一生を終えることが出来たなら・・・それだけでいいと・・・思う。





 ルークはゆっくりと風に揺れる前髪に手を伸ばした。が、しかし―――触れることは叶わなかった。苦笑が漏れる。あらためて自分には実体がないことを自覚した。

「ミリーナ・・・」
 その押し殺した悲鳴のような声を誰も聞くことはなかった。

 犯した罪の大きさに。彼女の最期の思いを叶えられなかった自分の弱さに・・・・
今更のように悔いる。戻ることのない時間を想う。このたった一人の少女と過ごしたあの時を―――――


「愛しい人を眺めつつ、過ぎ去りし時を想う。ですか?残念ですが戻りませんよ。零れたコップの水と同じように」
 ゼロスだった。
「何しに来た」
 嫌悪に吐き気が込み上げる。そもそも俺がこうなってしまったのはそう、こうなってしまう原因を作ったのは魔族。俺の中に眠るあの存在を呼覚ます為にこの少女の命を奪い――――・・・俺という人間の心を狂わせた。
「おやおや。冷たいですね。一度は同族として僕を傅かせたあなたなのに」
「五月蝿い。散れ」
 愛しい存在の傍には居て欲しくない存在に。

 今、唯一の話し相手に。

「ま、零れた水も僕なら、瞬間的に元に戻す。――――なんてこと・・・・簡単ですがね」
 そう含み笑いを残し虚空に溶け消える。
「ちっ」
 ルークは舌打ちをし、再びミリーナの安らかな寝顔に視線を移す。時を元に戻す。
確かに時間を自由に行き来する魔族なら容易に違いない。がゼロスにそれをする気がないことは知っていた。自分に一瞬芽生える期待と拒絶された時の落胆。その負の想いを喰らうことも。


―――君さえ幸せならば―――



***




「今年の余暇はどうしますか?やっぱり、去年と同じでうちの別荘で過ごします?」
 アメリアが通りを歩きながら振り返った。
「あっ、あたしそれ今年、パス」
 誰よりも先に返事を返したのはマルチナだった。
「どうしたのよ。最近付き合い悪いじゃない」
 彼女の隣を歩いていたリナがマルチナの肩を突っつく。
「そーですよぉー。今年も仲良し四人組で行きましょうよ。マルチナさん。日程なら、そちらに合わせますから」
 どうあっても、メンバーが欠けることを避けたいアメリアは、マルチナの顔をすがるような眼差しで見詰めた。

 ふっ

 苦笑を浮かべ、マルチナはそれさえも拒否した。
「どうしても外せない用があるのよ。悪いわね」
「どうしても?」
「ええ・・・あっ、あたし、今日もこれから用あるのよ。ここで失礼するわ」
 そう告げて角の向こうに消えてゆく後姿を見送って、アメリアがぽつりとぼやいた。
「付き合い悪いですね」
「恋人でも出来たかな?」
 茶化すつもりでリナが呟く。今の今まで黙っていたミリーナがそれをあっさりと否定した。
「違うわよ。彼女、アルバイトしてるの。それも、三つも。掛持ちで」
 そう言って、マルチナの消えた先を見ながら続ける。
「お父様のお仕事が大変みたい」

 リナはこの頃よく寝ている姿を見ることを思い出した。
「そう、だったの」
「水臭いです。言ってくれれば良かったのに・・・」
 口を尖らすアメリア。
「言えないこともるわ」
「だって!友達なのに・・・」
 そう顔を上げたアメリアにミリーナが諭すように告げる。
「だから、友達だから言いたくないこともあるのよ」

 そして、
「知ったからってどうすることも出来ないの。心配かけるだけで。
いつまでも同じ時は過ごせないのよ。あたしたち・・・・」と―――・・・

 寂しさだけが残った・・・・



 今日、初めてのバイト先の裏口の前でマルチナは一度立ち止まって大きく息を吐いた。

 ふぅ---っ

 そして、勢いよくドアを開け、
「今日から入るマルチナです」
 中で雑誌を捲りながら休憩を取っていたその人と目が合う。一瞬、お互い次の言葉が出てこなかった。
「あ・・・よろしくお願いします・・・」
 ひどくばつが悪かった。
「お・・―――・・エ・・プロン・・・其処」
「あ、はい」

 何、この人・・・愛想のない人。こんなのと一緒に仕事するの?あたし・・・なん
か・・・やだ。

 マルチナはそのウェーブのある長い黒髪を、無動作に一つにまとめた男を見て思っ
た。まさか、彼こそが自分の雇い主とも知らずに・・・・




***



バサリ

 リナの手から女性誌が落ちた。アメリアが用があると立ち寄った其処で何気に手にしたそれ。読む気など最初からなかったただ、写真が多いそれなら適当に時間を潰せると・・・・・・

「どうしたの?」
 隣で同じく立ち読みをしていたミリーナが、リナの落した女性誌を拾いながらリナを振り仰いだ。そして、蒼ざめた顔を見て慌てる。
「どうしたの!」
 それを聞かれてもリナに応える術はない。分らないのだ。何故、自分がこんな気持ちになるのか・・・・・大きな喪失感にも似た衝撃がそのページを開いた瞬間、彼女を襲った。そのページにはトップモデルのスクープ記事が掲載されていた。アメリア達が絶賛していたあのシルフィールの・・・・リナはその彼女の隣に写る後姿に息苦しさを覚えた。あまりにもつり合いの取れたツーショットに・・・・・自分がその辺のアイドルやタレントを追っかける勘違い集団と同じとは思わない。自分とは何の面識もない、住む世界も違ったその人物の私生活を気にするほど子供でもない。と
――――・・・そう思いたかった。子供なんかじゃないと――――だけど、胸が酷く痛んで・・・・どうすることも出来ず・・・・

