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― 遥かときを超えて ―
前章


作:萌黄さん

「あのね・・・聞いてくれる?」
 小さな囁きが耳元をくすぐる。
「ん」
 切なさが胸いっぱいに広がる。何かが溢れて叫び声を上げたくなる。
「ガウリイ?」
「うん」
「聞いて・・・た?」
 何処までも優しく吐息のような声。

「ごめん。聞いてなかった」


 ――― バカくらげ ―――


 背中でリナがいつもの口癖を口にした。
「おう」


 蘇る数々のエピソード。
 無茶して修羅場を幾つも経験した。
 いつももうダメだと・・・・命の終わりを覚悟するたび、リナのあの言葉が俺を支えた。


『たとえ勝てる確率が1パーセントでも、そういうつもりで戦えば、その1パーセントもゼロになるわ。あたしは絶対死にたくない。だから挑む時は絶対に、勝つつもりで戦うのよ!』

 沢山の諦めを抱え込んでいた俺。それの言葉はどんな言葉より新鮮で――力強く胸を打った。自分より年下のしかも女の子にそれを言われ―――俺は変わろうと思った。そして―――実際、俺は変わったんだ。自分でも驚くくらいに。


 リナ=インバースという最良のパートナーを得て俺は変わった。傍に居る口実に保護者を名乗ってまで、傍に居た。人として生き方に惹かれた。一人の女性として・・・・たった一人の女性として魅了された。だから、傍に居たかった。逃がしたくはなかった。二人ならどんな障害も乗り越えられるそう・・・・・思ってた。魔族に付狙われても、魔王と戦う羽目になっても俺たちは生き抜いてきたんだ。

 俺にとって、リナが――――生きる糧だ。


「リナ?」
「何?」

 沈黙が怖くて声を掛けた。

「俺に話があったんじゃないのか?」

 背中で軽く笑った気配。温もりが伝わってきて目頭が熱くなる。

「少しもまともに聞かないじゃない。あんたは・・・・」
「そぉーかー?」
「そーよ」

 風が頬を掠める。

「風、出てきたな・・・」
「え?気がつかなかったわ」
「なんで?」


 ―――だってあんたの背中、おっきいんだもん。いい風除けだわ―――


 その憎まれ口に笑みが漏れた。


 あれ?変だな・・・・前がよく見えん。


「困ったわ」
「ん?」
 軽く溜息。
「温かくて居心地良過ぎよ・・・・・・ここ」
「そりゃどーも」
 お前さんがそう言うならずっと、おぶっててやるよ。ずっと護っててやる。

「あのさー・・・」
「ん?」
「あんた・・・・知らないでしょ。あたし、子供じゃないんだよ?」
「・・・」

 知ってるよ。一度も子供だって思ったことなかった――――あぁ・・・違うな・・・一度だけお前さんが子供に見えたことあったな・・・・


「ドングリ目のぺチャパイの子供―――か・・・?」
「バカ」

 それは二人の出会いでもあったよな。俺は少しも知らなかったんだぞ。お前さんがあの、リナ=インバースだなんて。名前を名乗られてもピンとこなくて・・・・だってさ。ほんと。外見はお子様だもんな。リナは。だから、初めて盗賊に囲まれてるお前さんを見たとき、山火事で逃げ遅れた小リス。そんな風にしか見えなかったんだ。
でもさ・・・俺。あん時お前さんが子供に見えて良かったと思ってんだぞ?リナがあまりに幼く見えたから・・・・俺。リナを保護してやろうと思ったから・・・・・アトラスまでついていこうと思ったんだ。もし、あの時大人に見えてたらそんな気は起こらなかったからな。


「あんたにしては、よく覚えてんじゃない?」
「そっかー?」
「そーよ。でも、忘れなさいよね・・・・」


 忘れないよ。俺にとってはリナとの最初の一歩だから。


「あれ、結構気にしてんだから・・・・」
「何が?」
「・・・・・・・・も、いい!このくらげ頭」


 くらげか?リナだってそれ酷いじゃないか。これでも俺。切れ者で通ってたんだぞ?お前さんがくらげくらげ言うからなー・・・それ、通り名になっちまったじゃないか。


 くすくす


「何が可笑しいの?」
「気にしてたのか・・・」
「そうよ。だって・・・一番最初の言葉だし・・・」
「気にしなくてもいいのに」
「トラウマなんだか・・ら」

 
 なぁ・・・リナ。俺は一度だってお前さんを子供扱いなんかしたことないぞ?心配で目が離せなかっただけでさ。目を離すと無茶苦茶する。女一人で野党集団の中に飛び込んでゆくわ・・・魔族にはケンカふっかけるわ。それで心配しないはずないだろ?



―――ほんと、子供じゃないんだから―――


 おてんばだけどな。

 くくくくくっ

「何よ。むかつく」

 
 愛してたよ。ずっと。リナだけを愛してた。だからさ・・・・居なくならないでくれよ。ずっと一緒に居ようぜ?


「ねぇ――」
「ん」
「迷惑かな?」

 
 阿呆。お前さんのことで迷惑なことなんか一つもない。鈍感だよな・・・リナは・・・さ・・・だから、伝えそびれちまったじゃないか。

「ね、重くない?」
「全然」
「そ」

 ごめんな。ごめん。俺なんにもしてやれないわ。


 今朝の風景が蘇る。たった数時間前のことが遠い昔に思える。宿屋の主人が呆れるほど食べて笑ったあの瞬間。戻らない時間。戻りたい。せめてあの時間に。全てをリセットできれば。

「町、見えてきたぞ」
「ん」

 魔族と戦っても平気で切り抜けてきた。魔王でさえ、倒したんだ。大丈夫。間に合うから・・・・こんな悪夢は直ぐ覚めるんだ。

「ね、知って、た?」
「え」
「あたしね・・・・あたし・・・・」
「少し黙ってろ。直ぐだから」


 あんなことで・・・よりにもよってあんなことで・・・


 突然の落石。避ける暇などなかった。ガウリイが無傷だったのは――――――


 ドンッ

「おわっ」

 振り返ったガウリイが見たのは、落石を避けた為に崖に転落する姿。不運はそれだけではなかった。今のリナには魔力が無い。護る為に傍に居るつもりが護られて・・・・傷付けて。

 リナの負った怪我は軽いものではなかった。戦場であれば即、命取りになるくらいの・・・・傭兵時代何人も看取った。だから分る。でも、諦めはしない。こんな間の抜けたことなんかあるはずがない。こんなに強い人間がこんな形で―――


「ありがと」
「へ?」

 なんで礼なんか言うんだよ。

「あのね・・・・あたし・・・ね・・・」
「・・・」

 やめろよ。ほら、町だぞ。町なんだぞ?魔法医に直ぐ診せてやるからさ・・・

「知らないと思うけど・・・・」
「黙れよ。傷に障るから」
 声が震える。上擦る。けれど、認めない。
「がうり・・・」
 いっそう声が小さくなる。


―――あたし、あんたのこと・・・愛してたよ・・―――


 それを呟いた瞬間。背中が重くなった。其処から一歩も動けずにガウリイは町の入り口の門を見据えた。大切な人を背負ったままただ、睨むようにいつまでも。






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