「お待たせしましたぁ〜♪」
 店から出てきたアメリアが立ち止まり、
「どうしたんですか!リナさん、真っ青じゃないですか!!」
「気分悪いの?」
 心配する二人にぽつり呟いた。
「大丈夫。たいしたことじゃないから・・・あたし、先に帰るね」

 着いてくると言った二人にリナは独りになりたいと告げた。二人と別れて何処をどう歩いたのかよく覚えていない。気がつくと目の前に気のよさもうな見知らぬ笑顔があった。
「・・・・」
 あたし、何やってんだろ?

「はい」
 差し出された濡れたハンカチを呆然と受け取り、その人を見上げた。
「ありがと」
「いーえ」
 曇りのない笑顔で隣に座ってくる。昼下がりの静かな公園。ちょうど木陰の下のベンチ、二人腰を降ろして・・・・リナは記憶を辿る。二人と別れて直ぐ誰かとぶつかったのを思い出す。そのぶつかった相手が・・・・
「落ち着いた?」
 この人。ゆっくりと頷くとほっとしたような笑顔が返って来た。
「よかった・・・」
「・・・」

 えっとぉ・・・この状況って・・・あたし・・・・・・・・・・・・ナンパ?

 ちらり横を見る。邪心のカケラもない笑顔に見える・・・だけど、その中に何か隠されているような(気がする)。なのにその前で無防備な姿を見せたとしたら・・・・・・?


 げっ。げげぇぇぇぇ!!隙だらけじゃんっっっ!!


「あの・・・違うから」
「は?」
 いきなり自分に向き直ったリナを見て困惑気味の顔。
「あたしは、違いますから!!」
 そうよ違うんだから!その辺の軽い子と一緒にされたら、困るわ!絶対!!

「・・・・・・・・ぷっ・・・」
 いきなり噴出されて、リナはむっとする。が・・・・
「大丈夫だよ」
 の、一言に目を丸くして。
「・・・ナンパされたと思ったんだろ?」
 素直に頷くそれを見て笑い出す。
「違う。違う・・・具合悪そうだったから、ほっとけなかっただけだよ。安心しなよ」
 そして、ナンパなら公園なんかに連れてはこないよと――――そして、その人は笑いながら立ち上がる。
「もう大丈夫そうだから・・・・行くね」
 リナは呆然とそれを見上げて・・・大いなる勘違いに顔を赤くする。


『これだからお前さんは子供だって言うんだ』
 不意に脳裏に浮かんだ声に更に恥かしさが込み上げてくる。

「ごめんなさい」
「気にしなくてもいいよ」
 そう気さくに笑ったその人を見送りながら・・・・

『あたしの何処が子供だって言うのよ!!』
『直ぐむきになるところが子供』
『なんですってぇ!!』
『もーいいから、行くぞ』
 スタスタと自分の手を引いて歩き出す。
『よくないわよ!!』
『はいはい』
 全然、取り合わないその人。まったく叶わない。


 あたしはその人に子供扱いされるのが堪らなくて――――



***



「なんだ。ランツ・・・ニヤニヤと気持ち悪い」
 ザングルスが苦笑いをする。
「ニヤニヤなんかしてないよ」
 カップ を洗いながら上機嫌のランツ。
「なんなんだ・・・・ったく、一時間も遅れて来たかと思えば・・・・彼女に迷惑をかけたんだぞ」 
 ザングルスは接客するマルチナを見た。
「後で謝っとくよ。来る途中、気分を悪くした子がいて介抱してたんだよ」
「ああ、そーだろそーだろ」
「なんだよぉーその言い方はぁー」
「どーせ、お前好みの可愛い子だったんだろ?」
「まっね。可愛い子だったよ」
 満面の笑みを浮かべる。
「で、何処の子だよ?」
 珈琲を注ぎながらザングルスが何気に訊ねた。
「あ・・・」
 途端にランツの笑みが消えた。
 やれやれ、名前聞いてないなこれは・・・

 ザングルスはこっそり、溜息を落した。其処へガウリイが珈琲を飲みにやって来た。カウンターに座りながら、呆けているランツを見てザングルスに視線を送る。
「好みの子に会ってそれだけで舞い上がってな・・・・」
 と、ザングルスはランツを見た。
「まさか、名前も何も聞いてなかった・・・っていう・・間抜けな話?」
 ガウリイもちらり、ランツに視線を泳がす。
「・・・・・・」
「バカな奴だ」
 後から入ってきたゼルガディスがぽつり、呟きを落す。それが耳に入ったのか情けない顔のランツ。

「今から、彼女と別れた場所に行っても―――・・・」
 泡のついた手で振り返る。
「無駄だろうな」
 あっさりとゼルガディスがとどめをさした。
「うぅぅ・・」
 カウンターの中で蹲るランツにザングルスが容赦なく告げた。

「仕事しないと首にするぞ?」



 店の奥でマルチナは思った。
 

 ―――ちょっと、仕事しなさいよ!ここで仕事してるの、あたしだけじゃないの!!―――







2章へ戻る / 貰いモノは嬉し!へ戻る